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上島竜兵さん「お酒飲んでも寝られない」と吐露…死去2カ月前に目撃されていた“現場で放心状態”の異変

SmartFLASH / 2022年5月16日 6時0分

2005年、上島さんは行きつけの居酒屋「野武士」でインタビューを受けてくれた

5月11日、突如飛び込んできた訃報が日本中を驚かせた。お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」のメンバー・上島竜兵さん(享年61)が、自宅で亡くなっているところを発見されたのだ。

日本を代表するお笑い芸人の一人だけに、悲しみの声が多数寄せられている。特に親しかった芸能人たちの嘆きは、筆舌に尽くしがたい。本誌は10名ほどに取材を申し込んだが、「気持ちの整理がついていない」との理由で、誰もがコメントを差し控えた。

それでも、生前の上島さんを知る人たちは、揃って彼が楽しそうに飲んでいた様子を記憶に留めていた。

「若手の芸人さんと3人で来られたのが最初ですが、すぐに常連になってくれて。来るのはたいてい深夜0時過ぎ、フォアローゼズをロックで、朝まで飲み続けていました」

そう語るのは、東京・中野にあるバー「ルーキーs」のマスター・伊藤実さん。上島さんは、居合わせた客に対してもサービス精神旺盛だったという。

「テレビでもイジられているのに、店でもほかのお客さんにイジられる。それを全然嫌がらないのがすごいと思いました。ただ僕が見る限り、上島さんは寂しがり屋だったんですよ。だからみんなを楽しませてくれていたのでしょう」

ダチョウ倶楽部のヘアメイクを担当していた加納ひろみさんも、思い出を語ってくれた。

「シャイな方でしたけど、酔っ払うとすぐに裸になるんです。おなかがポコンと出ていて、幼児体型でかわいいんですよ。フィルムカメラの時代に、全裸でフィルムケースを股間にかぶせて“俺のサイズ、ピッタリ!”と言ったり。そういう下ネタも明るくて楽しくて、お笑いの神様でした」

上島さんと親交が深かったキー局プロデューサーも、鮮烈な記憶がある。

「キャバクラに連れて行ってもらった際に、突然“空襲警報!”とアナウンスが流れて室内の照明が落ちるのをウリにしていた店だったんですが、照明が戻るまでの間に、上島さんはいつのまにかパンツ一丁でテーブルの下に這いつくばっていた。死ぬほど笑わせていただきました」

「ルーキーs」での1枚。左から肥後、伊藤さん、右端が上島さん

テレビで見るままの天性のエンタティナーを思わせるエピソードが本誌の取材に多数寄せられたが、上島さんが出演したあるCMの演出を担当した映画監督によると、2カ月ほど前、上島さんは気になる様子を見せていたという。

「撮影の合間、放心状態のようになって部屋の隅のほうでじっと目をつぶっていたんです。ヘアメイクの子が直しを入れようと近づくと、ハッとした様子で慌てて取り繕いながら、“最近寝つけなくてね、歳なのかなあ。お酒を飲んで寝ようとしたんだけど、なかなか寝られないんだよ”と洩らしたそうです。

とても繊細な方だったので、いろいろなことがこたえていたのかもしれませんね」

この話を裏づけるように、昨今の世相について上島さんがあれこれと思い悩んでいたことを偲ばせる別の証言もある。

「リアクション芸人にはやりにくい時代です。コロナ対策を徹底すれば芸のリアルさが失われるし、“熱湯風呂”もコンプライアンスの観点からできなくなってきている。このご時世にダチョウ倶楽部の芸のおもしろさをどう伝えるか、上島さんは頭を悩ませていたようです。4月におこなわれたイベントで、アクリル板越しですが久々に“キス芸”をやれたときは、嬉しそうでしたよ」(芸能事務所関係者)

本誌が初めてダチョウ倶楽部を特写した1994年の記事でも、自らの「イジられ芸」について、「いくら上手な芸人でも俺には敵わないはず」と自信を見せていた上島さん。しかし、コロナ禍で彼もまた生きづらさにとらわれていたのかもしれない。

ところで上島さんといえば、故・志村けんさんとの交流がよく知られている。今年3月、本誌の「寄港めし」に登場した際も、志村さんが行きつけにし、一時は上島さんと連れ立って毎日のように通っていたという東京・麻布十番の鉄板焼き店「三と十」を訪れて、「志村さんとの間では、“おネエちゃん”の話で盛り上がるけれど、最後はいつもお笑いの話になっていた」と懐かしそうに語っていた。

「志村さんの入院中は面会にも行けなかったので、亡くなった実感もなかったけれど、三回忌を経てようやく事実として受け入れられるようになったと上島さんは言っていました。志村さんが亡くなったことで、コントをやる機会もなくなってしまうと、喪失感にかられていたようですね」(前出・芸能事務所関係者)

そんな上島さんは、前出の映画監督とくだんのCMの発表会で3月に対面した際、「上島竜兵が主演の映画ってどう?」と監督に話を持ちかけていた。上島さんは、もともと俳優を目指して上京し、後にお笑いに転じたという経歴の持ち主。監督が「ぜひ。いつならやれますか?」と逆に聞き返すと、上島さんは急に真顔になって、志村さんのことを語りはじめたという。

「本当は、志村さんのやるはずだった、『キネマの神様』の役がやりたかったんだよな。俺が代わりに演じられたら、志村さんへの供養にもなったんじゃないかなって。ま、そんな大役を俺が演じるのは無理だろうけどね」

そう言って寂しげに笑う上島さんを見て、「この人は本気で芝居がやりたいんだ」と思ったのだと監督は言う。

「上島さんが本当にやりたかった仕事は、個性的な俳優だったそうです。遠藤憲一さんみたいな独特の味のある役者に憧れているとも言っていましたね。コントで売れた人ですが、役者への思いが本物だとわかり、本気で実現させようかと考えていたんですが……」

前出のプロデューサーは、最後に上島さんと酒席をともにした昨年暮れのことを鮮明に記憶している。

「ずっと僕のことを“重役”と呼んでいました(笑)。帰りのタクシーに先に乗せてくれて、振り返ると直角に頭を下げていました。お礼のショートメールを送ると、『また行こうね』の一文と、慣れないからか不思議な絵文字が送られてきました。その『また』がかなわなくなるなんて……」

「聞いてないよォ」の気持ちで喪に服しながらも、人々の心には優しい上島さんの姿が刻まれている。

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