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ブラックホールは最速2万9000km/sで運動する場合があると判明 光速の約10分の1

sorae.jp / 2023年9月2日 20時30分

ブラックホール同士が合体すると激しい重力波が発生し、時に合体後のブラックホールを “蹴りだし” ます。ブラックホールの運動速度が早ければ早いほど、ブラックホール同士が衝突する可能性は高まり、宇宙に存在する重いブラックホールの起源になるとも考えられます。

ロチェスター工科大学のJames Healy氏とCarlos O. Lousto氏は、2つのブラックホールが衝突した場合、合体後のブラックホールが最速で約2万9000km/sで運動することをシミュレーションによって明らかにしました。これは以前のシミュレーションで示された速度の5.7倍も速く、光の速度の約10分の1に相当します。

【▲ 図1: お互いの周りを公転している2個のブラックホールの想像図。 (Image Credit: SXS) 】

【▲ 図1: お互いの周りを公転している2個のブラックホールの想像図(Credit: SXS)】

■天体同士の接近によって発生する “制限速度違反”

複数の天体が極めて近くに接近した場合、お互いが重力で引かれ合うことで運動エネルギーのやり取りが行われます。重力を介した相互作用は天体の運動速度を極端に増加させる場合があります。

このような過程で極端な速度を得た星は「超高速度星(HVS; Hypervelocity star)」と呼ばれます。これまでに知られている最速のHVSは「S5-HVS1」であり、天の川銀河の中心部に対して約1755km/sで運動しています。太陽は天の川銀河の中心部に対して約240km/sで公転運動をしていると推定されていますので、それの7.3倍も高速です (※1) 。S5-HVS1はあまりにも速く運動しているため、重力を振り切って天の川銀河を脱出していると推定されています。このような超高速度星は、天の川銀河中心部の超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」に極めて接近した結果生じたと推定されています。

※1…S5-HVS1はHVSとしては最高速ですが、さらに高速の天体として「S4716」の8000km/sが知られています。ただし、S4716はHVSとは異なり天の川銀河中心部のブラックホールの重力に捕らわれており、4.02年周期で公転しています。その軌道は真円からかなり離れた楕円形であり、ブラックホールに最も接近するときの公転速度が8000km/sに達すると推定されています。

では、ブラックホール同士が接近した時にはどのような結果が生じるのでしょうか?ブラックホール同士の場合、単なる接近遭遇だけでなく、衝突でも膨大な速度が生じることが分かっています。ブラックホール同士が接近すると膨大なエネルギーの重力波が放出されますが、この重力波の発生には偏りが生じることもあるため、衝突後に誕生した合体ブラックホールは特定の角度に集中した重力波によって “蹴り飛ばされる” 可能性があります。

そのようなブラックホールの実例としては活動銀河「CID-42」に存在するとされる超大質量ブラックホールがあり、2つのブラックホールが衝突した結果、銀河に対して約2000km/sの速度で飛び出していると推定されています。このように、ブラックホール同士の衝突は極めて大きな運動速度を生じる可能性があり、その限界速度はこれまで5000km/sだと推定されていました。これは光の速度の約60分の1に相当します。

■最速のブラックホールは光速の10%で運動すると判明

ロチェスター工科大学のHealy氏とLousto氏は、ブラックホール同士の合体で生じる限界速度についての数値計算を行いました。

ブラックホール同士の接近で生じる激しい重力波の変化を正確に計算するには、計算強度の高いスーパーコンピューターを必要とします。また、限界速度を知るには様々な角度からの衝突を仮定する必要があるため、パターンが増えるに従って計算量も膨大になります。

【▲ 図2: 2つのブラックホールが接近する角度によって、合体して生じるブラックホールの運動速度が変わると推定される。今回の研究では全部で1381パターンを想定して計算を行った。 (Image Credit: James Healy and Carlos O. Lousto) 】

【▲ 図2: 2つのブラックホールが接近する角度によって、合体して生じるブラックホールの運動速度が変わると推定される。今回の研究では全部で1381パターンを想定して計算を行った(Credit: James Healy and Carlos O. Lousto)】

【▲ 図3: ブラックホールの衝突後の速度の計算結果。最も理想的な角度での衝突では、最大で28562km/sの速度が生じると計算された (図の数値が本文と異なるものの、本文の記載を優先) 。 (Image Credit: James Healy and Carlos O. Lousto) 】

【▲ 図3: ブラックホールの衝突後の速度の計算結果。最も理想的な角度での衝突では、最大で28562km/sの速度が生じると計算された (図の数値が本文と異なるものの、本文の記載を優先)(Credit: James Healy and Carlos O. Lousto)】

Healy氏とLousto氏は、ブラックホール同士の衝突パターンを1381通り想定して計算を実行しました。これは5000km/sという上限値を推定した研究で計算された42通りを大きく上回ります。その結果、かすめるような角度で衝突する時に最大の速度が生じ、最高で2万8562 (±342) km/sに達することが分かりました。これは以前の数値計算で示された値の5.7倍であり、光の速度の約10分の1に相当します。この速度では地球を1周するのに1.4秒、地球から月まで移動するのに13.5秒しかかかりません。

もちろん、この最大速度が得られるのは極めて限られた条件を満たした時のみであり、大半のブラックホールはここまで高速に運動することはありません。しかし、平均的に速度の速いブラックホールが生じることは、ブラックホールの進化を考える上で重要です。ブラックホールは主に重い恒星の中心部で中心核 (コア が崩壊した結果生じると推定されていますが、宇宙にはこの方法で生じるよりも重いブラックホールが無数に存在します。

重いブラックホールは軽いブラックホール同士の衝突・合体で生じると推定されていますが、ブラックホールの運動速度が速いほど衝突頻度も増加する傾向にあります。ブラックホール同士の接近がどのような結果をもたらすのかを知ることは、ブラックホールの性質や成長を知る上でとても重要です。

 

Source

James Healy & Carlos O. Lousto. “Ultimate Black Hole Recoil: What is the Maximum High-Energy Collision Kick?”. (Physical Review Letters) (arXiv) Carlos O. Lousto & Yosef Zlochower. “Hangup Kicks: Still Larger Recoils by Partial Spin-Orbit Alignment of Black-Hole Binaries”. (Physical Review Letters) Laura Blecha, et al. “Constraints on the nature of CID-42: recoil kick or supermassive black hole pair?”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Sergey E Koposov, et al. “Discovery of a nearby 1700 km s−1 star ejected from the Milky Way by Sgr A*”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Florian Peissker, et al. “Observation of S4716—a Star with a 4 yr Orbit around Sgr A*”. (The Astrophysical Journal)

文/彩恵りり

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