未発見の恒星「種族III」の残骸らしきデータを遠方のクエーサーで検出
sorae.jp / 2022年10月23日 21時46分
誕生直後の宇宙には、元素は水素とヘリウムしかありませんでした。これよりも重い元素は恒星内部の核融合反応や、その他のプロセス (s過程、r過程、中性子星同士の合体など) で生成されて、宇宙にまき散らされたと考えられています。多くの観測証拠と理論的な推定の両方が、誕生直後の宇宙には、水素とヘリウム以外の元素は無視できるレベル (約100億分の1以下) しかなかったことを示しています。
つまり、宇宙で最初に誕生した恒星は、水素とヘリウムのみでできていたと考えられます。これは、多少は重い元素を含んでいる太陽などの多くの恒星とは異なります。このように、水素とヘリウムだけでできていて、重い元素を含まない宇宙最初の恒星を「種族III」と呼びます (※) 。
※…重い元素を多く含む恒星は「種族I」、重い元素を少ししか含まない恒星は「種族II」と呼ばれています。太陽は種族Iの恒星とみなされます。
種族IIIの恒星の観測は、長年の課題です。最初の恒星の誕生がいつの出来事であったかははっきりしていませんが、おそらくは宇宙誕生から約1億年後と考えられています。このことは、種族IIIの恒星を捉えるためには極めて遠い宇宙を観測する必要があり、極めて困難な観測対象であることを意味します。
また、種族IIIの恒星は、質量が太陽の150倍から300倍という超大質量な恒星だと考えられています。大質量星はやがて超新星爆発を起こしますが、種族IIIの恒星は天文学のスケールでは一瞬ともいえる、誕生から数百万年という短期間で超新星爆発を起こしたとされています。恒星として存在した期間が短いことは、直接的な観測をより難しくする要因となります。
![【▲ 図1: 対不安定型超新星爆発を起こした種族IIIの恒星の想像図。 (Image Credit:NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva/Spaceengine) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2022/10/sr-2022-10-18-noirlab2222a.jpg)
【▲ 図1: 対不安定型超新星爆発を起こした種族IIIの恒星の想像図。 (Image Credit:NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva/Spaceengine) 】
しかし、直接観測は困難でも、その痕跡を見つけられる可能性はあります。極端な大質量を持つ種族IIIの恒星は、「対不安定型超新星爆発」という特殊な超新星爆発を起こすと考えられています。これは、恒星の中心部における高温によって光子 (γ線) が電子-陽電子対に変換され、重力に抵抗するための圧力が減少することで発生します。圧力が減少すると恒星の中心部は潰れて、核融合反応が暴走します。この時に発生するエネルギーは恒星を吹き飛ばすのに十分であり、中心部で中性子星やブラックホールが形成される前に爆発してしまいます。
このため、対不安定型超新星爆発では、恒星に含まれているすべての物質が宇宙空間に放出されると考えられています。水素とヘリウムだけでできた物質の塊からスタートし、核融合反応で生成された元素全てを宇宙空間にばらまく種族IIIの恒星の超新星爆発では、爆発の残骸には特徴的な元素の比率が見られるはずです。
![【▲ 図2: ULAS J1342+0928の想像図。 (Image Credit:NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva/Spaceengine) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2022/10/sr-2022-10-18-noirlab2222c.jpg)
【▲ 図2: ULAS J1342+0928の想像図。 (Image Credit:NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva/Spaceengine) 】
東京大学の吉井譲氏などの研究チームは、「ULAS J1342+0928」というクエーサーを観測しました。ULAS J1342+0928は赤方偏移の値が7.54と、知られている中で2番目に遠いクエーサーです。これは今から131億年前、宇宙誕生からわずか7億年後に存在したクエーサーであることを意味します。
吉井氏らは、ハワイ島にあるジェミニ北望遠鏡に設置された近赤外線分光器「GNIRS」を使用し、ULAS J1342+0928に含まれる元素の割合をスペクトル分析で調べました。その結果、マグネシウムが鉄に対して10分の1以下という、極めて低い割合で含まれていることがわかりました。この比率は、知られているほとんどの超新星爆発のタイプでは説明することのできない異常な割合ですが、重要な例外があります。それこそが、種族IIIの恒星で起きると考えられている対不安定型超新星爆発なのです。
このような元素の割合はスペクトルの強度から推定されますが、スペクトルの強度そのものは様々な原因で変化するため、単純には比較できません。そこで吉井氏らは、過去に実施されたクエーサーの観測データを用いて、元素の割合とは別の理由でスペクトルの強度が変化する要因を照らし合わせることで、今回のスペクトル分析のデータが鉄とマグネシウムの比率以外では上手く説明できないことを証明しました。この結果は、種族IIIの恒星がULAS J1342+0928の中にかつて存在していたという、間接的ながら強力な証拠を提示するものです。
今回の観測結果は、遠方の宇宙以外でも適用できる可能性があります。種族IIIの恒星が宇宙にばらまいた物質は、大部分が次の世代の恒星の材料になるなどして再利用された可能性はあるものの、すべてが使われたのではないと考えられています。宇宙は文字通り広いため、物質の密度が低い場所では、種族IIIの恒星の残骸が残っている可能性もあるのです。近くの天体のスペクトルデータは大量にあるため、その中に今回のような異常な元素の割合を示すものがあれば、種族IIIの恒星の間接的な観測例になる可能性もあります。そのような物質が見つかれば、宇宙誕生直後から恒星に満ちた現在までの間の期間について、多くのことがわかるようになるかもしれません。
Source
Yuzuru Yoshii, et.al. “Potential Signature of Population III Pair-instability Supernova Ejecta in the BLR Gas of the Most Distant Quasar at z = 7.54”. (The Astrophysical Journal) Yuzuru Yoshii, Timothy Beers & Charles Blue. “Potential First Traces of the Universe’s Earliest Stars”. (NOIR Lab) W. Aoki, et.al. “A chemical signature of first-generation very massive stars”. (Science) Alain Coc & Elisabeth Vangioni. “Primordial nucleosynthesis”. (International Journal of Modern Physics E) Masafusa Onoue, et.al. “No Redshift Evolution in the Broad-line-region Metallicity up to z = 7.54: Deep Near-infrared Spectroscopy of ULAS J1342+0928”. (The Astrophysical Journal)文/彩恵りり
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