火星隕石「ティシント隕石」から多種多様な有機物を検出 有機マグネシウム化合物も初検出
sorae.jp / 2023年1月26日 20時21分
「火星」は地球とよく似た惑星の1つであり、過去に生命が誕生していたかもしれないと推定されています。火星の研究は火星自体を深く知ることだけでなく、地球の比較対象としての研究も兼ねています。
火星の研究の一環として良く調べられているのが、火星表面に存在する有機物です。有機物を詳しく調べることで、火星や地球の有機物の起源を知る手がかりが得られるはずです。ただしそのためには、火星表面にある有機物の種類を詳しく知っておかなければなりません。有機物は生命の存在と関係しているとは限らず、その種類は非生物的な化学反応でも変化していきます。そこで大きな疑問となるのが、有機物が変化する反応にはどのようなものがあるのか、という点です。
火星の研究で昔から使用されている試料に、地球で採取された「火星隕石」があります。この隕石は、火星の表面にある岩石が隕石衝突などの理由で火星を脱出した後、地球に飛来して落下したものです。たとえば30年前の研究では、南極で見つかった火星隕石「EETA 79001」について、熱や酸化反応に弱い有機物の存在に関する議論が大きく取り上げられています。また、同じく南極で見つかった「ALH 84001」 (※) や、エジプトに1911年に落下した「ナクラ隕石」の研究では、相当な量の有機物が見つかったと報告されています。
ただし、EETA 79001やALH 84001はいつ頃から地球にあったのかがわからず、他の地域と比べて清浄な環境の南極といえども、地球由来の有機物による汚染度は不明です。ナクラ隕石が回収されたのは20世紀初頭であり、当時の技術水準では地球由来の汚染の可能性を排除できません。
※…ALH 84001は、微生物の化石のように見える構造でも話題となっています。ただし、この推定には批判的な意見が多くあります。
![【▲ 図: ティシント隕石は、落下が目撃された5つの火星隕石のうちの1つで、最新のものである。その起源は火星表面の玄武岩に由来する。 (Credit: Natural History Museum Vienna) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/01/sr-2023-01-23-Tissint-meteorite-Ferriere_NHMW.jpg)
【▲ 図: ティシント隕石は、落下が目撃された5つの火星隕石のうちの1つで、最新のものである。その起源は火星表面の玄武岩に由来する。 (Credit: Natural History Museum Vienna) 】
しかし、2011年7月18日にモロッコに落下した「ティシント隕石」は、これらの問題を解決できる可能性があります。これまでに落下が目撃された5つの火星隕石のうち、ティシント隕石は時期が最も新しく、落下から数日後に回収することができたため、汚染が最小限だと考えられるからです。
ティシント隕石は今から6億6500万年前に火星で固化した玄武岩質の岩石であり、宇宙空間に放出されてから約90万年間を過ごした後、地球に落下したと推定されています。落下時の加熱によって蒸発した成分の種類と質量から、ティシント隕石には600℃以下の温度で分解してしまうような、熱に比較的弱い有機物も保存されていると考えられています。また、ティシント隕石の岩石の種類は、保存状態が良いと思われるEETA 79001と似ています。
ミュンヘン工科大学のPhilippe Schmitt-Kopplin氏らの研究チームは、エレクトロスプレーイオン化質量分析、大気圧光イオン化分析、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析、プロトン核磁気共鳴といった手法を駆使して、ティシント隕石の粉砕試料からエタノール抽出した有機物の種類についての多角的な分析を行いました。その結果、分子の大きさが様々で、多種多様な有機物が発見されました。
ティシント隕石の試料から見つかった有機物は、脂肪族分岐カルボン酸、アルデヒド、オレフィン、ポリ芳香族などで、その多くは炭素数が3個から7個の範囲でした。これほど多種多様な組み合わせの有機物は、火星探査機によって採取されたものも含めて、どの火星の試料からも見つかっていません。
また、今回の分析では、火星の試料から初めて有機マグネシウム化合物の検出に成功しました。マグネシウムはケイ酸マグネシウムの組成を持つ橄欖 (かんらん) 石に由来すると考えられます。今回検出された有機マグネシウム化合物は100種類を超えており、その多様性も注目されます。
今回見つかった有機マグネシウム化合物の一部は、岩石が火星表面から飛び出す衝撃を生み出すきっかけとなった隕石衝突のエネルギーで融解した後、冷え固まる際に生成されたと考えられます。しかし、他の有機マグネシウム化合物は橄欖石の結晶表面に関連しています。橄欖石の結晶はその粒の大きさから、隕石衝突時ではなく火星でマグマから冷えて固まった時に生成されたものであると考えられます。橄欖石が有機物と反応して有機マグネシウム化合物となるためにはそれなりの高温高圧条件が必要となるため、有機マグネシウム化合物の存在は火星内部での炭素循環を推定する上で役立つ発見となります。
火星隕石の有機物をカタログ化した今回の研究成果は、火星の惑星科学的な研究において役立つ資料となるはずです。
Source
Philippe Schmitt-Kopplin, et.al. - “Complex carbonaceous matter in Tissint martian meteorites give insights into the diversity of organic geochemistry on Mars”. (Science Advances) “Martian meteorite contains large diversity of organic compounds”. (Carnegie Institution for Science)文/彩恵りり
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