マグネターで起きる稀な現象「アンチグリッチ」の理論が初めてテストされる
sorae.jp / 2023年2月7日 20時20分
太陽の8倍以上の質量を持つ恒星は、寿命の最期に中心核が潰れて、極めて高密度な天体である「中性子星」が形成されます。中性子星の中でも特に強力な磁場を持つものは「マグネター」と呼ばれています。
マグネターは宇宙で最も活動的な天体の1つです。強力な磁場が高速の自転によってねじれることで、マグネターはX線から電波まで幅広い領域の電磁波を放出します。電磁波のエネルギーの違いは、マグネターの周辺で起こっている活動の違いによるものとみられています。
中心で核融合反応が起きている恒星とは違い、マグネターは自らエネルギーを生み出さないため、宇宙空間にエネルギーを放出し続けることで自転速度が少しずつ遅くなっていきます。ところが、マグネターでは時折自転速度が急激に変化する「グリッチ」と呼ばれる現象が起きます。ほとんどのグリッチでは自転速度が速くなりますが、稀に自転速度が遅くなる「アンチグリッチ」が観察されています。
グリッチやアンチグリッチの原因はほとんどわかっていません。中性子星は平均密度が1立方cmあたり10億トンという超高密度な物質でできていますが、そのような物質を実験室で作ることはできず、性質がほとんど理解されていないためです。中性子星の密度は中心部に近付くにつれてさらに数桁上がるため、理解することはより難しくなります。
ただ、観測回数の多いグリッチのほうについては、原因がある程度推定されています。ほとんどの場合、グリッチではX線の放射が観察されていないため、マグネターの内部での現象がグリッチを引き起こすと考えられています。マグネターの表層と内部を比べると、表層の方が磁場の影響を受けやすく、減速しやすいと考えられています。そのため、表層と内部の自転速度の差が大きくなった時、内部の運動エネルギーの一部が表層へと伝わることで、表層の自転速度が急激に速くなる、と考えられています。
その一方で、アンチグリッチについては観測回数がこれまでにわずか3回と極めて少なく、その原理はグリッチ以上に理解されていません。これまで、アンチグリッチの発生原因には主に3つのシナリオが考えられていました。
近くの恒星から電気を帯びた粒子が大量に供給され、マグネターの周辺に強力な磁気圏が形成される。磁気圏は急速にねじれつつ極域まで拡大し、ねじれが限界に達すると安定した形に再形成され、その時のエネルギー放出が自転速度を遅くさせる。 磁場の影響を受けやすい表層は、赤道領域が段々と膨らむように変形する。変形が限界に達して表層が壊れたり、磁場の影響を受けにくい内部の配置が再構成されたりすることで再び球形に近い形へと戻るが、この時の急激な形状変化が自転速度を遅くする。 マグネターの表層は固体に近く、内部は液体に近い性質を持っていると考えられている。表層と内部の境界では渦が生成されやすく、渦の発生・位置の変化・消滅の仕方によって、表層の自転速度を低下させる現象が起こると考えられる。ライス大学のM. G. Baring氏らは、2020年10月5日に「SGR 1935+215」で観察された珍しいアンチグリッチの観測記録に基づき、アンチグリッチが起こる原因についての研究を行いました。
このアンチグリッチは、発生から数日後に高速電波バーストに似た強力な (しかし高速電波バーストに比べれば弱い) 電波の放出が観測されたという点で非常に珍しい現象でした。アンチグリッチと電波の放出がほぼ同時に観測されたのはこれが初めてであり、おそらく互いに関連していると思われます。
![【▲ 図: マグネターのアンチグリッチに伴う電波放出は、マグネターの極域から放出されていると考えられる。 (NASA's Goddard Space Flight Center) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/02/sr-2023-02-02-SGR_1935_burst_illustration.jpg)
【▲ 図: マグネターのアンチグリッチに伴う電波放出は、マグネターの極域から放出されていると考えられる。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center)】
研究チームが観測データと物理モデルを照らし合わせた結果、アンチグリッチは1番目のシナリオで起こる可能性が高いことがわかりました。
アンチグリッチの発生原理がこれまで理解されなかった理由の1つは、X線放射が観測されなかったことでした。マグネターの外部の変化を伴う現象ではX線が放射される可能性があることから、その点だけに注目すればマグネターの内部で起こる現象である3番目のシナリオの可能性が高いことになります。
しかし、高速電波バーストの観測体制が整えられてからまだ日が浅いことと、今回初めてアンチグリッチと電波放出が関連付けられたことから、1番目もしくは2番目のシナリオが妥当である可能性が出てきました。それに加えて、電波放出のエネルギー値や、放出が短時間に留まることは、1番目のシナリオが最も適合することを示しています。このシナリオの場合、電波はマグネターの極域近くから放出されたことになります。
今回の推定は、数少ないアンチグリッチと関連する電波放出が観測されたことで初めて実現しました。ただし、前述の通りアンチグリッチは観測回数が極めて少なく、いっぽうの高速電波バーストも最近理解されるようになった現象です。観測例が増えるに従って別のシナリオが検討されたり、あるいは複数のシナリオがそれぞれ別のアンチグリッチを引き起こしている可能性が出てくるかもしれません。今回の論文は、アンチグリッチの理論が観測事実によって初めてテストされたという意味で重要であり、研究がまだ始まったばかりであることを示しています。
Source
G. Younes, et.al. - “Magnetar spin-down glitch clearing the way for FRB-like bursts and a pulsed radio episode”. (Nature Astronomy) Jade Boyd. - “Volcano-like rupture could have caused magnetar slowdown”. (Rice University) Kyle Parfrey, Andrei M. Beloborodov & Lam Hui. - “Twisting, reconnecting magnetospheres and magnetar spindown”. (The Astrophysical Journal Letters) George Younes, et.al. - “A Radiatively Quiet Glitch and Anti-glitch in the Magnetar 1E 2259+586”. (The Astrophysical Journal Letters)文/彩恵りり
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