木星の衛星イオのマグマの温度を推定 塩化ナトリウムと塩化カリウムの比率から
sorae.jp / 2023年1月20日 20時20分
木星のガリレオ衛星の1つである「イオ」は、太陽系全体で見ても特異な性質を持つ天体です。イオは木星や他のガリレオ衛星から潮汐力を受けた結果、内部が加熱されて高温のマグマを放出します。イオは高温の活火山があることが知られている、地球以外では唯一の天体なのです。このため、イオは特異な天体として興味深い観測対象となっています。
イオには極めて薄い大気があることが知られています。その組成はほぼ100%が二酸化硫黄ですが、一酸化硫黄、塩化ナトリウム、塩化カリウムも微量成分として検出されています。
特に、塩化ナトリウムと塩化カリウムは興味深い成分です。これらの成分は地球の火山でも検出されています。塩化ナトリウムと塩化カリウムは蒸発する温度が異なり、その成分比はマグマの温度を反映します。イオの大気に含まれる塩化ナトリウムと塩化カリウムも、おそらくは火山に由来する物質でしょう。もしそうならば、イオのマグマの温度を調べるのに役立つはずです。
また、塩化ナトリウムと塩化カリウムの大気中の寿命はモデル計算によればわずか3時間ですが、観測によればかなりの長期間に渡ってイオの大気中に見つかることからも、火山による継続的な供給が考えられます。しかし、それ以上の詳しい研究はこれまで行われていませんでした。
カリフォルニア大学バークレー校のErin Redwing氏などの研究チームは、手つかずだったこの領域に着手しました。研究チームはアルマ望遠鏡で観測されたイオのデータのうち、2012年から2018年のデータから合計8日分を検討しました。対象となったのは主目的である塩化ナトリウムおよび塩化カリウムと、イオの大気の主成分である二酸化硫黄の濃度です。これらの物質がすべて火山由来である場合、そこには相関関係があるかもしれません。また、解像度に限界があるものの、これらの空間的な分布を調べて、火山の位置とどの程度関係しているのかも調べられました。
その結果は、いくつかの予想外な事実を含んでいました。まず、大気の主成分である二酸化硫黄の濃度と、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムの放出の間には、あまり関係性が見られないという結果となりました。つまり、塩化ナトリウムと塩化カリウムが検出された時に、二酸化硫黄の濃度は必ずしも上がるわけではないことがわかったのです。これらの物質は火山から放出されると考えられることから、一見すると理にかないませんが、2つの仮説がこの不一致を説明します。
1つ目は、二酸化硫黄の一部が火山以外に由来するという仮説です。イオの大気における二酸化硫黄の濃度については、赤道から中緯度の地域(緯度30~40度まで)の方が濃いという空間的な偏りがすでに知られています。二酸化硫黄はイオの表面では凍り付き、霜として表面に堆積しますが、低緯度地域では昼間に蒸発するほど高温になります。霜の蒸発は火山活動とは無関係なため、相関関係がないことの説明になります。
2つ目は、マグマの温度の空間的な偏りです。塩化ナトリウムと塩化カリウムは、主に高緯度地域で多く検出されています。その位置にある火山では、イオの深部に由来するかなり高温のマグマが噴出したものと想定されます。高緯度地域は気温がより低いため、火山から噴出した二酸化硫黄は直ちに凍り付いて霜となり、昼間でもほとんど蒸発しません。これにより、二酸化硫黄がほとんど放出されていない、という観測結果が得られます。一方で、二酸化硫黄が凍りにくい低緯度地域ではマグマの温度が低く、塩化ナトリウムや塩化カリウムの放出が少ないことから、相関関係がみられないことも矛盾なく説明が可能です。
では、そもそも「塩化ナトリウムや塩化カリウムがマグマ由来である」という推定自体は正しいのでしょうか? これは、塩化ナトリウムと塩化カリウムの比率から推定できます。イオの塩化ナトリウムに対する塩化カリウムの比率は、太陽系の平均組成の指標となるコンドライトと比べてかなり低いことがわかっており、表面からのスパッタリング (※) では説明しづらいことを示しています。
※…宇宙線や太陽風などの高エネルギーな粒子線が岩石表面に照射されると、原子が放出されます。この現象を「スパッタリング」と呼びます。活火山のみられない月や水星でも希薄な大気中で塩化ナトリウムや塩化カリウムが検出されていますが、これらはスパッタリング由来であると考えられます。もしその場合、太陽系の平均組成であるコンドライトとそれほど大きなずれのない値として検出されるはずです。
また、低層大気中の塩化ナトリウムに対する塩化カリウムの比率は、高層大気中と比べてわずかに低く、イオから逃げ出すジェットではさらに低くなります。これは、塩化カリウムが塩化ナトリウムと比べて気体になる温度が200℃ほど低いことが理由であると考えられます。気体になる温度が低い分、塩化カリウムは優先してマグマから蒸発するため、低層大気中の存在比率は高くなります。一方で、放出された後は速やかに固体となって落下するため、大気の高層部になればなるほど塩化カリウムの比率は低くなるというわけです。これらのことからも、高温の供給源から気体として供給されたというマグマ起源説が最も矛盾なく供給源を説明できます。
また、これは限定的な証拠ですが、塩化ナトリウムや塩化カリウムの分布は、最近プルーム活動のあったいくつかの火山と一致します。活火山の密度が高いことや、分解能が荒すぎることから決定的な証拠とはなりませんが、上記の推定と矛盾しない観測結果です。
これらの証拠から、イオのマグマの温度は1000℃以上の高温であることが示唆されます。この温度は、これまでの観測結果と一致するものです。ただし、この結果はかなり荒い観測結果から推定されたものであるため、より高精度な観測結果が得られれば、より詳細なマグマの温度の推定ができるでしょう。そうなれば、イオの内部におけるマグマの循環など、かなり広範囲で詳細なダイナミクスが推定できるはずです。
Source
Erin Redwing, et.al. - “NaCl and KCl in Io's Atmosphere”. (The Planetary Science Journal)文/彩恵りり
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