「修正ニュートン力学」は「プラネット・ナイン」を否定する? 短距離での修正ニュートン力学の影響が初めて明らかに
sorae.jp / 2023年10月16日 20時42分
正体不明の「暗黒物質(ダークマター)」を仮定せずに宇宙の重力の謎を説明できるとされる「修正ニュートン力学」は興味深い仮説ですが、あまり多くの支持を受けてはいません。特に、恒星や銀河程度のスケールと比べて距離が短い太陽系程度のスケールにおける修正ニュートン力学の効果は、これまでに説明されたことがありませんでした。
ハミルトン大学のKatherine Brown氏とケース・ウェスタン・リザーブ大学のHarsh Mathur氏の研究チームは、修正ニュートン力学の下で太陽系外縁天体の公転軌道のシミュレーションを行った結果、軌道に偏りが生じたことを明らかにしました。これは、短い距離における修正ニュートン力学の効果を示した初めての事例であるとともに、太陽系外縁部に未知の惑星があるとする「プラネット・ナイン」仮説を否定するものです。
ただし、結果の前提となるデータ量の限界から、この結果が偶然生じたものである可能性は排除できず、容易に覆るかもしれないこともBrown氏とMathur氏は自ら警告しています。
![【▲図1: プラネット・ナインの想像図。 (Image Credit: Caltech, R. Hurt (IPAC)) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/10/2023-10-11-Planet_Nine.jpg)
【▲図1: プラネット・ナインの想像図(Credit: Caltech, R. Hurt (IPAC))】
■「暗黒物質」を否定する「修正ニュートン力学」私たちの宇宙に存在する物質の量は、銀河の回転速度などの物質によって発生する重力の影響を測定することで推定できます。しかし、重力に関する観測結果から推定される物質の総量は、可視光線などの電磁波で観測可能な “普通の” 物質だけの量と比べて約5倍もあります。この大幅なズレは、電磁波で観測可能な物質とは別に、重力では観測できるものの電磁波では観測できない正体不明の物質が存在すると考えなければ説明できません。「暗黒物質」はこの正体不明の物質を指す言葉であり、その正体を探ることは天文学における最大の課題の1つです。
![【▲図2: さんかく座銀河における理論的な回転速度 (下側の曲線) と実際に観測された回転速度 (上側の曲線) 。主流な説ではこのズレを暗黒物質の存在を仮定して説明しますが、修正ニュートン力学で説明する試みもあります。 (Image Credit: Stefania.deluca) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/10/2023-10-11-M33_rotation_curve_HI.jpg)
【▲図2: さんかく座銀河における理論的な回転速度 (下側の曲線) と実際に観測された回転速度 (上側の曲線) 。主流な説ではこのズレを暗黒物質の存在を仮定して説明しますが、修正ニュートン力学で説明する試みもあります(Credit: Stefania.deluca)】
しかし、長年に渡って研究や観測実験が行われてきたにも関わらず、暗黒物質の正体は判明しておらず、検出はおろか候補の絞り込みにも苦労しているのが実情です。
大多数の科学者は、暗黒物質の正体が何であれ現在広く認められている物理学の理論を大幅に修正しなければならないと考えています。そのため、少数の科学者は「そもそも暗黒物質は存在しないのではないか?」と考えています。この場合、修正すべきなのは重力理論ということになります。
提案されている修正重力理論の1つに「修正ニュートン力学」があります。修正ニュートン力学では、物体の運動を記述するニュートンの運動方程式に修正を加えることで、「重力は距離の2乗に反比例して弱くなる」という逆2乗則は厳密には正しくなく、遠距離では1乗の反比例に遷移していくと仮定しています。修正ニュートン力学が正しい場合、暗黒物質の存在を考慮する必要はなくなります。
しかし、修正ニュートン力学は厳しい検証に耐えてきた一般相対性理論を否定するものであり、あまり多くの支持を集めているとは言えません。また、修正ニュートン力学は数百億km程度の距離……つまり太陽系の内部程度の範囲では逆2乗則が成り立っているように見えるため、検証は困難を極めます。
■修正ニュートン力学は「プラネット・ナイン」も否定する?Brown氏とMathur氏の研究チームは、修正ニュートン力学が太陽系外縁部にまつわる別の謎である「プラネット・ナイン」仮説と矛盾しているのではないかと考え、シミュレーション研究を行いました。
太陽系の8つの惑星のうち最も外側を公転している海王星の公転軌道のさらに外側には「太陽系外縁天体」と呼ばれる天体が無数にあります。これらの公転軌道を調べてみると、本来であれば全方向に等しく天体が分布しているはずなのに、実際には特定の方向に分布しているという偏りが生じていることが指摘されています。
このことは、太陽系外縁部にまだ見つかっていない大きな質量を持つ天体が存在していて、太陽系外縁天体の公転軌道を重力を介して乱しているからではないか、と考えれば説明できます。推定される質量および周囲の天体を一掃しているという性質は、2006年に決議された太陽系の惑星の定義を満たすため、この惑星は未知の9番目の惑星「プラネット・ナイン」と呼ばれています。しかし、今のところプラネット・ナインは発見されておらず、実際には存在しないと考える研究者もいます。
Brown氏とMathur氏は、このプラネット・ナイン仮説が修正ニュートン力学と矛盾しているのではないかと考え、太陽系外縁天体の公転軌道の変化を修正ニュートン力学による重力場の仮定の下でシミュレーションし、その結果を実際の観測結果と比較しました。
![【▲図3: 6つの太陽系外縁天体の公転軌道 (紫色の楕円) の長軸は、天の川銀河の中心方向 (青色矢印) に向いています。今回の研究結果は、この偏りの原因がプラネット・ナインの重力場の影響ではなく、修正ニュートン力学における天の川銀河の重力場の影響であると結論付けています。 (Image Credit: Brown & Mathur) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/10/2023-10-11-Planet_Nine_vs_MOND.jpg)
【▲図3: 6つの太陽系外縁天体の公転軌道 (紫色の楕円) の長軸は、天の川銀河の中心方向 (青色矢印) に向いています。今回の研究結果は、この偏りの原因がプラネット・ナインの重力場の影響ではなく、修正ニュートン力学における天の川銀河の重力場の影響であると結論付けています(Credit: Brown & Mathur)】
シミュレーションの結果、太陽系外縁天体は天の川銀河の重力場の影響を受けて、楕円軌道の長軸 (長い方の軸) が天の川銀河の中心方向に向くことが示されました。そしてこの結果は、90377番小惑星「セドナ」のように、楕円形をしていることが高い精度で判明している6つの太陽系外縁天体の実際の公転軌道とよく一致しました。これは、太陽系の内部という短距離でも修正ニュートン力学が働いていることを示した初めての結果であり、修正ニュートン力学にもとづけばプラネット・ナインは存在しない可能性があることを示しています。
■容易に覆るかもしれない予備的な研究結果ただし、この研究結果を以て修正ニュートン力学が正しいとは言えません。今回の研究で用いられた公転軌道のデータは検証に使えるほどには精度が高くなく、単にシミュレーション結果が現実と偶然一致しただけの可能性を排除できません。そして修正ニュートン力学自体も、他の方法での検証でも厳しい立場にさらされているため、修正ニュートン力学そのものが否定される可能性も大いにあります。従って、今回の結果は容易に覆るかもしれません。
また、プラネット・ナインの存在は修正ニュートン力学を仮定せずとも否定することができるかもしれません。太陽系外縁天体は文字通り外縁部という遠方にあるため、観測が極めて困難です。プラネット・ナインの存在の根拠となっている公転軌道の偏りは、太陽系外縁天体の観測数が少ないことに起因する観測バイアスで生じていることも十分に考えられます。暗黒物質、修正ニュートン力学、プラネット・ナインといった各問題に答えを出すには、さらなる天体観測が必須と言えます。
Source
Katherine Brown & Harsh Mathur. “Modified Newtonian Dynamics as an Alternative to the Planet Nine Hypothesis”. (Astronomical Journal) “Plot thickens in hunt for ninth planet”. (Case Western Reserve University)文/彩恵りり
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