菅原文太のラストインタビューをいま再び…「ヤクザも百姓も、男は道を極めるために生きてナンボだろ」

週プレNEWS / 2014年12月18日 6時0分

1933年、仙台市生まれ。『トラック野郎』シリーズでも大人気を博した

映画『仁義なき戦い』シリーズなどで知られる名優、菅原文太がこの世を去った。

最期のメッセージとして菅原が遺した言葉を2回にわたって伝えた記事が週プレNEWSでも大反響(http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/08/40282/




http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/16/40645/)。

そこで熱烈なアンコールに応え、その元となった本誌昨年39号(9月17日発売)のラストインタビューを、哀悼の意をこめて全文再掲載する、第2回。

■ヤクザも百姓も道を極めるのは一緒

ここだ、逃しちゃいけないところは。本人は無意識に軽く“映画が面白くなくなってきた”と言ったのだが、菅原文太が口にするとやはり重たい。具体的に何がどう面白くないのか。

「映画の作り方がすっかり変わってしまったから。

最近はデジタルで作るだろ、映画を。俺、デジタルは好かんのだよ。昔のな、フィルムで映画を撮っていた時代は、そりゃ面倒くさいことばかりだった。照明機材ひとつ取っても、重たいライトをスタッフが必死になって木の上から吊るしたり。あちらこちらでスタッフ同士が怒鳴り合い励まし合い、ひとつのシーンを丁寧に作り上げていた。

俺はそういうヒリヒリとした、それでいて人間くささが飛び交っている騒然とした現場が好きだったんだ。なのに、デジタルで撮る場合は照明にしろ音声にしろボタン操作ですべての作業が済んでしまう。カメラも別に三脚に載せるわけでもなく、小型軽量のヤツでサラッと撮ってしまうし。フィルム時代の人がうごめいていた撮影現場が妙に愛おしいよな。

監督もデジタルの場合は、モニターを見ながら“はい、スタート”と言うし。なんにせよ、監督は役者やスタッフの動きとか全体を見渡して“スタート”の合図をせにゃいかんのだよ。小さいモニターを見て役者の動きの何がわかるんだ? 役者の息遣いもわからないで、いい画(え)を撮れるわけがない。俺はふざけんなって言いたくなるんだよ、そういう現場に出くわすと。

おい、監督、モニターじゃなく俺たち役者を生で見てくれよって思う。その目で見ろよ、役者を追いかけろって思うよ。だからといって、デジタルを敵視しているわけじゃない。デジタルで映画を撮ることに関して違和感を抱いていない役者もいるだろうしな。だけど、俺は感覚的にいやなんだ。それと、映画の製作がデジタルになったのはテレビの影響もあるんだよな。誤解を招くかもしれんけど、テレビの映像、テレビの枠ってもんはどこかで権力と結びついている。

つまり、最近の映画は最終的にはテレビで放映することを前提に作られているから、取り上げる題材や職業に差別が出てくる。権力の規制を踏まえた上で製作されているというのかな。だからもう、ヤクザ映画は撮れなくなった。

さらに、テレビの中で作られたものが映画化される。映画がテレビに蹂躙(じゅうりん)されているといってもいい。映画なりの自由な発想で作品を作りづらくなったのは確か。それもいやでな。

まっ、これもだから好き嫌いの問題でね、権力とつながっているテレビの枠の中で映画が作られていることに対し、なんの疑問も持たず受け入れ出演している連中もいっぱいいることだしな。それに関して俺がどうこう文句をたれる筋合いはない。

ただ、俺はそういう理由で映画が面白くなくなったと主張しているだけでね。それだから役者を続けても仕方ないと思っただけなんだよ。

それから、もうひとつ。さっきからヤクザ映画に出ていた俺と農業を営んでいる俺のギャップが埋まらないと、さんざん指摘しているけどな、あのな、ヤクザと百姓というのは似通っているんじゃないか? 同質のような気がするぞ。同質なんだからギャップを感じることもないんだぞ。

だってな、ヤクザも百姓も厳格なルールの上で仕事をしているわけだろ。それこそ百姓は自然の摂理に則(のっと)り厳しいルールを定めている。そうしなければ、よい作物を収穫できないわけだから。

ともあれ凄腕の百姓は“百姓道”という道を歩んでいるようなもの。ヤクザの世界も同じで『是は是、非は非』というルールの下、数は少ないけども自分たちの任侠道というな、試練の道を歩いている男たちもいる。

つまり、どちらも道を極めるという共通点があるわけだ。

男は道を極めるために生きてナンボだと思う。俺は今、百姓道を歩んでいる。今からじゃ、その道を極められるとは思えんが、それでも歩いている過程で知り合う百姓の中には、学ぶべき人が多いんだ。免許皆伝の達人たちがたくさんいる。自ら厳しい掟(おきて)を定め、農薬を使わず機械にも頼らず、おいしい作物を育てている人たちがいるんだよな。

そういう連中と交流するのがとても楽しいし、充実した気分を味わえる。彼らに教えを請うときは、心が躍り豊かになるんだよ。俺は、この豊かさを大切にしたいと思っている」

(取材/文・佐々木徹 撮影/熊谷貫)

※この続きは、明日配信予定!

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