電車にベビーカーで乗ると白い目で見られる社会。古市憲寿氏が提唱する“保育園義務教育化”とは?

週プレNEWS / 2015年10月31日 6時0分

「労働力不足、少子化を解決できるはずの女性たちが保育園探しに翻弄されている状況は異様」と指摘する古市氏

子供がいない人、ましてやシングルには関係ないと思いがちな「待機児童問題」。

しかし社会学者の古市憲寿(のりとし)氏は、景気悪化や年金破綻、下流老人など私たちの将来を脅かす根っこにこの問題があると、著書『保育園義務教育化』で指摘する。初めての“保活”に直面する週プレNEWSライターが古市氏を直撃した。

―本の中でも「子供より猫が好き」と言ってはばからない古市さんですが、待機児童問題に関心を持ったきっかけは?

古市 確かに、僕はもともと子供大好き人間ではないです(笑)。しかし、大学時代にノルウェーに1年間留学し、卒業論文のテーマは北欧の育児政策だったこともあり、ずっと育児政策や少子化問題に関心がありました。最近、同世代が結婚・出産する年齢になって、彼らの話を聞いていてあまりにも状況が異様だなと感じました。

―当事者になって初めて、想像以上に保育園に入るのが大変なことに驚いています。

古市 日本の待機児童は2014年で4万3千人ですが、潜在的には100万~300万人という試算もあります。もし保育園に入れるなら働きたいけれど、入れないから諦めているお母さんも多い。東京だと、保育園は第7希望、第8希望まで回ってやっと入れるとか、子供が生まれる前に保育園を探さないと間に合わないとか。認可保育園に入れるために一時離婚する夫婦もいるくらいです。

―笑えないですね。認可外保育園ですら、9月に見学を申し込んだら来年4月の入園分をもう締め切ったと言われてア然としました。

古市 本当におかしいですよね。日本は労働力不足だ、少子化だというわりに、それを解決できるはずの女性たちが保育園探しに翻弄されている状況は異様です。少子化対策に反対する政治家は誰もいないにもかかわらず、いざ子供を産もうと思ったらすごく産みにくい。これでは人口が減ってしまうわけです。

―共働きしないと子育てできない家庭も多いのに、その仕組みが全く整っていないなんて。

古市 安保で自衛隊員の命がっていう話も大事ですけど、日本では昨年1年で人口が30万人減っています。戦争で30万人死んだら大ごとだけど、自然減では誰も騒がない。2030年には年間100万人ずつ減ると言われている。この重大さに政治家は気づくべきです。

年金問題や下流老人、ものが売れなくなっているのも、突き詰めれば少子高齢化の問題。高齢者があまりにも増えすぎて、現役世代が少ないことに行き着く。日本のいろんな社会問題の根っこに少子化があるんです。

―待機児童問題って以前から言われてるのに、一向に解決しないのはなぜなんでしょう?

古市 本気で取り組んでいないからです。「待機児童」という言葉ができて国が統計を取り始めてからもう25年くらいたちます。土地が足りないとか理由をつけるけど、小学校の校庭なりビルの中なりいろんな方法があるはず。

結局、単にお金を出す気がない。その一番の理由は「票にならない」からです。多くの政治家は、20年後に投票権を持つ子供より今選挙に来てくれる高齢者の対策を優先する。少子化対策は、第3子支援とか抜本的な解決にならないことをほんのちょっと。

―第1子すら安心して産めないのに、第3子支援と言われても…。

古市 今、「第2子の壁」と言われ、なかなかふたり目を産めない人が多い。ひとり目だけでも保育園も入れず育児はこんなに手間がかかるのに…と。社会の状況が変わっているのに仕組みは30年前と変わらず、専業主婦が優遇される政策が残っています。

北欧などでは1歳までは給料を全額補償して家庭で見てもらい、1歳からは子どもを保育園に預けるのは当たり前。女性と男性が半年ずつ交代で育休を取るということも珍しくありません。するとキャリアのハンデも男女で同じになるし、子供と父親間の愛着も育まれます。

■6歳までの教育が人生の成功を左右する?

―羨ましい話です。母親になる自分としては、「お母さんの孤独」の話も考えさせられました。

古市 本当にお母さんは孤立しちゃいますよね。スマホだけが社会との接点みたいな。昔みたいな3世代同居も減り、男性は長時間労働で女性に育児の負担が全部かかってくる。周りを見ても思いますが、日本ってお母さんになると一気に厳しい視線に晒(さら)される。仕事を頑張ると「子供がかわいそう」と言われ、電車にベビーカーで乗ると白い目で見られる。「親だから当然でしょ」と、一般の人間以上の規律が求められます。

―怖いですね。0歳から保育園に預けたら非難されないかな…とか。

古市 「3歳までは母親が子供を育てるべき」という「3歳児神話」がありますが、「神話」と言うくらいで国も公式に否定しています。そもそも専業主婦の歴史はせいぜい40年。それまでは育児は家族や地域でするものだった。専業主婦だからいい育児ができるとも限らないし、保育のプロに預けたほうがいいかもしれない。育児だけはお母さんがやるべきという呪縛に捕らわれすぎているのでは。

―むしろ、早くから保育園で教育したほうが子供にとってはいいと?

古市 ノーベル経済学賞受賞者のヘックマン教授の実験で明らかになっていますが、良質な保育園へ通った子供はその後の人生で成功する確率が高くなる。大切なのはコミュニケーション能力・社交性などの「非認知能力」を6歳までに育てること。しかもそれは人との関わりあいで育まれることがわかってきて、子供を隔離して育てるより保育園に預けたほうがいいといろんな研究で言われています。

もちろん、昔みたいに地域社会で育児できるならいいでしょうしケースバイケースですが、間違いなく言えるのは保育園に預けるのに抵抗を感じることはないと。

―そこで「保育園義務教育化」ですが、具体的にどんな仕組みを?

古市 0歳から小学校に入るまでの保育園・幼稚園を無償にし、誰でも入れるようにする。ただし義務といっても、毎日でもいいし週1回でもいい。「義務教育」ということで、小さい子を保育園に預ける後ろめたさが払拭(ふっしょく)されればいいと思います。

もっと言えば、保育園に対する補助金を増やして、保育士さんの待遇を上げ、数も増やす。保育士さんの数が足りないと、一斉教育のようなことしかできませんが、数が多いと一人一人の子供の適正にあった教育ができるようになります。

―そうして、共働きで当たり前に子供を育てられる社会になれば、男性だってもっと結婚に前向きになれるかも。とはいえ、残念ながらその道のりは遠そうです。

古市 概算してもらったところ、消費税1%分、2.6兆円あればかなりのことができそうです。乳幼児期のほうが小学校教育よりはるかに大事だとわかっている以上、国が責任を持つのは当然じゃないでしょうか。

でも、現状では消費税が10%に上がっても、ほとんどが高齢者にいく。経済成長には人口を増やすか生産性を上げるかしかないですが、30年後を考えられる政治家はほぼいません。

少子化って安保と一緒で、緩慢な変化なので危機意識が持ちにくい。待機児童問題ってしょうがないよね…とか、どうしても社会の仕組みはみんな諦めがちですけど、こんな制度を作ったら社会が変えられるということを書いた本です。この「保育園義務教育化」というアイデアを話題にしてもらい、どこかの政党が公約にしてくれればいいと思います。

●古市寿憲(ふるいち・のりとし)






1985年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。株式会社ぽえち代表取締役。朝日新聞信頼回復と再生のための委員会外部委員、内閣官房「クールジャパン推進委員」メンバーなどを務める。日本学術振興会「育志賞」受賞。主な著書に『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)、『だから日本はズレている』(新潮選書)ほか

■『保育園義務教育化』






(小学館、1080円)






もしも保育園が義務教育化されたなら、子供の学力は向上し、児童虐待は減少し、景気も向上する! 社会学者・古市憲寿氏が提言する、日本のお母さんや子供、そして将来の日本を救う少子化対策とは?






(取材・文/田山奈津子)

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