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宇宙での炭素合成に重要な「ホイル状態」を正確にシミュレーション

sorae.jp / 2023年6月17日 21時2分

「炭素」は私たち人間を始め、今知られている全ての生命体にとって不可欠な元素です。炭素は宇宙に豊富に存在する元素の1つですが、核物理学の長年の歴史の中で、この豊富さには大きな謎があることが分かっています。

宇宙に存在する炭素の多くは「炭素12(陽子6個・中性子6個)」であり、これは「ヘリウム4 (陽子2個・中性子2個)」の原子核が3個融合することで合成されると考えられています。ところが、ヘリウム4が2個融合した状態は極めて不安定で、1京分の1秒未満しか持続しません。3個目のヘリウム4は、そのわずかな時間内に衝突して融合しなければならないのです。また、単純に3個のヘリウム4が衝突しても、そのほとんどは核融合せず、再びばらけてしまいます。

単純計算すると、ヘリウム4が3個衝突しても、核融合反応が起こることは稀であり、宇宙に存在する炭素12の量を説明することはできません。ここで、ヘリウム4が3個衝突した時に、「ホイル状態」 (※) と呼ばれる中間的な状態を経由すると、炭素12を生成する核融合反応が起こりやすいことが分かっています。しかし、ホイル状態を実験的に生み出すことは極めて難しいため、これまでホイル状態の正確な実態はほとんど分かっていませんでした。

※…ヘリウム4の衝突で炭素12が生成されるには、融合後にエネルギーの高い不安定な状態が一瞬でも存在する必要があります。原子核で許されるエネルギー状態には制限があるため、必ずしも存在するわけではありませんが、宇宙には炭素12が豊富に存在するという “証拠” をもとに、天文学者のフレッド・ホイルはそのような高エネルギーの状態が存在すると予測しました。これがホイル状態です。

ユーリヒ総合研究機構のShihang Shen氏らの研究チームは、ホイル状態の詳細に迫るため、スーパーコンピューター「JUWELS」を使用し、核格子有効場理論の非制約格子モンテカルロシミュレーションを行いました。本来ならば原子核を構成する陽子と中性子の配置パターンに制限はないため、シミュレーションの計算時間は無限に増えてしまいます。そこで研究チームは、この配置に制限を付けることで、現実的な時間内で研究を完了させることを狙いました。しかしそれでもなお、計算が必要な配置パターンは数百万通りになるため、今回の研究におけるJUWELSのシミュレーション実行時間は500万CPU時間(CPUで処理が行われた時間)に達しています。

【▲ 図1: 赤い四角と青い丸は、異なるシミュレーションで示された値。☆が実験で測定された値。いずれも結果がよく一致していることが分かる。 (Image Credit: Shihang Shen, et.al.) 】

【▲ 図1: 赤い四角と青い丸は、異なるシミュレーションで示された値。☆が実験で測定された値。いずれも結果がよく一致していることが分かる(Credit: Shihang Shen, et.al.)】

【▲ 図2: 今回のシミュレーションでは、陽子と中性子の配列の仕方にはある程度の制約があることが判明した。これは実験結果ともよく一致する結果である。 (Image Credit: Serdar Elhatisari / Universität Bonn) 】

【▲ 図2: 今回のシミュレーションでは、陽子と中性子の配列の仕方にはある程度の制約があることが判明した。これは実験結果ともよく一致する結果である(Credit: Serdar Elhatisari / Universität Bonn)】

検証の結果、ホイル状態では陽子や中性子が個別に存在する可能性は低く、陽子と中性子が2個ずつの固まりとなった状態(つまりヘリウム4の原子核に極めて近い状態)で、正三角形もしくはかなり平たい二等辺三角形の配列で存在する可能性が高いことがわかりました。この状態で予測される原子核の物理状態は、実験で測定した結果とよく一致しており、シミュレーションの前提条件が正しいことを意味しています。

今回のシミュレーション結果は、実験ではその実態に迫る上で限界がある原子核の不安定な状態を知るために、このシミュレーション手法が有効であることを意味するとともに、実験では限界がある様々な物理状態を知ることにもつながりました。

炭素は、より重い窒素や酸素といった元素の合成にも必須であるため、ホイル状態は他の元素の存在とも間接的に関わりがあると言えます。また、炭素が核融合反応によって他の元素になることは、太陽より重い恒星でのエネルギー生成など、恒星進化論にも関わります。ホイル状態を正しく、かつ詳細にシミュレーションできた今回の研究の成果は、核物理学の難題を深く知る原動力となる可能性があります。

 

Source

Shihang Shen, et.al. “Emergent geometry and duality in the carbon nucleus”. (Nature Communications) Ulf-G. Meißner. “Simulation liefert Bilder aus dem Kohlenstoff-Kern”. (Universität Bonn)

文/彩恵りり

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