月の石の輸送に過剰な磁気シールドは不要 人工的な磁場による汚染は除去しやすいことが明らかに
sorae.jp / 2023年10月26日 20時42分
月の石を分析すると、古代の月が保持していた磁場の痕跡が見つかります。しかしこの研究結果には、輸送中の探査機の磁気によって月の石が磁化されてしまっただけだという異論もあります。
スタンフォード大学のSonia Tikoo氏とJi-In Jung氏の研究チームは、アポロ計画で採集された月の石を意図的に強磁場に晒し、その後の消磁作業で除去が可能かどうかを実験し、その結果、人工的な磁気の影響を取り除くことに成功しました。これは、天体のサンプルを輸送する探査機に過剰な磁気シールドを搭載する必要がないことを意味し、重量の削減に役立ちます。
![【▲図1: 実験に使用した月の石のサンプルを持つSonia Tikoo氏 (左) とJi-In Jung氏 (右) 。 (Image Credit: Harry Gregory) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/10/Tikoo__Jung_2023-01.jpg)
【▲図1: 実験に使用した月の石のサンプルを持つSonia Tikoo氏 (左) とJi-In Jung氏 (右) (Credit: Harry Gregory)】
■月の石の磁気はホンモノか?アポロ計画で採集された月の石は、月の形成過程を知るために様々な分析にかけられています。月の石が持つ磁気を調べる岩石磁気学はその1つに挙げられます。誕生直後の月は現在と比べて強い磁場を持っていたと考えられており、月の石を分析するとそのような古い磁場の手掛かりが手に入ります。これまでの研究で、月は35億年前より以前、つまり誕生から10億年以上に渡って強い磁場を持っており、それは月の中心部に液体金属があることによるダイナモ効果で発生したものと考えられています。このメカニズムは地球と似ています。
しかし一方で、この解釈には異論も多くありました。月は地球と比べて小さな天体であり、内部の熱も速やかに逃げてしまいます。このため、月の内部で液体金属が保持されるほどの高温が10億年以上も続いたのかという点に疑問を持つ研究者も少なくありません。
この異論が正しいとすると、月の石の磁気について別の説明を与えることになります。それは、輸送中に月の石が磁化されてしまったというものです。宇宙機という機械装置の塊は様々な強さの磁場を発生させるため、月の石が機械装置から発せられる磁気によって上書きされてしまう可能性は十分にあります。
一般的に、天体のサンプルへのそのような汚染を避けるためになるべく磁気を減らす努力が図られますが、ゼロにすることはできません。このためアポロ計画でも、アポロ12号で採集した月の石をアポロ16号に搭載し、地球と月との往復でどの程度の強さの磁場を受けるのかを調べる実験が行われており、結果としてかなり小さな磁場のみが作用することが明らかにされています。また近年では、人工的な磁場による汚染を除去するための「AF消磁(交流磁場消磁)」が行われます。ただしこの方法は、人工的な磁場による汚染がとても小さいという前提がないと成り立ちません。
■人工的な磁場による汚染は除去可能なことが判明![【▲図2: 実験に使用された様々な月の石のサンプル。 (Image Credit: Harry Gregory) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/10/Tikoo__Jung_2023-02.jpg)
【▲図2: 実験に使用された様々な月の石のサンプル(Credit: Harry Gregory)】
Tikoo氏とJung氏の研究チームは、アポロ計画で採集された月の石の磁気が汚染の影響を受けていないのか、また人工的な磁場による汚染をAF消磁で除去可能なのかを調べる実験を行いました。アポロ11号・12号・15号・16号で採集された8つの月の石のサンプルに対し、5ミリテスラの磁場を48時間照射し、その後AF消磁による汚染除去を実行しました。この強さは地磁気の約100倍の強さであり、地球と月とを往復する際に受ける磁場の強さに匹敵します。
その結果、全てのサンプルで効果的に磁気の汚染を除去することに成功し、月の石には確かに固有の磁気があること、人工的な磁場による汚染は大きな懸念とはならないことが示されました。また、玄武岩の月の石はガラス質の月の石よりも磁気の汚染の影響を受けにくいといった、追加の情報も得ることができました。
この実験結果は、将来の探査機の設計に少なからず影響するでしょう。天体のサンプルの磁気は、天体の内部を知るための重要な情報であるため、可能な限り探査機由来の磁場に晒さない努力が図られます。厚い磁気シールドで内部を保護するのは対策の1つとなりますが、磁気をなるべくゼロに近づけるためにはシールドを厚くする必要があり、それだけ探査機の重量が増したり、搭載できる科学機器の数や種類に制限が生じることになります。今回の研究結果は、過剰な磁気シールドが無くても、天体のサンプルに固有の磁気を検出できることを示しています。
Source
S. M. Tikoo & J. Jung. “Establishing a Lunar Origin for Paleomagnetic Records in Apollo Samples”. (Geophysical Research Letters) Danielle Torrent Tucker. “Removal of magnetic spacecraft contamination within extraterrestrial samples easily carried out, researchers say”. (Stanford University)文/彩恵りり
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