銀河の配置には偏りがある 宇宙に物質が存在する理由と関連している可能性も
sorae.jp / 2023年7月5日 21時30分
私たちが住む宇宙は物質に満ちており、反物質はほとんど存在しません。この事実は、宇宙の初期段階では物質のほうが反物質よりも多く生成された時代があった可能性を示しています。
しかし、人類はこの非対称性を理論的にも実験的にも説明することには成功しておらず、そもそも本当にそんな時代があったのかどうかも分かっていません。今回、フロリダ大学のJiamin Hou氏らの研究チームは、宇宙に存在する銀河の配置をもとに、宇宙の初期段階にそのような時代があった可能性を示しました。この宇宙における物質の生成という非常に根源的な対象に切り込んだ研究として、今回の成果は重要です。
ボールを空中に放り投げた時、ボールの描く放物線の高さと飛距離は、投げる強さや角度によって決まります。その一方で、投げる方向を変えても放物線は変化しません。右に投げても左に投げても、ボールの描く軌道は同じです (※1) 。現代の物理学には、宇宙のどこにいても同じ物理法則が適用されるという根本的な概念があります。この概念は「パリティ対称性(P対称性)」と呼ばれています。
※1…厳密には、この例えは簡易的なもので、パリティ対称性をきちんと説明してはいません。パリティ対称性を説明するには3次元空間を表す3軸が全て反転している必要がありますが、この例えでは1軸しか反転していないからです。
ただし、パリティ対称性は宇宙の全ての時代で厳密に守られていた、とは考えられていません。この宇宙には物質が存在する一方で、一部の性質が反転している反物質はほとんど存在しないことがその理由です。
宇宙が誕生してからある程度の時間が経った段階で、宇宙を満たすエネルギーから物質と反物質が生成されたと考えられています。理論的にも実験的にも、物質と反物質は必ず同じ数がペアとして生成される「対生成」の関係にあることが知られています。
ところが、物質と反物質が同じ数だけ生成されるとした場合、物質と反物質はすぐさま出会ってエネルギーに戻る「対消滅」を経験し、宇宙には物質も反物質も残らないことになります。現在のように宇宙が物質に満ちるためには、何らかの理由で物質のほうが反物質よりも多く作られ、対消滅をせずに残る現象が起こるはずです。これを「バリオン数生成」と呼びますが、これはパリティ対称性が破れている(パリティ対称性に反する)現象です。
パリティ対称性が破れている状況がどのようにして起こるのかは、今の物理学の理論では説明がついておらず、解決にはまだまだ時間がかかりそうです。そもそも、宇宙はそのようなパリティ対称性が破れている時代を本当に経験したのかどうかもよくわかっていないのです。
唯一の例外として、4つの基本相互作用 (基本的な力) の1つである「弱い相互作用」は、パリティ対称性が破れている唯一の物理学的現象であることが知られています (※2) 。しかし、弱い相互作用は伝達距離が非常に短く、原子核の内部で完結しています。これに対し、物質と反物質の非対称性を説明するには、もっと長い伝達距離でパリティ対称性が破れている必要がありますが、今まではその証拠が見つかっていませんでした。
※2…さらに、弱い相互作用は高次の対称性であるCP対称性(電荷 (チャージ) 対称性 (C対称性) とパリティ対称性を掛け合わせたもの)も破れているために、時間対称性 (T対称性) も破れていることが判明しています。これらを考慮してもなお、宇宙における物質の豊富さは説明できないことが分かっています。
そこでHou氏らの研究チームは、宇宙における銀河の配置からパリティ対称性が破れている証拠を見つけるという、一風変わったアプローチで研究を行いました。
この手法には「銀河4点相関関数(galaxy four-point correlation function)」という難しい名前がついていますが、基本は非常に単純です。銀河をランダムに4つ選び出して線で結ぶと、全てが三角形の面で構成された四面体 (三角錐) ができます。四面体は3次元空間で最も単純な立体であるだけでなく、その鏡写しの形は3次元空間内でどのように回転させても一致することはありません。
「四面体の鏡写しは別々の立体である」というこの特徴は、宇宙でパリティ対称性が破れていた時代を探る上で重要となります。大雑把に言うと、銀河の配置は初期の宇宙の物質密度のデコボコを反映しています。もしも宇宙の歴史を通じてパリティ対称性がずっと保たれていた場合、このデコボコの配置は完全にランダムなものとなるため、銀河が形作る四面体の形状も完全にランダムになるはずです。一方で、もしも宇宙の初期段階にパリティ対称性が破れていた時代があった場合、物質密度のデコボコの配置、さらに言えば四面体の形状にも偏りが生じます。この偏りを見つけることで、初期宇宙のパリティ対称性を間接的に知ることができるというわけです。
ただし、銀河の配置は見たところランダムだとしか思えないため、そのような偏りはあったとしても極めてわずかなものでしかないはずです。観測対象は異なるものの、同じような偏りを見つける過去の研究には “偏りらしいもの” を見つけることに成功したものもあります。しかし、示された偏りは非常に弱く、本当はランダムでしかないものが偶然 “偏りらしいもの” として見えている可能性を否定することができていませんでした。
Hou氏らの研究チームは、内容を確かなものとするために、「スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)」で得られた銀河のデータを使用して、様々な四面体の形状を分析しました。銀河の数は100万個以上、そこから作り出せる四面体の総数は1兆個以上もあります。そのままでは計算量が膨大すぎるため、分析には数学的に工夫された手法が必要でした。また、元となるデータの問題から、2つの方法で計算が行われました。
その結果、精度の高い方法では7.1σ、低い方法でも3.1σの信頼値で、銀河の分布には偏りがあることが判明しました。この信頼値をもう少し分かりやすく言うと、今回の研究で明らかにされた偏りが実際にはランダムであり、偶然それらしく見えただけのものを「偏りだ」と誤認している確率は、精度の低い方法で約0.2%、高い方法では約0.00000000013%(10兆分の13という低確率)になります。
精度の高い方法の値は、このような膨大なデータを分析する研究で求められる5σ(偶然である確率が約0.00006%)という水準を超えているため、銀河の分布に偏りがあるという結果は正しそうです。また、精度の低い方法は単独では5σの水準を満たしていないものの、精度の高い方法とほぼ同じ手法を使って似たような結果が得られたことが注目されます。
今回の研究結果について、Hou氏らはアイザック・ニュートンの有名な言葉「私は仮説をつくらない(Hypotheses non fingo)」を引用し、この結果からより大きな何かを語ることに注意喚起をしています。今回の研究は、あくまでも銀河の配置にランダムではない偏りがあることを示したに過ぎず、この偏りが本当に初期宇宙のパリティ対称性の破れによって生じたのか、それとも他に理由があるのかまでは分かりません。それでもHou氏らは、銀河の配置が決定されたのは初期の宇宙が急激に膨張したインフレーションの時代と考えるのが最も自然だとしています。この時代はパリティ対称性の破れによって物質が反物質よりも多く生成されたとみられる時期と一致しています。
パリティ対称性を巡る謎がすぐに解決するのかどうかはわかりませんが、少なくとも今回用いられたアプローチはさらに洗練される可能性があります。特に、運用を開始したばかりの「暗黒エネルギー分光器(DESI)」、直近で運用開始が予定されているヴェラ・C・ルービン天文台の「大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)」や「ユークリッド宇宙望遠鏡」は、さらに高精度な観測データを提供してくれると期待されています。これらのデータの調査や比較研究は、今回の観測結果を肯定するか、もしくはパリティ対称性の異なる原因を示してくれるでしょう。
Source
Eric Hamilton. “The laws of physics used to be different, which may explain why you exist”. (University of Florida) Robert N. Cahn, Zachary Slepian & Jiamin Hou. “Test for Cosmological Parity Violation Using the 3D Distribution of Galaxies”. (Physical Review Letters) Jiamin Hou, Zachary Slepian & Robert N. Cahn. “Measurement of parity-odd modes in the large-scale 4-point correlation function of Sloan Digital Sky Survey Baryon Oscillation Spectroscopic Survey twelfth data release CMASS and LOWZ galaxies”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)文/彩恵りり
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