1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. 環境・自然・科学

紀元前1万2351年の史上最大の太陽嵐の痕跡を発見 放射性炭素年代測定法の校正作業の研究で正確な年代を特定

sorae.jp / 2023年10月25日 20時36分

太陽活動に伴う「太陽嵐」は、大規模なものでは現代の文明に致命的な影響を与えかねません。そのような活動は過去何度も繰り返されてきたと見られていますが、過去の太陽活動を知るのは容易ではありません。

エクス=マルセイユ大学のEdouard Bard氏などの研究チームは、年代測定で重要な「炭素14」の濃度を調べる研究を行ったところ、紀元前1万2351年からの1年間という非常に正確な年代の範囲内で、炭素14の発生量が顕著に増大した「三宅イベント(Miyake event)」があることを突き止めました。他の角度からの調査も合わせると、紀元前1万2351年の三宅イベントは知られている中で最大の太陽嵐の痕跡であると見られています。今回の研究と校正によって得られた年代測定は精度が高く、これほど細かく年数を書くことができるという点も重要です。

【▲図1: 太陽から放出される大量の荷電粒子は、地球の磁気圏と相互作用し、大規模なものは太陽嵐を引き起こします。 (Image Credit: NASA) 】

【▲図1: 太陽から放出される大量の荷電粒子は、地球の磁気圏と相互作用し、大規模なものは太陽嵐を引き起こします(Credit: NASA)】

■過去の太陽嵐を炭素14で推定する

地球に光と熱を送る太陽は私たちに不可欠な存在ですが、時に文明を危機に陥れる可能性もあります。太陽の活動は長期的には安定していますが、短期的には突発的で局所的な「太陽フレア」という激しい活動が発生することがあり、大量の電磁波や荷電粒子(電気を帯びた粒子)を放出します。これが地球の磁気圏に衝突すると「太陽嵐」と呼ばれる現象が発生します。

太陽嵐は、軽度なものならオーロラが見えたり、無線通信やラジオ放送に一時的な障害が生じたりする程度で済みます。しかし大規模なものは送電線や電子機器などに過剰な電流を与え、多大な被害を発生させると考えられています。詳細な記録が残る最も激しい太陽嵐は1859年に発生した「キャリントンイベント(Carrington event)」であると言われており、当時普及したばかりの電信網に損害を与えました。もしキャリントンイベント並の太陽嵐が現代で発生した場合、アメリカだけで数十兆円の損害に加え、送電網の復旧に数年かかると言われています。では、このような大規模な太陽嵐はどの程度の頻度で発生しているのでしょうか?

太陽活動の本格的な観測は17世紀初頭から開始したことや、記録の不完全さから、過去の太陽嵐を知るには別の方法が必要です。それは「炭素14」の量を測ることです。炭素14は天然に存在する放射性同位体であり、通常は大気中の窒素が宇宙線と反応することで生成されますが、太陽嵐の際には生成量が増加することが知られています。これは宇宙線に加え、太陽由来の荷電粒子が炭素14の生成に関与する為です。

過去の地層に含まれる有機物の破片は、その当時の炭素14の量を反映しているため、炭素14が多い時代は太陽嵐が発生した可能性があります。炭素14が増加した時期は、宇宙線によって生成する他の同位体(ベリリウム10や塩素36)も増加する傾向にあり、このような増加がみられる時期を「三宅イベント」と呼びます。

このような特異な炭素14の増加は、炭素14による年代測定法「C14法 (放射性炭素年代測定法)」の校正を行う研究の過程で見つかることがあります。炭素14による年代測定が行えるのは、試料中の炭素14の濃度が試料の古さによって一定に変化するという前提が必要です。しかし実際には、様々な原因によってズレが生じてしまうため、これに対する補正が必要となります。C14法は過去5万5000年間の試料に対して適用される、非常に多用されている年代測定法なため、校正を行うことは重要です。

■樹木の亜化石から紀元前1万2351年の太陽嵐の痕跡を発見

Bard氏らの研究チームは、過去25年間に渡ってヨーロッパに存在する樹木の亜化石を採集・分析する研究を行ってきました。この亜化石は、1万年以上前に生息していた樹木が部分的に化石化したものであり、炭素14濃度の変化を知るのに最適な試料となっています。樹木の亜化石は年輪が残されているため、1年単位で炭素14の濃度を分析することが可能であり、適切に分析を行えば、精度は他の分析方法を凌駕します。

【▲図2: ドゥルーゼ川で発掘されたヨーロッパカラマツの亜化石。今回の研究ではこの亜化石に含まれる炭素14が分析されました。 (Image Credit: Edouard Bard, et al.) 】

【▲図2: ドゥルーゼ川で発掘されたヨーロッパカラマツの亜化石。今回の研究ではこの亜化石に含まれる炭素14が分析されました(Credit: Edouard Bard, et al.)】

Bard氏らは、2020年に確定した紀元前1万1951年(13900 cal BP (※1))までのC14法の基準(IntCal20)より以前の炭素14濃度の校正を行うため、フランス南部を流れるデュランス川(Durance river)の中流域にあるドゥルーゼ川(Drouzet watercourse)で発掘調査を行い、合計172本の「ヨーロッパカラマツ(Pinus sylvestris)」の亜化石を採集しました。そしてその中から保存状態の良い140本を選び出し、分析用に加工したあと、年輪の幅で年代を並べる「年輪年代学」の作業と、それぞれの試料における炭素14の濃度を調べる作業を行いました。

※1…BPは “Before Present (現在より何年前)” の略ですが、C14法では西暦1950年が基点となります。また、炭素14の濃度は様々な要因で左右されるため、それに合わせた校正が必要となります。この校正を加えたものが “cal BP (暦年代)” です。cal BPで表された年数は、1950年から起算して何年前という単純計算ができます。

【▲図3: 炭素14の濃度を年代別にグラフ化したもの。本来このグラフは直線的になるはずですが、約1万4300年前と約1万4000年前の2つの時期に炭素14の濃度が増加するピークがあることが分かります。 (Image Credit: Edouard Bard, et al.) 】

【▲図3: 炭素14の濃度を年代別にグラフ化したもの。本来このグラフは直線的になるはずですが、約1万4300年前と約1万4000年前の2つの時期に炭素14の濃度が増加するピークがあることが分かります(Credit: Edouard Bard, et al.)】

その結果、111本の亜化石の年輪から約680年間の時代がカバーされ、15本分の試料の分析から、この期間内での炭素14の濃度変化の測定に成功しました。そして興味深いことに、約1万4300年前と約1万4000年前の2つの時期に、炭素14が急激に増大していることが判明しました。重点的な分析や、宇宙線によって生成する他の同位体濃度を調べた研究(グリーンランド氷床のベリリウム10)との照らし合わせの結果、紀元前1万2351年から紀元前1万2350年までの1年間 (14300~14299 cal BP) と、紀元前1万2101年から紀元前1万2001年までの100年間(14050~13950 cal BP)は、炭素14の生成量が平時と比べて約30%増大していることを突き止めました。

特に紀元前1万2351年からの1年間の炭素14濃度の増加は、期間の短さから大規模な太陽嵐に由来する三宅イベントであると考えられています。このような短期間の炭素14濃度の増加は、過去1万5000年間に9回記録されています。特に多かったのは西暦774年と西暦993年であり、炭素14濃度から示唆される太陽嵐の規模は、キャリントンイベントの10倍も大きかったと言われています。しかし今回見つかった紀元前1万2351年の太陽嵐は、西暦774年と西暦993年の太陽嵐の2倍、キャリントンイベントの20倍もの規模であると推定されます。これは知られている中で最も大規模な太陽嵐の痕跡です。

一方で紀元前1万2101年からの100年間は期間が長いため、太陽活動が弱かった「マウンダー型太陽活動極小期(Maunder-type solar minimum)」 (※2) の時期であったことを示唆しています。太陽嵐の場合と異なり、この時期は太陽活動によって地球の磁場が乱れにくくなります。磁場の乱れは宇宙線を効果的に弾くため、それが弱まるこの時期は、地球大気に届く宇宙線の量が増大するため、炭素14の生成量が増えます。

※2…太陽黒点の数が少なく、太陽フレアのような活発が極端に小さい時期をマウンダー型太陽活動極小期と呼びます。代表的なのは1645年から1715年にかけて発生した「マウンダー極小期」です。マウンダー極小期の時期に顕著な寒冷気候があったことは知られていますが、同じ時期に大規模な火山活動もあったため、太陽活動と短期間の寒冷気候に関係があるのかは分かっていません。

この時代は、地球が温暖な気候であった「ボーレン-アレレード温暖期(Bølling–Allerød warming)」でしたが、短期間だけ「オールダードライアス(Older Dryas)」と呼ばれる氷河期を挟んでいたことで知られています。今回見つかった炭素14濃度の増大時期は、ちょうどオールダードライアスの時期と一致するため、興味深い発見です。ただし、マウンダー型太陽活動極小期と短期間の氷河期の関連ははっきりと分かっておらず、研究チームは太陽活動の低下だけではオールダードライアスを説明できないと考えています。

■太陽嵐の発見は非常に高精度な校正作業の結果

今回の研究では、知られている中で最大の太陽嵐の痕跡を発見することが出来ましたが、これは研究の結果たまたま明らかにされた出来事です。研究のメインはC14法をより古い時代に精度よく適用するための校正を行うことであり、実際に今回の研究では2020年に策定された基準より更に500年も延長することに成功しました。

特に今回の研究では、1年単位という非常に高い精度で炭素14の濃度を決定した点が非常に優れています。この精度が無ければ、たった1年間の炭素14の増加で決定づけられる紀元前1万2351年の太陽嵐を発見することはできなかったと考えられることから、これはとても重要です。また、太陽嵐が発生した時期を “およそ紀元前1万2000年” のような曖昧な表現ではなく “紀元前1万2351年からの1年間” と具体的に書くことができるのは、この研究の精度が高いおかげでもあります。

 

Source

Edouard Bard, et al. “A radiocarbon spike at 14 300 cal yr BP in subfossil trees provides the impulse response function of the global carbon cycle during the Late Glacial”. (Philosophical Transactions of the Royal Society A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences) “Researchers identify largest ever solar storm in tree rings”. (University of Leeds)

文/彩恵りり

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください