リュウグウのサンプルから生命に欠かせない分子を発見!
sorae.jp / 2023年3月30日 22時0分
かつて、炭素を主体とする有機化合物は人工的には合成できず、生命のみが作り出せるという「生気論」が信じられていました。しかし1828年、ドイツの化学者フリードリヒ・ヴェーラーが無機化合物から有機化合物である尿素を合成することに成功し、有機化合物は生命が存在しなくても合成できることを初めて示しました。そして現在、宇宙には多種多様な有機化合物が存在することが確かめられています。
しかし、現在においても「地球の生命の元となった有機化合物はどこから来たのか」という疑問には正確な答えが得られていません。地球には現在でも隕石が毎日のように落ちており、その中には炭素を主体とする「炭素質コンドライト」が存在します。このタイプの隕石には多種多様な有機化合物が含まれていることがわかっているため、太古の地球に有機化合物をもたらした有力候補の1つとなっています。
ただし、隕石は地表に落下した時点で、地球由来の物質の汚染を受けます。過去の研究では、汚染を極力排除した状態で分析を行うために、落下から数日以内に回収された隕石や氷の上に落下した隕石を選び、さらに隕石の内部を削り出すなどの工夫が凝らされました。
とはいえ、それでも汚染の懸念を完全に拭うことはできません。また、隕石の母天体である小惑星がどれなのかを正確に決定するのも困難です。このため、隕石に含まれる有機化合物がどのような由来を持つのかを正確に推定することは困難でした。
この状況を打開するには、小惑星そのものからサンプルを採集し、分析を行う必要があります。宇宙開発研究機構(JAXA)の「はやぶさ2」は、まさにその目的で打ち上げられた小惑星探査機です。はやぶさ2は目標天体である小惑星「リュウグウ」でのサンプル採集を行い、合計5.4gのサンプルを収めたカプセルは2020年12月に地球へ帰還しました。
初期分析の段階で、リュウグウのサンプルは炭素質コンドライトの中でも最も始原的と推定されているCI型に類似していることや、アミノ酸やカルボン酸など複数の有機化合物が含まれていること、地球由来の物質による汚染は最小限であることが判明しています。
北海道大学の大場康弘氏などの研究チームは、サンプルに含まれる「窒素複素環化合物」 (※1) に焦点を当てて分析を行いました。大場氏らは過去の研究で1pg (1ピコグラム=1兆分の1グラム) (※2) 程度という極微量の物質を検出し、組成や構造の同定を行う分析法を確立しています。この分析法を用いることで、わずかなサンプルに含まれている、さらにわずかな分子の種類や量を決定することができます。
大場氏らは、リュウグウのサンプル約10mgを熱水にかけて物質を溶かし出し、塩酸による加水分解を行った後、高速液体クロマトグラフィー、電子スプレーイオン化、超高分解能質量分析法を駆使して分析を実施。また、キャピラリー電気泳動と超高分解能質量分析法によって、分析結果が正しいかどうかの検証も合わせて行いました。
※1…環になった構造を持ち、その中に窒素原子を含む有機化合物のことを窒素複素環化合物と呼びます。
※2…物質量にしてフェムトモルオーダー、分子の数にして1億個程度。参考までに、小さじ1杯=3gの砂糖に含まれるスクロース分子の数は53億×1兆個。
すると、興味深い分子として「ウラシル」が検出されました。ウラシルはRNA (※3) を構成する重要な分子です。分析の結果、このウラシルは地球帰還後の汚染に由来するものではなく、最初からリュウグウのサンプルに含まれていたことがわかりました。分析前に行われたサンプルの処理で少しだけ合成されて増えた可能性はあるものの、それが全てではないことも過去の研究からわかっています。さらに、今回の分析ではウラシルの構造異性体 (※4) も見つかっており、ウラシルに対する構造異性体の量の比率は過去の隕石の分析結果とよく一致しています。
※3…リボ核酸。DNA (デオキシリボ核酸) と似たような分子であり、どちらも遺伝情報を持つが、役割は明確に異なる。簡単に言えば、DNAは遺伝情報を保存するための本、RNAは遺伝情報の伝達や使用のために、DNAから情報を書き移した使い捨てのメモのようなものである。
※4…同じ割合の元素で構成されているが、分子の構造が違う同士の分子であるものを構造異性体と呼ぶ。
興味深いことに、ウラシルの量はサンプルごとに異なっていました。今回分析されたサンプルは、リュウグウの表層で採集されたものと、人工的なクレーターを生成して採集された地下由来のものがあります。今回検出されたウラシルの量は、表層由来のサンプル (11bbp) よりも、地下由来のサンプル (32bbp) の方が多いことが判明しました (※5) 。大気のないリュウグウの表面では、宇宙線や紫外線などによって有機化合物は分解されると予想されますが、今回の分析によってその推定の正しさが裏付けられました。このように空間的なパラメーターを持つ分析結果は、隕石では得られません。
※5…1%が100分の1であるように、1bbpは10億分の1を表す。32bbpはサンプル1gあたり32ng (ナノグラム、10億分の1グラム) であることを表す。
また、その他の分子として「ニコチン酸」が見つかりました。多くの人にとってこの名称はなじみがないと思いますが、「ナイアシン」や「ビタミンB3」と言えばわかりやすいかもしれません。ニコチン酸の量もウラシルと同様に、表層由来のサンプルよりも地下に由来するサンプルの方が多く含まれていました。
生命に欠かせない補酵素が見つかることも興味深いですが、ニコチン酸の場合には構造異性体であるイソニコチン酸は見つかったものの、同じく構造異性体のピコリン酸は見つからなかったという違いがあります。この結果は星間分子雲での分析結果とよく一致しており、構造異性体の割合の違いは星間分子雲と似たような化学反応を受けたことの証拠の1つとなります。そのため、リュウグウに含まれる有機化合物は星間分子雲に由来する物質、つまり極低温の環境で光エネルギーによって進行する化学反応に由来する物質が含まれていることになります。この分析結果は、太陽系誕生前の穏やかな環境で生成した物質がリュウグウに含まれていることを示しています。
一方で、今回の分析ではウラシルやニコチン酸よりずっと複雑な有機化合物も見つかっています。炭素原子の数が30個以上にもなるこれらの分子は、星間分子雲ではほとんど生成しないと考えられます。このため、検出された有機化合物の一部は、リュウグウやその母天体となった天体で発生した、熱を伴う化学反応によって生成したと考えられます。このような化学反応は、天体が形成される場面、つまり太陽系誕生直後に発生しやすいものです。
また、窒素複素環化合物の要である窒素原子は、おそらく彗星由来の物質であると考えられています。つまりリュウグウのサンプルは、太陽系誕生前に存在した物質と、太陽系誕生直後に変化した物質、そして彗星由来物質とが混ざり合っているものであることがわかります。これは、他の角度から分析した別の研究とも矛盾しません。
今回の分析結果は、過去の隕石の分析結果と合わせて、宇宙に存在する有機化合物の種類とその起源に関する多くの情報を提供しました。地球に生命が誕生する上で、生命に必須な有機化合物がどのように供給されたのかは大きな謎ですが、炭素質コンドライトは供給源の有力な候補と考えられています。リュウグウのサンプルからウラシルやニコチン酸が見つかったことは、この説を強力に支持します。
一方で、今回実施された分析の方法は極めて洗練されているものの、それでも限界はあります。例えば、ウラシル以外のRNAやDNAを構成する分子は見つかりませんでしたが、これらは元々存在していなかったか、もしくは存在していても量が少なすぎて分析で見つからなかった可能性があります。特に、RNAやDNAを構成する塩基のひとつであるシトシンは、分析前の処理で生じた化学変化によってウラシルに変化した可能性があります。
これと同じことはニコチン酸アミドにも言えます。これも今回の分析では見つかりませんでしたが、分解によってニコチン酸に変化した可能性があります。これらの課題は、将来的に行われる別の研究、例えばNASAの小惑星探査機「OSIRIS-REx」が持ち帰る予定の小惑星「ベンヌ」のサンプル分析でも示されるかもしれません。
Source
Yasuhiro Oba, et.al. “Uracil in the carbonaceous asteroid (162173) Ryugu”. (Nature Communications) “小惑星リュウグウに核酸塩基とビタミンが存在!~生命誕生前の分子進化と生命の起源解明に期待~(低温科学研究所 准教授 大場康弘)”. (北海道大学)文/彩恵りり
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