不安定な分子「o-ベンザイン」が分子雲で複雑な分子のもとになっている可能性
sorae.jp / 2023年2月14日 11時0分
恒星は、宇宙に薄く存在する物質が重力で集まることで形成されると考えられています。この恒星の元になり得る薄い物質の集合体を「分子雲」と呼びます。分子雲の内部には、その名の通り多種多様な分子が含まれており、中にはとても複雑な構造を持つ有機分子も含まれています。複雑な構造の有機分子は、やがて惑星の一部となり、生命の元になるかもしれません。そのため、複雑な構造の有機分子は私たちにとっても興味深い研究対象です。
ただし、複雑な構造の分子の起源には多くの謎があります。分子雲に含まれる複雑な構造の分子は、宇宙の他の現場と同様に単純な構造の分子の化学反応によって生成されると考えられます。しかし、分子雲の典型的な温度は10K (-263℃) と極めて低く、このことが問題となります。単純な構造の分子から複雑な構造の分子が生成される化学反応は、多くの場合熱の吸収が必要です。しかし、極低温の分子雲では多くの化学反応が制限され、ごく一部の反応だけが進行します。そのごく一部の反応でさえ、低温かつ低密度の分子雲では進行スピードが遅いと考えられるため、見つけ出すのは容易ではありません。
![【▲ 図1: ハーシェル宇宙天文台が撮影したおうし座分子雲。 (Image Credit: ESA/Herschel/NASA/JPL-Caltech; acknowledgement: R. Hurt (JPL-Caltech) ) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/02/sr-2023-02-11-Herschel_s_view_of_the_Taurus_molecular_cloud.jpg)
【▲ 図1: ハーシェル宇宙天文台が撮影したおうし座分子雲。 (Image Credit: ESA/Herschel/NASA/JPL-Caltech; acknowledgement: R. Hurt (JPL-Caltech) ) 】
コロラド大学ボルダー校のJordy Bouwman氏などの研究チームは、「おうし座分子雲 (TMC-1)」という分子雲で見つかる興味深い有機分子の起源を研究しました。地球から440光年離れた場所にあるおうし座分子雲は、恒星が誕生しようとしている一歩手前の段階にあたります。分子雲が高密度で集合した核をいくつか含んでいるという点で興味深く、これまでの観測によって五員環 (ごいんかん) 化合物と呼ばれる有機分子を含んでいることが判明しています。ここでいう五員環化合物とは、炭素原子が5つ集まってできた正五角形の構造を含む有機分子のことであり、炭素原子以外の構成要素は水素原子だけです (※) 。五員環化合物は分子雲に含まれる有機分子の中でも相当複雑であり、その起源は謎でした。
※…厳密には、五員環は元素の種類を問わず原子が環状に5つ繋がった化合物のことを指します。
五員環化合物の起源に関して、大きなヒントとなる発見が2021年にありました。スペインにあるイエベス40m電波望遠鏡でおうし座分子雲を観測した結果、「o-ベンザイン (オルトベンザイン)」と呼ばれる分子が検出されました。o-ベンザインは炭素原子6個と水素原子4個で構成された有機分子であり、炭素原子は正六角形を構成しています。炭素原子と水素原子だけで構成されている正六角形の分子といえばベンゼンですが、o-ベンザインはここから水素原子を2個省いた構造をしています。このため、o-ベンザインは不安定な分子であり、他の分子と反応して別の形になって安定しようとします。この反応は熱をほとんど必要とせず、極低温の分子雲の中でも反応が進行しやすいという特徴があります。
![【▲ 図2: 今回の研究で明らかにされた、o-ベンザインから五員環化合物が生成する過程。 (Image Credit: 彩恵りり) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/02/c8b0556cc72a63bc977c02c1147b4671.png)
【▲ 図2: 今回の研究で明らかにされた、o-ベンザインから五員環化合物が生成する過程。 (Image Credit: 彩恵りり) 】
Bouwman氏らの研究チームは、分子雲におけるo-ベンザインの役割を2つのアプローチで調べました。
まず「光電子-光イオン同時分光法 (Photoelectron photoion coincidence spectroscopy)」と呼ばれる手法で、o-ベンザインを含む化学反応を詳細に分析しました。その結果、o-ベンザインと同じく反応しやすいものの、より単純なメチルラジカルと呼ばれる分子との反応で、o-ベンザインが五員環化合物に変化する化学反応が進行することがわかりました。
次に、この結果をもとにコンピューターモデルを使用して、数光年に渡る分子雲の中でどのような分子が生成されるのかを調べました。その結果、0K (-273℃) では89%の「1-エチニルシクロペンタジレン」、8%の「フルベナレン」、3%の「2-エチニルシクロペンタジレン」が生成されるという結果となりました。この種類と割合は、おうし座分子雲に含まれる五員環化合物の種類や比率とほぼ一致します。
これらの結果から、分子雲に含まれる五員環化合物は、o-ベンザインを起源とすると考えるのが最も妥当であると考えられます。この発見は、多種多様な有機分子の反応におけるパズルの1ピースに過ぎないかもしれませんが、それでも謎の1つを解決した点で非常に重要な成果です。
Source
Jordy Bouwman, et.al. “Five-membered ring compounds from the ortho-benzyne + methyl radical reaction under interstellar conditions”. (Nature Astronomy) Daniel Strain. (Feb 6, 2023) “A star is born: Study reveals complex chemistry inside ‘stellar nurseries’”. (University of Colorado Boulder)文/彩恵りり
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