巨大なブラックホールが自転している証拠を発見か M87から噴き出すジェットの観測データを分析
sorae.jp / 2023年10月19日 21時18分
中国の之江実験室(Zhejiang laboratory)の研究員・崔玉竹(ツェイ・ユズ)さんを筆頭に、日本の国立天文台(NAOJ)の研究者らも参加した国際研究チームは、楕円銀河「M87」の中心から噴出しているジェット(細く絞られた高速なガスの流れ)の方向が約11年周期で変化していることを発見したとする研究成果を発表しました。
「おとめ座」(乙女座)の方向約5500万光年先にあるM87(Messier 87)は、中心からジェットを噴出する活動銀河のひとつであることが知られています。こうしたジェットの噴出には銀河の中心に存在するとみられる超大質量ブラックホールが関わっていて、ブラックホールを高速で周回しながら落下していくガスの一部がブラックホールの両極方向に高速で放出されていると考えられています。
2019年4月には国際研究グループ「イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope:EHT)」がM87中心の超大質量ブラックホール周辺を電波で観測することに成功したと発表し、その画像を公開しました。4年後の2023年4月には、同じブラックホールを取り囲む降着円盤(周回しながら落下していく物質で形成されたリング状構造)とジェットの根元を同時に観測できたとする成果も発表されています。M87の超大質量ブラックホールの質量は太陽約65億個分と推定されています。
関連:超巨大ブラックホール周辺の構造とジェットの根元を初めて同時に捉えることに成功(2023年4月27日)
今回、崔さんたちはジェットの形状が変化する様子を詳しく調べるために、20年以上に渡るM87の電波観測で得られた170枚のジェットの画像を分析。その結果、ジェットの噴出方向が約11年周期で変化していることがわかったといいます。
EHTの日本グループ「EHT-Japan」によると、M87のジェットが噴出方向に対して横方向に振れていることは過去の研究でも示唆されていたものの、原因や周期があるかどうかはわかっていなかったといいます。崔さんは「この発見をした時は身震いしました」と振り返るとともに、20年以上の観測で得られた膨大な量のデータを丁寧に分析したことが今回の発見につながったとコメントしています。
この周期的な変化の原因を探るために研究チームが国立天文台の天文学専用スーパーコンピューター「アテルイII」を用いてシミュレーションを行ったところ、自転するブラックホールが周囲の時空間を引きずることで生じる降着円盤の歳差運動(※1)として説明できることがわかりました。歳差運動とは回転する物体の回転軸が傾きながら円を描くような運動のことで、首振り運動とも呼ばれます。この運動は軸が傾いたまま回転し続けるコマ(独楽)の動きに似ています。
今回の成果は、M87の中心にある超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)が自転していることや、ジェットの発生にブラックホールの自転が関わっている(※2)ことを裏付けるものだとされています。研究チームは引き続きM87のジェットの観測に取り組んでおり、研究に参加した国立天文台水沢VLBI観測所所長の本間希樹教授は「今後は得られたジェットの形状変化をEHTで得られるブラックホールの動画とも比較することで、ブラックホールとジェットのつながりや自転の速度までより正確に導き出したい」とコメントしています。
■脚注
※1…自転する天体に引きずられて周囲の時空間が回転する相対論的効果を「レンズ-シリング(Lense-Thirring)効果」と呼び、この効果によって生じる歳差運動であることから「レンズ-シリング歳差」と呼ばれています。
※2…EHT-Japanによると、光速の99パーセント以上にまで加速されるジェットがどのような機構で放出されているのかはまだわかっておらず、磁場を介してブラックホールの自転のエネルギーが引き抜かれているとする機構(ブランドフォード・ズナエック機構)が最有力候補とされています。今回の研究はブラックホールが自転していることを示唆するレンズ-シリング歳差の証拠をつかむことで、この機構が起きている可能性が高いことを裏付けた形となりました。
Source
NAOJ - 歳差運動するM87ジェットの噴出口―巨大ブラックホールの「自転」を示す新たな証拠― EHT-Japan - 歳差運動するM87ジェットの噴出口 〜巨大ブラックホールの「自転」を示す新たな証拠〜 Cui et al. - Precessing jet nozzle connecting to a spinning black hole in M87 (Nature, Research Square)文/sorae編集部
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