第21回「刑事ドラマの歴史」

ソーシャルトレンドニュース / 2017年6月9日 18時0分

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第21回「刑事ドラマの歴史」

 まずは、今クールの連ドラの6話までの平均視聴率ベスト5を見てほしい。

 1位『緊急取調室』(テレ朝)14.1%
 2位『小さな巨人』(TBS)13.2%
 3位『警視庁・捜査一課長』(テレ朝)12.0%
 4位『警視庁捜査一課9係』(テレ朝)11.2%
 5位『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(フジ)11.0%

 ――なんと、見事に5つとも刑事ドラマである。
 昨今、連ドラは刑事ドラマや医療ドラマばかりが目に付くが、遂にここまで来たかという思いである。ただ、こうして刑事ドラマが安定して視聴率を稼ぐということは、作り手がそっちへ向かうのも分からないではない。何せ、テレビは視聴率を取らないといけないからだ。

■事件は警視庁捜査一課で起きている!?

 いや、もっと驚くのは、このうち上位4作品がいずれも「警視庁捜査一課」が舞台になっている点。つまり、1つの部署の中で同時に4つのドラマが並行して進んでいることになる。かつて『踊る大捜査線』で織田裕二扮する青島刑事は、「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」の名セリフを吐いたけど、それは誤りだ。正しくはこう。

 「事件は警視庁捜査一課で起きてるんだ!」


 それにしても――なぜ警視庁捜査一課ばかりに刑事ドラマが集中するのだろう。ひと昔前の刑事ドラマは、もっと多様性があった気がする。「所轄」が舞台の人情劇もあれば、ハミ出しものばかりを集めた「特捜班」が活躍するアクションドラマもあった。時には、2人組の凸凹コンビがユーモラスに活躍する「バディもの」も――。
 それが今や、今クールだけでも捜査一課長を内藤剛志、香川照之、三上市朗の3人の俳優が演じている(ちなみに『警視庁捜査一課9係』は昔から一貫して捜査一課長が登場しない)。これじゃ、まるでパラレルワールドだ。

■刑事ドラマは時代の鏡

 俗に、テレビは時代の鏡という。刑事ドラマが警視庁捜査一課モノばかりになってしまった背景には、現代の世相が何かしらの影響を与えているのかもしれない。それを知るには、日本の刑事ドラマの歩みを振り返るのが得策だろう。そう、温故知新――。

 少々前置きが長くなったが、今回のテーマは「刑事ドラマ」の歴史である。

■刑事ドラマ第1号

 日本の連ドラにおける刑事ドラマの第1号は、1957年にスタートした日本テレビの『ダイヤル110番』である。
 かのドラマ、当時、人気を博したアメリカのセミ・ドキュメンタリー刑事ドラマの『ドラグネット』をオマージュしたものだった。その肝は、現実に起きた事件を描くところにあり、毎回、番組冒頭で次のようなナレーションが流れた。「この物語は、事実または事実にもとづいて構成され、資料はすべて警視庁ならびに全国の警察の協力によるものです」

 ――面白い。今のドラマのエンディングに付きものの「この物語はフィクションです」の逃げ口上のテロップとは真逆である。
 実際、同ドラマは警視庁が全面協力して事件の資料を提供し、それを向田邦子ら脚本陣がシナリオ化したという。ちなみに、「110番=おまわりさん」が国民の間に定着するのは同ドラマからである。

■同じ日に始まった刑事ドラマの2大始祖

 『ダイヤル110番』は大変な人気を博して、日本の刑事ドラマの扉を開いた。
 だが、同ドラマは松村達雄や玉川伊佐男ら扮する刑事が多数登場するものの、特定の主人公を置かず、主役は「事件」そのものだった。そのため、今日の刑事ドラマとは少々趣が異なる。どちらかと言えば、再現ドラマに近かった。

 今日の刑事ドラマに直接つながる系譜としては、奇しくも1961年10月4日と、同じ日に始まった2つのドラマ、『七人の刑事』(TBS)と『特別機動捜査隊』(NET/現・テレ朝)が元祖である。

■「人間ドラマ」と「アクション」の2つの系譜

 前者――『七人の刑事』は、ハミングのオープニングが印象的だった。芦田啓介演ずる警視庁捜査一課の部長刑事はよれよれのコートにハンチング帽。そのモデルは警視庁の名物刑事「落としの八兵衛」こと平塚八兵衛だったと言われる。派手なアクションよりも、そんな刑事の人間性を描いた「人間ドラマ」は評判を呼んだ。実際、全382回中、拳銃を撃つシーンは数えるほどだったという。

 一方、『特別機動捜査隊』は、刑事たちの機動力に重点を置いて、時に銃の撃ち合いも厭わなかった。日産自動車の提供だけあってクルマを使った追走劇もあった。スピード、サイエンス、シークレットの「3S」が同ドラマの身上。刑事ドラマの「アクション路線」の走りだった。「特別機動捜査隊」は架空の部署だが、その後、同ドラマに影響され、実際に警視庁内に初動捜査を行う「機動捜査隊」が作られたという逸話がある。

 大雑把に言えば、今日まで続く刑事ドラマの歴史は、この「人間ドラマ」路線と「アクション」路線の2大系譜で進化したと言えよう。前者は警視庁捜査一課などの実際に存在する部署、後者は架空の部署が舞台になるケースが多かった。

■疑似警察ドラマ

 黎明期の刑事ドラマには、いわゆる「疑似警察ドラマ」と呼ばれるものも少なくなかった。
 その代表格が、63年に始まった『鉄道公安36号』(NET/現・テレ朝)と、65年に始まった『ザ・ガードマン』(TBS)である。前者は国鉄の全面協力のもと、列車や駅構内を舞台に鉄道公安官たちが活躍する話だった。彼らはちゃんと捜査権を持ち、武器の携帯も許されていた(但し、鉄道施設内に限る)。ドラマとしては正攻法の部類だった。

■まるで刑事のようだったガードマン

 一方の『ザ・ガードマン』は、日本初の警備会社のセコム(当時は日本警備保障)がモデルで、同社が前年の東京オリンピックの選手村の警備で一躍その存在を知られ、その余勢を駆って作られたものだった。但し、今のガードマンと違い、宇津井健率いる東京パトロールの7人は、まるで私設警察のように行動し、時には犯人を逮捕(!)した。悪党を追って海外(!)へ飛ぶこともあった。断わっておくが、彼らはガードマンである。異色のアクション系の刑事ドラマとしてカルト的な人気を博した。

 いずれのドラマも、「国鉄」が存在感を発揮した時代だったり、「警備会社」が注目を浴びた時代の産物だったり、その意味では時代を反映していたと言えよう。

■お色気路線の台頭

 1960年代後半になると、刑事ドラマに新たな要素が加わった。お色気である。
 68年スタートの丹波哲郎主演の『キイハンター』(TBS)と、69年スタートの『プレイガール』(東京12チャンネル/現・テレビ東京)がその代表格だった。

 『キイハンター』は、「KEYHUNTER」の文字のパネルが人物に変わる印象的なオープニングを覚えている人も多いだろう。メンバーの6人は架空の国際警察特別室に雇われる特殊スタッフという設定。公安が手を出せない難事件の解決にあたった。中でも人気を博したのが、規格外の千葉真一のアクション(ちなみに彼はこのドラマが縁でJACを設立)と、野際陽子の最先端のモードとお色気だった。2人は共演中に結婚する。同ドラマは人気を博して5年も続き、全盛期の視聴率は30%を超えた。

 一方の『プレイガール』は、沢たまき率いる5人の女性メンバーは国際秘密保険調査員という謎の肩書き。とにかく売りは、超ミニのファッションとパンチラも厭わない派手なアクションだった。劇中に女性のヌードも頻繁に登場し、6年もの長寿ドラマとなる。視聴率も同局としては異例の15%を超える人気ぶりだった。

■70年代はハードボイルド路線へ

 しかし、あまりに浮世離れした設定に視聴者が飽き始めたのか、70年代も半ばになると、刑事ドラマは次第にハードボイルド路線に傾倒する。73年スタートの天知茂主演の『非情のライセンス』(テレ朝)や、『キイハンター』の後継番組として75年に始まった『Gメン’75』がその代表格である。

 『非情の~』で天知茂演ずる会田刑事は、アウトローな刑事という設定。警視庁特捜部という架空の部署に身を置き、ダンディな風貌で女にモテるが、巨悪に対しては手段を選ばず殺しまくる非情さを併せ持つ。毎回、ゲスト女優とのベッドシーンもお約束だった。大人向けの刑事ドラマとして人気を博し、80年まで3シリーズが作られ、平均視聴率も16%台と健闘した。

■滑走路を横並びに歩いたGメンたち

 一方の『Gメン~』は、滑走路をメンバーが横並びに歩くオープニングを覚えている人も多いだろう。こちらは警視庁から独立した特別潜入捜査班「Gメン」が舞台。丹波哲郎演ずる黒木警視率いる7人のGメンたちは、凶悪事件を企む国際シンジケートに潜入捜査するなど、型破りの活躍を見せた。土曜の夜のTBSは、『クイズダービー』から『8時だヨ!全員集合』、そして『Gメン~』に至る流れが鉄壁の強さを誇り、最盛期の視聴率は30%超え。ドラマも7年間のロングランとなった。

■若者が活躍する刑事ドラマ

 さて、いよいよあのドラマの登場である。
 ここまで述べてきた刑事ドラマは、人間ドラマ、アクション、お色気、ハードボイルドなど多種多様だったが、基本、どれも大人向けのドラマである。何せ、主人公の刑事は皆、おじさんだ。

 だが、1972年、そんな刑事ドラマの風潮に一石を投じる作品が登場する。若者に人気の若い俳優が活躍する『太陽にほえろ!』(日本テレビ)である。

■映画スターが出演した台所事情

 同ドラマの主役はご存知、映画界の大スター石原裕次郎。しかし、当初はテレビドラマの出演に消極的だったという。渋々「1クールのみ」と承諾したのは、時に映画界は斜陽となり、石原プロモーションも当時8億円とも言われる莫大な借金を抱えていたからである。同社の「コマサ」こと小林正彦専務に説得されてのことだった。まさか、この後14年間も続く長寿ドラマとなり、自身のライフワークになるとは思ってもいない。


 『太陽にほえろ!』が人気を博したのは、長きにわたる日本の刑事ドラマの歴史において、同ドラマ初の“発明”がいくつもあったからである。

■事実上の主人公だったショーケン

 1つは、新人の若い刑事が中心となって活躍するドラマだったこと。
 もちろん――『太陽にほえろ!』の主役は石原裕次郎である。だが、事実上の主人公は当時人気絶頂のショーケンこと萩原健一演ずるマカロニ刑事だった。黒澤明監督の『赤ひげ』と同じ構図だ。あれも三船敏郎が主役だったが、物語を動かす事実上の主人公は若き日の加山雄三だった。

 実際、『太陽~』は第1話のタイトルからして「マカロニ刑事登場!」である。ファーストカットはショーケンで、彼が七曲署に初出勤するところから物語が始まる。
 ――そう、新人刑事の成長物語。こんな設定はかつての刑事ドラマにはなかった。『太陽~』はそれまで刑事ドラマの主要ターゲットだった大人たちばかりでなく、若者視聴者も取り込むことに成功する。

■『七人の侍』を彷彿させる7人のキャラ付け

 次に、『太陽~』といえば、やはりニックネームである。ボスをはじめ、山さん、ゴリさん、長さん、殿下、シンコ、そして――マカロニ。このように、レギュラー刑事たちのキャラを際立たせたのも、『太陽~』が初めてだった。かつての『七人の刑事』も『ザ・ガードマン』も、メンバーは同じ7人だったが、ここまでの明確なキャラ付けはなかった。

 この7人の役割は、かの黒澤明監督の映画『七人の侍』を彷彿とさせる。リーダー(ボス)、No.2(山さん)、勇者(ゴリさん)、知性派(殿下)、ベテラン(長さん)、新人(マカロニ)、コメディリリーフ(シンコ)――という具合。
 これ以降、刑事ドラマの世界では、このキャラ付けがスタンダードとなる。

■舞台は所轄、殉職でメンバー交代

 そして、物語の舞台が「所轄」の七曲署であるのも、『太陽~』の発明である。
 それまで刑事ドラマといえば、警視庁捜査一課が舞台の人間ドラマ路線か、架空の部署を舞台とするアクション路線のいずれかだった。それが同ドラマでは地域警察署の「所轄」が舞台。巨悪ではなく、小市民の犯罪を描くようになった点で、エポックメーキングな作品と言えよう。

 そして――『太陽~』の最大の発明といえば、やはりこれしかあるまい。殉職によるメンバーチェンジである。
 それは、偶然の産物だった。マカロニ刑事を演ずるショーケンは、ドラマが1年を経過する頃、もっとリアリティある物語を演じたいと、同ドラマにエログロシーンを入れるように制作陣に要求する。しかし、これが受け入れてもらえず、降板を申し出る。ドラマとしては二枚看板のうち1枚を失う痛手だったが、チーフプロデューサーの岡田晋吉サンは文学座に有望な新人がいる噂を聞きつけ、抜擢する。後のジーパン刑事、松田優作である。

 ちなみに、降板したショーケンが次に出演したドラマが『傷だらけの天使』(日テレ)だった。

■14年間ものロングランに

 『太陽~』以前、刑事ドラマでレギュラーの刑事が殉職することは、まずなかった。だが、怪我の巧妙か、ショーケンの殉職シーンは高視聴率を取ったばかりか、以後、ジーパン(松田優作)、テキサス(勝野洋)、ボン(宮内淳)、スコッチ(沖雅也)……と、新人刑事が殉職する度に新しいメンバーが加入して、ドラマのマンネリ化を防ぐという副産物をもたらす。そして気が付けば、14年間ものロングランになったのである。

 ちなみに、同ドラマの最高視聴率は、前の回でボンが殉職して、新人刑事のスニーカー(山下真司)が初登場した回――1979年7月20日の「スニーカー刑事登場!」の40.0%である。

■テレビドラマ制作に進出した石原プロ

 さて、そんな次第で、『太陽にほえろ!』の思わぬヒットで、映画界に続いてテレビ界でも名を馳せた石原裕次郎。だが、同ドラマはあくまで役者としての出演であり、石原プロは制作には携わっておらず、莫大な借金を抱える同社にとって、うまみはそれほどなかった。

 そこで石原プロは、74年の大河ドラマ『勝海舟』を病で途中降板し、長期療養していた渡哲也が復帰するタイミングで、自社が制作する新たな刑事ドラマを企画する。脚本は『勝海舟』で渡と組んだ倉本聰、持ち込み先は日テレである。それは、『太陽~』がアクション偏重の作品であるのに対し、暴力団の抗争事件に対峙する社会派刑事ドラマという触れ込みだった。その舞台は、刑事ドラマ初となる「警視庁捜査四課」(暴力団を取り締まる部署)である。
 76年1月、渡哲也のカムバック第1作であり、石原プロが制作する初のテレビドラマが始まった。『大都会 闘いの日々』である。

■路線変更、高視聴率番組へ

 しかし、『大都会 闘いの日々』はその硬派なテーマが識者などから高い評価を受けるも、視聴率は伸び悩む。そして3クールの予定が8カ月で終了する。
 すると翌年、今度は日テレが主導する形で、シリーズ第2作が企画された。舞台は架空の「城西警察署」に移り、扱う事件も凶悪事件全般となり、脚本の倉本聰は降板する。作風は社会派刑事ドラマから一転、派手なカースタントや格闘アクション、銃撃戦のある娯楽劇となった。

 77年4月、『大都会 PARTII』がスタートする。これが平均視聴率17.9%と大当たり。さらに翌年、『大都会 PARTIII』が作られ、これも前作以上に過激になり、渡哲也演ずる黒岩はサングラスにショットガンで射殺も辞さないキャラに変貌する。平均視聴率も20%を超える大ヒット――。

■テレ朝へ。大門軍団の誕生

 平均20%を超える大ヒット刑事ドラマに、日テレは放送中から石原プロにパート4を打診する。しかし、同シリーズをもっと過激にしたい石原プロと資金面で難色を示す日テレとの折り合いがつかず、そこへテレ朝が石原プロに好条件を提示したことから一転、『西部警察』(テレ朝)が誕生する。

 今度の舞台は架空の「西部署」である。渡哲也は大門と名を改めるも、刑事たちの多くは『大都会 PARTIII』からのスライド出演。彼ら大門軍団はさらにパワーアップして首都・東京を脅かす犯罪と対峙する。銀座に戦車紛いの装甲車を走らせたり、首都高で派手なカーチェイスを繰り広げたり、散弾銃をぶっ放したり、大門がヘリからショットガンで犯人を仕留めたりと、やりたい放題だった。

 同ドラマはPARTIIIまで3シーズン作られ、大門が殉職する「大門死す!男達よ永遠(とわ)に…」で有終の美を飾る。最終回の視聴率は同シリーズ最高となる25.2%。大団円だった。

 だが、時代は既に、アクション路線から次のステップへ移ろうとしていた。

■早すぎた『夜明けの刑事』

 時代を少し前に戻す。『太陽にほえろ!』の登場から遅れること2年、1つのドラマが始まった。1974年、坂上二郎主演の『夜明けの刑事』(TBS)である。
 舞台は日の出署。坂上演ずる鈴木刑事は、一度食らいついた容疑者を執拗にマークすることから「スッポン刑事」の異名を持つ。同僚に石橋正次、鈴木ヒロミツ、課長役に石立鉄男ら。同ドラマは派手さこそないが、人情路線で人気を博し、その後も『新・夜明け~』『明日~』とシリーズが続き、79年に幕を閉じる。
 だが、実は同シリーズの真価が分かるのは、それからだった。

 80年代、アメリカでは『ヒルストリート・ブルース』なる「分署」(日本でいう所轄)を舞台にした超地味なドラマが大ヒットする。エミー賞を最多記録となる4回も受賞して、以後、アメリカも日本も同ドラマに倣い、人情系の刑事ドラマが一大ブームになる――。
 『夜明けの刑事』の登場は、少し早すぎたのだ。

■80年代は人情刑事ドラマの時代

 そんな次第で80年代、日本でも人情路線の刑事ドラマが増殖する。
 渡瀬恒彦主演の『刑事物語’85』(日本テレビ)もその1つだった。所轄の山手署を舞台に、日常生活の中で起きる小さなトラブルに対処する人情派の刑事たちの活躍を描き、お茶の間の人気を博した。

 興味深いのは、二谷英明主演の『特捜最前線』(テレ朝)である。77年に始まった同ドラマは当初、専用ヘリが登場するアクション系の刑事ドラマだったのに(何せ、前番組はあの『特別機動捜査隊』だ)、80年代に入ると次第に人間ドラマの比重を増し、いつしかヘリは消え、気が付けば地味で暗い人情ドラマになっていたのである。ひどい時は事件すら描かれず、ただの人情話で終わる回もあった。

 そうそう、時代の変化を最も反映した例といえば、先の『西部警察』シリーズが終了して後継番組として始まった『私鉄沿線97分署』である。主演は引き続き渡哲也だが、扱う事件は近所の万引きやイタズラ電話などの軽犯罪へと変わり、拳銃の携帯もいちいち使用許可の申請が求められた。何より――2年間の放映中、彼は一度も発砲することはなかったのである。

■『はぐれ』で絶頂期へ

 そして人情路線は80年代後半、1つの完成型を見る。
 88年にスタートする藤田まこと主演の『はぐれ刑事純情派』(テレ朝)である。番組キャッチコピーは「刑事にも人情がある。犯人にも事情がある」。藤田演ずる安浦刑事は、出世を望まず、ただ強い正義感と温かい心で捜査に打ち込む実直派。たちまちお茶の間の支持を得て、2005年まで18シーズンが作られる超ロングランになる。

 ちなみに、『はぐれ~』と交代で同じ枠で放送された宇津井健主演の『さすらい刑事旅情編』(88年~95年)も、その後継の柴田恭兵主演の『はみだし刑事情熱系』(96年~04年)も、同じく人情路線である。

■バディものはコメディ

 ここで、ちょっと亜流の路線も紹介したい。「バディもの」である。
 元々は、70年代のアメリカの刑事ドラマ『刑事スタスキー&ハッチ』や『白バイ野郎ジョン&パンチ』に端を発す系譜である。若い2人の刑事がタッグを組むことで、そこに会話劇が生まれる。若いだけにジョークや異性を意識した内容も多い。つまり――刑事ドラマにコメディの要素が加わったのだ。大抵、2人は対照的なキャラクターで、片方が頭脳派なら、もう片方は肉体派。一方がマジメなら、もう一方はお調子者という具合である。

■日本のバディもの

 早速、アメリカに倣い、日本でもバディものが作られた。時に1979年、国広富之と松崎しげるがタッグを組む『噂の刑事トミーとマツ』(TBS)である。
 国広演ずるトミーは普段は女々しいダメ刑事だが、悪党たちと対峙するクライマックスで、相棒のマツから「このおとこおんなのトミコ!」とからかわれると、突如凄腕刑事に変貌して、悪党たちをなぎ倒す――というオチ。毎回、このパターンだった。制作は大映ドラマ。さもありなん、である。

 だが、心配ご無用。80年代後半、日本でも本格的なバディものが登場する。『あぶない刑事』(日本テレビ)である。舘ひろしと柴田恭兵のタカ&ユージコンビはとにかくオシャレ。普段はユーモラスだが、キメる時にはキメるコントラストが評判を呼び、当初2クールの予定が1年に延長。視聴率も後半20%超えを連発する。88年には続編の『もっとあぶない刑事』も作られ、シリーズ最高視聴率26.4%を記録した。

■2つの歴史的作品

 ――さて、ここまで刑事ドラマを振り返って来て、既に大方のパターンは出尽くしたと思われるかもしれない。
 だが、これより先の90年代に、よもや刑事ドラマの歴史を大きく変える2つのエポックメーキング作品が登場しようとは、当時は考えも及ばなかった。
 その2つとは、『古畑任三郎』と『踊る大捜査線』である。

■『刑事コロンボ』の登場

 話を一旦、70年代に巻き戻す。
 1973年、NHKで異色の刑事ドラマが始まった。米NBC制作の『刑事コロンボ』である。
 ピーター・フォーク演じるコロンボ警部(吹替え:小池朝雄)は、よれよれのコートにボサボサ頭。愛車はオンボロのプジョーで、口癖は「ウチのかみさんがねえ」――見るからに冴えない。
 そのため、犯人(大抵セレブという設定)は最初、この冴えないイタリア系の男を甘く見て対応するが、コロンボの執拗な捜査に次第に追い詰められ――遂には白旗を上げるのが基本フォーマット。

 同ドラマはコロンボの特異なキャラクターやそのストーリーの面白さで大人気を博し、平均視聴率は20%を超えた。

■犯人役にスターをキャスティングできる発明

 『刑事コロンボ』は、それまでの刑事ドラマと大きく異なる点が1つあった。それは――最初に犯人の犯行現場を見せてしまう点。これ、「倒叙」と呼ばれるミステリーの手法の1つで、通常の刑事ドラマが犯人探しの推理を売りにするのに対し、倒叙の場合、完全犯罪の粗を探し、それを突き崩すところに醍醐味がある。

 そう、この倒叙スタイルを採用した『刑事コロンボ』が革命的だったのは、犯人役にスターをキャスティングできるようになったこと。通常の刑事ドラマは、複数の容疑者の中に1人スターが混ざっていると、その瞬間、そのスターが犯人だとバレてしまう(じゃなきゃ、わざわざキャスティングしない)。一方、倒叙だと初めに犯人ありきなので、堂々とスターをキャスティングできる。

 結果、『刑事コロンボ』は、レイ・ミランドをはじめ、ドナルド・プレゼンスやロバート・ヴォーン、ジャネット・リーら名優たちを「ゲストスター」として犯人役にキャスティングして、彼ら目当ての視聴者を誘引できたのである。これを「発明」と言わず、なんと言おう。

■誕生、古畑任三郎

 そして、話は90年代に戻る。
 1993年、フジテレビのドラマ『振り返れば奴がいる』の打ち上げの席で、フジの石原隆サンと脚本の三谷幸喜サンがある話題で盛り上がった。それが、前述の『刑事コロンボ』である。ほぼ同年代の2人は奇しくも無類のコロンボ好きで意気投合。この席で「和製コロンボ」のドラマの企画がまとまる。後の『警部補・古畑任三郎』である。

 ここで、皆さんの中には、疑問に思う人もいるかもしれない。日本で『刑事コロンボ』が放送されてからもう20年が経過するのに、なぜここに至るまで倒叙の刑事ドラマが日本で作られなかったのか。
 答えは簡単である。倒叙は脚本が難しいのだ。つまり誰も書けなかった。だから作られなかったのだ。
 だが、心配ご無用。ここに、石原隆サンという日本有数の脚本の読み手と、三谷幸喜サンという天才脚本家が意気投合した。「時は来た」のである。

■『古畑』シリーズ大ヒット

 1994年4月、連続ドラマ『警部補・古畑任三郎』がスタート。主演は田村正和、初回のゲストスターは中森明菜、視聴率は14.4%とまずまずの船出だった。
 一見、コロンボのようだけど、田村正和演ずる古畑はスタイリッシュだし、全体のトーンは三谷流のコメディ。本間勇輔サンの音楽も舞台装置を盛り上げ、「古畑任三郎」というオリジナルの世界観を作り上げることに成功する。


 結局、第1シリーズは平均14.2%とやや平凡な数字で終わるも、再放送で人気に火が付き、96年1月に始まった第2シリーズは平均視聴率25.3%と一気にブレイク。以後、スペシャルでは30%台を連発(ゲストスターは山口智子とSMAP)、さらに第3シリーズも平均25%超えと、同シリーズは三谷幸喜サンにとって最大のヒット作となる。

 今、あらためて思うのは、『刑事コロンボ』の脚本が原作者のリチャード・レヴィンソン&ウイリアム・リンクほか複数脚本家によるチーム制だったのに対し、『古畑任三郎』の脚本家は三谷サン一人。これを天才の仕事と言わず、なんと言おう。

■『踊る大捜査線』の発明

 90年代のフジテレビのドラマ班は神懸っていた。
 『古畑』の誕生から3年後、刑事ドラマの歴史において、もう1つのエポックメーキングな作品が生まれる。『踊る大捜査線』である。

 プロデュース・亀山千広、演出・本広克行、脚本・君塚良一の座組みはシリーズを通して変わらないが、実は同ドラマの誕生において、重要なヒントを出したのは、他ならぬ石原隆サンだった。「サラリーマン刑事」というコンセプトは石原サンの発案である。
 そう、『踊る~』の最大の発明は、警察組織を会社的に描いた点にあった。警視庁は本店、所轄は支店。パトカーを出すのに署長の判がいったり、係長が健康診断の受診を呼びかけたり、事件の戒名(捜査本部の入口に掲げる垂れ幕)を決めるのに会議を開いたり――。
 そして、最大の肝は、織田裕二演じる主人公の青島刑事が「所轄」ゆえに犯人逮捕はおろか捜査すらやらせてもらえず、本店の室井管理官(柳葉敏郎)の運転手を命じられること。まさに、それはサラリーマン刑事の悲哀だった。


 初回視聴率は18.7%。その後も10%台後半が続くが、最終回にようやく20%超え。そこから再放送で人気に火が付き、スペシャルでブレイクする構図は『古畑任三郎』とよく似ている。

■『踊る』が蘇らせた警視庁捜査一課

 そして、『踊る~』の最大の功績といえば、意外に思われるかもしれないが、「警視庁捜査一課」に再び光を当てたことである。
 『太陽にほえろ!』以来、刑事ドラマといえば「所轄」の時代が長らく続いたが、『踊る~』は所轄を舞台にしつつも、その向こうに燦然と輝く本店――警視庁捜査一課の存在を浮かび上がらせたのだ。所轄ゆえに満足に捜査すらやらせてもらえない青島刑事に、いかりや長介演ずる和久さんが口にする言葉がある。
 「正しいことをしたかったら偉くなれ(警視庁捜査一課に行け)」

 ――そう、それは青島刑事にだけでなく、その後の刑事ドラマのあり方への助言だったのかもしれない。事実、この『踊る~』以降、刑事ドラマは警視庁捜査一課を舞台にした作品が急増するのである。

■『ケイゾク』で開花した提ワールド

 99年1月、一風変わった刑事ドラマが始まった。『ケイゾク』(TBS)である。
 舞台は、迷宮入りした事件を扱う警視庁捜査一課弐係、通称「ケイゾク」。そこに配属された東大卒の新人キャリアの柴田純(中谷美紀)と、叩き上げの先輩刑事・真山(渡部篤郎)のコンビが難事件を解決するバディものである。柴田の口癖「あのー、犯人わかっちゃったんですけど」は一躍流行語になった。

 演出は堤幸彦である。事件自体はシリアスながら、小ネタを散りばめる作風が評判を呼び、同ドラマはヒットする。そして堤は以後も、『TRICK』(テレビ朝日)や『SPEC ~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』(TBS)など独特の世界観の「バディもの」を作っていく。

■『CSI:』がもたらしたもの

 日本の刑事ドラマの歴史は、『ダイヤル110番』(日本テレビ)の昔から、アメリカの刑事ドラマから強い影響を受けてきた。『刑事スタスキー&ハッチ』からバディものを取り入れたり、『ヒルストリート・ブルース』から人情刑事ドラマ路線に振れたり――。

 2000年、後に日本の刑事ドラマに影響を及ぼす歴史的ドラマが始まった。ラスベガスを舞台にした『CSI:科学捜査班』である。同ドラマはラスベガス警察の科学捜査班(CSI)が、最新科学を駆使して事件を解明するストーリー。当時人気絶頂の『ER緊急救命室』や『フレンズ』をたちまち抜き、全米視聴率のトップに立った。

■刑事ドラマはリアリズムの時代へ

 『CSI~』の肝は、そのリアリズムにある。従来の勘と足に頼る聞き込み捜査から、プロファイリングを駆使した科学捜査へと進化。それは現実の警察の捜査方法の進化ともリンクしたものだ。事実、あの『踊る大捜査線』も8話に金髪の袴田吉彦率いる科学捜査研究所のメンバーが登場し、和久さんと対峙した。
 ちなみに、沢口靖子が主演を務める『科捜研の女』(テレビ朝日)は、『CSI~』のオマージュと思われがちだが、実は同ドラマの1年前に始まっており、その先見性に驚かされる。

 『CSI~』のエッセンスは、日本の刑事ドラマに「リアリズム」をもたらした。そして、あの大ヒット刑事ドラマが誕生する。

■21世紀型刑事ドラマ『相棒』

 ――『相棒』(テレビ朝日)である。
 ご存知、警視庁の「特命係」を舞台に、超人的な頭脳を持つ杉下右京(水谷豊)とその相棒が、鑑識課の米沢守(六角精児)らと協力しながら、難事件を解決する。所属部署ではないものの、その事件は捜査一課の扱いであり、事実上の警視庁捜査一課ドラマである。

 そのフォーマットは、元祖バディもののシャーロック・ホームズとワトソンのスタイルを踏襲しつつも、世相を反映したリアリティある事件に、最新の科学捜査も取り入れて(真の相棒は鑑識課の米沢と言われたほど)、21世紀型の刑事ドラマのフォーマットを確立した。何より、特筆すべきは脚本のクオリティである。ハリウッドシステムと言われるチーム制を採用しており、1シーズンに執筆する脚本家は10人をくだらない。

■真打ち登場、捜査一課9係

 そして、振り出しに戻って『警視庁捜査一課9係』である。
 同ドラマは2006年のスタート。現在放映中の最新作でシーズン12を数える。今作の開始直前、主人公・加納倫太郎を演じる渡瀬恒彦サンが亡くなられたのは承知の通りである。
 しかし――同ドラマは代役を立てず、係長不在のまま放映に踏み切った。もはや弔い合戦だ。それはとりもなおさず、9係は渡瀬サンと心中するという意味合いを持つ。


 思えば、日本の刑事ドラマの元祖『ダイヤル110番』が始まったのは、1957年。あれからちょうど60年が経つ。その間、刑事ドラマは時代と共に進化し、今日では連ドラの視聴率TOP5を独占するまでに成長した。奇しくも、警視庁捜査一課を舞台に幕開けた刑事ドラマは、今日、警視庁捜査一課に戻ってきた。
 だが――同じ舞台ながら、その中身は大きく変貌している。現在ではレギュラーの刑事たちはしっかりとキャラ付けをされ、事件の捜査も科学的な手法へと進化し、シナリオも複数脚本家によるチーム制で格段にクオリティが上がった。

 とは言え、どんなに時代が変わっても、1つだけ変わらないものがある。
 それは、刑事という職業は、常に弱い者の味方であること。例え、相手が犯人であっても――。
 それが、渡瀬恒彦サンが刑事ドラマを通して僕らに教えてくれた、いわば遺言である。

(文:指南役 イラスト:高田真弓)

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