火星の砂嵐は塩素を運ぶ 放電による塩化物の分解の実証実験
sorae.jp / 2023年2月26日 11時7分
【▲ 図1: 2012年3月に観測された火星の塵旋風(ダストデビル)(Credit: NASA/JPL-Caltech/UA)】
火星には薄いながらも大気があり、気象現象も起きています。特に目立つのが砂嵐であり、時には火星全体を覆うほどに大規模化します。
砂嵐で舞い上がった砂粒は、お互いに擦れ合って静電気を発生させます。静電気が発生した後に何が起こるのか……と言うと、地球のように稲妻が発生するわけではありません。火星の大気は薄いので、地球と比べて100倍も静電気が放電されやすいからです。放電現象は大気中の分子から電子を飛び出させるため、地球のオーロラのような現象が発生します。このような放電現象は稲妻のように強い明かりではなく、オーロラのようにかすかな明かりとして見えると予想されていますが、まだ火星探査機に撮影されたことはありません。
この放電現象が「砂嵐の中の薄明かり」以上の意味を持つ可能性があることを、セントルイス・ワシントン大学のAlian Wang氏などの研究チームが示しました。その背景には、火星で移動する5つの元素の1つであると考えられている「塩素」があります。
火星で移動する5つの元素とは、水素・炭素・酸素・硫黄・塩素のことです。このうち塩素には他の元素と異なる特徴として、塩化物と呼ばれる化学的に安定な物質を作る傾向があります。地球には塩化ナトリウムを代表とした塩化物が塩水層や塩田を形成していますが、火星にもこれと似た地質構造が表面に存在しています。
塩化物から塩素を遊離させる方法は少なく、その1つが工業分野でも活用されている電気分解による方法です。砂嵐で生じる放電現象がこれらの塩化物と反応すれば、火星でも塩素が遊離する可能性があります。
過去の研究では、火星のように二酸化炭素が豊富な大気中で放電を行うと、塩化物から過塩素酸塩が生じる可能性が示されています。ただしこれはシミュレーション上での結果であり、実際に実験が行われたわけではありません。
今回のWang氏らの研究では、実験を通してこの説が検証されました。火星の大気を再現するために水分を含まない希薄な二酸化炭素がチャンバー内に充填され、塩化物として塩化カリウムと塩化マグネシウムが用意されました。研究チームは火星の中規模な砂嵐で予測される放電を与えた後、チャンバー内に生じた固体および気体を採集して分析を行いました。
![【▲ 図2: 今回の実験で示された、火星における塩素の循環。砂嵐による放電現象で塩化物が分解され塩素原子が生じ、大気中に放出されて遠くに運ばれたり、地表で見つかる塩素酸塩の元となる。 (Image Credit: Wang, et.al.) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/02/Electrochemistry_Chlorine_by_Martian_Dust_Devil-002.jpg)
【▲ 図2: 今回の実験で示された、火星における塩素の循環。砂嵐による放電現象で塩化物が分解され塩素原子が生じ、大気中に放出されて遠くに運ばれたり、地表で見つかる塩素酸塩の元となる(Credit: Wang, et.al.)】
7時間の放電実験の結果、塩化物の分解によって塩素原子が生じ、気体として放出されることが示されました。その割合は塩化物分子100個に対して塩素原子1個程度です。大気中に放出された塩素原子は他の場所に落ちるまで容易に遠距離を移動できるため、塩化物からの塩素の放出は火星全体での塩素の移動にとって重要な役割を果たします。
また、塩素原子と比べて少ないながらも、炭酸塩と過塩素酸塩が生じることも併せて示されました。炭酸塩は塩化物の分解で生じた金属イオンが大気中の二酸化炭素と反応することで生成されたとみられています。また、過塩素酸塩は塩素原子と金属イオンに加えて二酸化炭素の分解物として生じた酸素原子との反応で生じたと考えられています。
火星の土壌には過塩素酸塩が予想外に多く含まれていることが示されています。過塩素酸塩は太陽光による光化学反応でも生じますが、土壌で見つかった過塩素酸塩の量は光化学反応から予測される生成量と比べて1000万倍も多く、予測と実際の値に大幅なズレがあります。今回の実験で、高濃度の過塩素酸塩は砂嵐による放電現象が原因となって生成されているという仮説が初めて実証されました。土壌中の過塩素酸塩と炭酸塩の濃度から、火星が現在のような気候になったと考えられているアマゾニア期 (30億年前~現在) が後半に差し掛かって以降、砂嵐での放電現象が塩素の循環の主な原動力になったと推定されます。
また、2018年と2019年の砂嵐では、火星の大気中で高濃度の塩化水素が見つかっています。塩化水素は火星の大気中で数か月間しか存在できませんが、これも放電によって大気中に供給された塩素原子から生じたと考えれば説明がつきます。
火星全体での元素の移動を推定することは、過去の火星の気候を絞り込むための重要な因子の1つとなります。今回の実験によって実証されたことで、火星では砂嵐が長年に渡り塩素の移動の主因となっていた可能性が強く示されることになりました。
Source
Alian Wang, et.al. “Quantification of Carbonates, Oxychlorines, and Chlorine Generated by Heterogeneous Electrochemistry Induced by Martian Dust Activity”. (Geophysical Research Letters) Talia Ogliore. “Study quantifies global impact of electricity in dust storms on Mars”. (Washington University in St. Louis) Zhongchen Wu, et.al. “Forming perchlorates on Mars through plasma chemistry during dust events”. (Earth and Planetary Science Letters) Talia Ogliore. “Electricity in Martian dust storms helps to form perchlorates”. (Washington University in St. Louis)文/彩恵りり
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