火星の1日は少しずつ短くなっていることが判明 中心核とその周辺に関する情報も
sorae.jp / 2023年8月25日 21時0分
私たちが住む「地球」の性質をより深く知るためには、地球以外の岩石惑星との比較が欠かせません。その意味では、地球のすぐ外側を公転する惑星である「火星」はうってつけの観測対象だと言えます。
ベルギー王立天文台のSébastien Le Maistre氏などの研究チームは、NASA(アメリカ航空宇宙局)が2022年まで運用を行っていた火星探査機「インサイト(InSight)」のデータを分析し、火星の自転速度が少しずつ速くなっていることなど、いくつかの重要な事実を明らかにしました。
■火星の1日は少しずつ短くなっている地球の自転周期は約24時間ですが、この周期は不変ではなく、少しずつ変化することが知られています。自転周期を変化させる原因は、大気や海洋と地殻との摩擦をはじめ、氷河や氷床の移動・形成・融解、巨大地震、月や太陽からの潮汐力、中心核(コア)のぐらつきなど、実に様々です。
同じような自転周期の変化は他の惑星でも起こっていると推定されますが、正確な自転周期の計測は困難であるため、これまでその詳細は不明でした。地球では遠く離れたクエーサーを基準に、電波望遠鏡を使用した精密な自転周期の測定が行われていますが、他の惑星に電波望遠鏡は設置されていないため、この方法は使えません。
ベルギー王立天文台のSébastien Le Maistre氏などの研究チームは、NASAの火星探査機インサイトのデータを分析し、火星の自転周期の変化の正確な測定を試みました。この研究ではインサイトが搭載していた装備の1つである「自転および内部構造実験装置(RISE; Rotation and Interior Structure Experiment)」と、NASAが深宇宙の探査機と通信を行うために運用している電波望遠鏡群「ディープスペースネットワーク(DSN; Deep Space Network)」が使用されました。
地球のDSNから火星のインサイトに向かって電波が送信されると、RISEはその一部を地球に向けて反射します。この時、反射された電波は火星の自転速度による「ドップラー効果」 (※1) を受けて、周波数が周期的に変化することになります。もしも火星の自転周期が変化している場合、ドップラー効果の周期的変化にも変化が生じるため、ここから火星の自転周期の変化を測定することができます。ただし、電波の波長は地球の大気に含まれる水分や宇宙空間を満たす太陽風によっても変化するため、長期的なデータを蓄積してノイズを取り除く必要があります。
※1…救急車の音は、近づいていると高く聞こえ、遠ざかっていると低く聞こえます。これは音波の波長が救急車の見た目の速度によって変化しているためです。同じ現象は電波でも発生し、火星の自転運動が地球から見て近づいているか遠ざかっているかによって波長が変化します。
今回の研究では、インサイトが稼働した最初の900ソル分 (※2) のデータを分析し、火星の自転周期が1年あたり4ミリ秒角 (約0.0011度) ずつ加速していることを明らかにしました。これは火星の1日が1年あたり数分の1ミリ秒ずつ短くなっていることを意味し、インサイトの位置を数十cmの精度で決定できたことに相当します。
※2…火星の1日を「ソル (Sol) 」、または「火星日」と呼びます。1ソルは約24時間40分 (地球の約1.0275日) に等しいです。
同じような自転周期の測定は、いずれもNASAが打ち上げた1970年代の「バイキング計画」や、1990年代の「マーズ・パスファインダー」でも試みられましたが、当時と比べてDSNとインサイトの電波送受信技術は向上していたため、これまでの5倍以上もの精度で測定することに成功しました。
火星の自転が加速していることを実測したのは非常に大きな成果ですが、加速の正確な理由は判明していません。地球の場合、自転を加速させる原因としては月による潮汐力や巨大地震が考えられますが、火星には小さな衛星しかなく、地震活動も限定的であるため、これでは説明がつきません。
Maistre氏らは、正確な原因の調査はこれからの研究次第ではあるものの、火星の両極に広がる極冠の質量分布の変化が自転の加速の原因ではないかと考えています。極冠の氷が増えたり、逆に極冠の氷が融けることで氷の重さで沈下していた陸地が隆起したりすると質量の分布が変化し、火星の自転運動に影響を与えます。これは、フィギュアスケート選手が回転中に腕を縮めると、伸ばしていた時よりも回転速度が速くなるのと同じ原理の現象です。
■火星の中心核は全体が液体であると確認今回の研究では、自転速度の他に火星の「章動 (しょうどう) 」も計測されました。これは火星の中心部に液体の核が存在するために発生する自転軸のぐらつきであり、章動の測定を通して核の大きさを推定することができます。
章動の測定結果をもとに、マントルが完全に固体であるという前提で推定した結果、火星の核の半径は1835±55km、核の平均密度は1立方cmあたり5.955~6.290gだと算出されました。これはインサイトが計測した地震波のデータに基づく推定結果とよく一致します。
関連:火星の「核」は軽い元素が豊富な液体 「インサイト」が捉えた地震波により判明 (2023年5月5日)
章動と地震波のデータは両方とも、火星の核が火星本体の半分の大きさであることや、中心部に固体の核がある地球とは違い火星の核は全体が液体であるという、お互いに一致する結果を示しています。さらに、章動の測定結果は核とマントルの境界部に質量分布の異常があることも示しています。つまり、核と接するマントルの下部は物質が均一に分布しておらず、重い部分と軽い部分がデコボコに分布していることが明らかにされたのです。
火星の自転に関する今回の詳細なデータは、火星表面の質量分布や、直接見ることができない内部を推定する上で重要なデータです。これは火星だけでなく、地球を含めた岩石惑星の形成や進化に関する研究で重要な基礎的データとなるはずです。
Source
Sébastien Le Maistre, et al. “Spin state and deep interior structure of Mars from InSight radio tracking” (Nature) Andrew Good, Karen Fox & Alana Johnson. “NASA InSight Study Finds Mars Is Spinning Faster”. (NASA) Jessica C. E. Irving, et al. “First observations of core-transiting seismic phases on Mars”. (Proceedings of the National Academy of Sciences)文/彩恵りり
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