「HD 110067」に共鳴し合う6つの惑星を発見 惑星科学における重要な “化石”
sorae.jp / 2023年12月10日 19時43分
地球と海王星の中間的な大きさを持つ「亜海王星(Sub-Neptune、サブ・ネプチューン)」(※定義に関する議論は文末に記載)と呼ばれる惑星は多くの恒星の周りで見つかっていますが、その組成や成因はほとんど分かっていません。このような惑星の形成過程を調べることは、太陽系を含む様々なタイプの惑星系の形成過程を知るための手掛かりとなります。
シカゴ大学のRafael Luque氏を筆頭著者とする国際研究チームによる観測データの精査と追加観測によって、恒星「HD 110067」(TIC 347332255、TOI 1835)には全部で6つの惑星があることが分かりました。この6つの惑星は、公転周期が単純な整数比で表される「軌道共鳴」の関係にあるという前提の下で研究・発見されたものであり、多数の惑星が軌道共鳴の関係にあるのはとても珍しい発見例です。軌道共鳴状態の惑星系は形成時の軌道をそのまま反映している “化石” であると考えられており、亜海王星の形成過程を探る上で重要な発見と言えます。
■地球と海王星の中間的惑星「亜海王星」の謎太陽系の惑星は、水素やヘリウムが主体の「巨大ガス惑星(木星型惑星)」、水素やヘリウムよりも重いが岩石よりも軽い物質を多く含む「巨大氷惑星(天王星型惑星・海王星型惑星)」、岩石が主体の「岩石惑星(地球型惑星)」の3つに大別され、軽い物質でできているほど直径や質量が大きくなる傾向にあります。一方で太陽系以外の惑星に目を向けると、これらに分類するのが難しい、中間的な大きさを持つ惑星が多数見つかります。
「亜海王星」はそのような惑星の1つです。もし亜海王星が大きさだけでなく、組成なども地球と海王星の中間的な性質を持つ場合、亜海王星は岩石の核の周りに水素を主体とした極めて分厚い大気を持つような惑星であると推定することができます。
しかし、この推定が正しいかどうかははっきりとしていません。太陽系には亜海王星は見つかっておらず、亜海王星と思われる太陽系外惑星の大気成分などを観測するのも困難なため、直接的な手がかりを得ることが難しいためです。また、惑星の形成過程をシミュレーションしようにも、このようなデータの少ないタイプの惑星の形成を正確に描写できたかどうかの評価は極めて困難です。
加えて、地球の3倍以上の直径を持つ亜海王星の存在数は急激に低下するという別の謎もあります。惑星の存在数をグラフに描くと、直径が地球の3倍以下の惑星と、地球の4倍以上 (海王星と同じ直径) の惑星の間には、存在数を分ける崖のような急激な変化が現れます。なぜこのような存在数の崖が存在するのかについては、惑星の形成過程から説明する試みもありますが、亜海王星の形成過程がほぼ理解されていないことにより、謎が解決しているとは言えません。
■「軌道共鳴」の関係は惑星の研究で重要亜海王星の謎を解決するには、その詳細な観測データが欠かせません。特に、形成過程という古い時代の様子を詳しく知るためには、過去に渡って環境が変化していないと推定される亜海王星が観測対象としてうってつけです。
そのような亜海王星は、他の惑星との間で公転周期が「軌道共鳴」の関係 (尽数関係) にあると考えられています。軌道共鳴とは、ある天体に対する別の天体の自転周期や公転周期が「1:2」や「3:2」などの簡単な整数比になっている状態です。これは天体同士が及ぼす重力相互作用によって力学的に安定するような状態として現れるもので、太陽系での公転周期の軌道共鳴の例としては海王星と冥王星 (3:2) 、木星のガリレオ衛星(4:2:1)などが存在します。
今のところ、太陽系の惑星同士での軌道共鳴は発見されていませんが(※1)、太陽系外惑星では軌道共鳴の関係にあると思われる惑星系がいくつか見つかっています。しかしそれは、発見されている全ての惑星系全体の約1%という非常に珍しい存在です。
※1…海王星と冥王星の公転周期は3:2軌道共鳴の関係ですが、冥王星は2006年に定められた惑星の定義により準惑星に再分類されています。また、地球と金星の公転周期の比は13:8で一見すると軌道共鳴関係であるように思えますが、公転周期に関する他の力学的な要素は軌道共鳴の関係であることを示しておらず、偶然の一致であると考えられています。
このような軌道共鳴が起きている惑星系は、軌道共鳴から外れた公転軌道が力学的に不安定となるため、そのような公転軌道を持つ惑星は存在できないことになります。特に、軌道共鳴の関係にある惑星が数多く存在するような惑星系は、軌道共鳴の関係になる公転軌道だけに惑星が形成されるという制限が発生し、その後の惑星系の進化でも公転軌道が変化していないと考えることができます。このため、軌道共鳴の関係にある亜海王星を見つけることが、その形成過程を解く重要な手掛かりになると考えられます。
■「HD 110067」の惑星は軌道共鳴の関係にある?Luque氏を筆頭著者とする国際研究チームは、NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙望遠鏡「TESS(トランジット系外惑星探索衛星)」によって観測された、地球から見て「かみのけ座」の方向に約105光年離れた位置にあるK型主系列星「HD 110067」に注目し、、研究と追加観測を行いました。TESSは恒星の手前を惑星が横切るトランジット(通過)によって、恒星の明るさがわずかに減光する現象を観測します。減光度合いは惑星の直径に対応しており、同じような明るさの減少を示す現象が複数回観測されれば、それは惑星の公転周期に対応します。
HD 110067はTESSによって2020年と2022年にそれぞれ約27日間観測されており、今回の研究以前の観測データの分析で公転周期約9.11日の「HD 110067 b」と、約13.67日の「HD 110067 c」が見つかっています。一方で、この2つ以外の惑星によるものとみられる恒星の減光も観測されていたものの、それらを惑星であると特定するには情報が不足していました。
まず、いくつかの減光のうち、2020年と2022年の観測期間に1回ずつ観測され、減光度合いが類似しているペアの観測データが2種類あります。しかし、これらの観測データの間には約2年間の空白期間があるため、正確な公転周期は不明です。この空白期間については、ESA(欧州宇宙機関)とSSO(スイス宇宙局)の宇宙望遠鏡「CHEOPS」の観測データを分析することで、ペアの観測データの1種類については、公転周期が約20.52日の「HD 110067 d」であると特定されました。
これら3つの惑星は、隣り合う惑星の公転周期の比がそれぞれ3:2であり、軌道共鳴の関係にあると推定されます。3つの惑星が軌道共鳴の関係にあるということは、他の惑星も軌道共鳴の関係にある可能性があることを示しています。HD 110067の観測データからは他の惑星によるものかもしれない減光も見つかっているため、そのような可能性は十分にあります。
■新たな惑星を発見し、6つとも軌道共鳴の関係にあることが判明!研究チームはまず、軌道共鳴の関係性から、HD 110067 dとの公転周期の比が3:2となる、公転周期が約30.79日の惑星の同定を行いました。TESSによる2020年と2022年の観測データにはペアの観測データがもう1種類あるため、これがその惑星ではないかと仮定して分析を行いました。いくつかの力学的な条件を満たすことから、この観測データは公転周期約30.79日の惑星「HD 110067 e」と同定されました。
一方で、TESSの観測データにはこれら4つの惑星のいずれにも当てはまらない観測データがまだいくつか存在しています。これらの観測データは、2つの惑星がさらに未発見で眠っている可能性を示していますが、それぞれの惑星候補は2022年に1回ずつしか観測されていないため、これだけでは公転周期を同定することは不可能です。そのため、研究チームは公転周期の候補となる50通りの値の中から絞り込みを行い、それぞれ隣り合う惑星同士の公転周期の比が4:3となる約41.06日と約54.77日であると推定しました。
次に、観測データが惑星によるものであることを証明するため、2つの候補のうちの1つである公転周期約41.06日の惑星候補について、2022年5月23日から24日にかけて世界中の様々な天文台が観測を行いました。観測は、MuSCATチーム (※2) の2つの観測装置(MuSCAT2とMuSCAT3)、LCO(ラス・カンパナス天文台)、NGTS(次世代トランジットサーベイ)、Tierras、SAINT-EXが協力して同時に観測を行いました。これらの観測データを合わせた結果、惑星のトランジットが観測され、「HD 110067 f」の同定に成功しました。
※2…MuSCATチームは、日本・岡山県の188cm望遠鏡(MuSCAT1)、スペイン・テネリフェ島の1.52m望遠鏡(MuSCAT2)、アメリカ・マウイ島の2m望遠鏡(MuSCAT3)、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の2m望遠鏡(MuSCAT4)にそれぞれ設置された観測装置「MuSCATシリーズ」を使用して研究を行うチームです。
残された最後の1つの観測データである、公転周期約54.77日の惑星候補については、2020年のTESSの観測データを解析することで同定が行われました。2020年の観測データには、月や地球の散乱光によってデータに多くのノイズが含まれている期間があります。こうした期間のデータでは恒星の光の強さが不明瞭になってしまうため、通常は分析を行いません。研究チームはそのようなノイズの多い観測データを分析し、予測された公転周期の約54.77日に一致する減光のデータがあるかどうかを調査しました。結果、予測された通りの減光を示すデータが見つかったため、6つ目の惑星である「HD 110067 g」の同定にも成功しました。また、先述のHD 110067 fと一致する減光のデータも見つかりました。
これらの結果から、研究チームはHD 110067には6つの惑星があること、それらが全て軌道共鳴の関係にあることを証明しました。6つの惑星は最も内側と外側で6:1の関係、また内側から順に54:36:24:16:12:9の軌道共鳴の関係にあることになります。
■HD 110067は惑星科学における “化石”3つ以上の惑星が軌道共鳴の関係にある惑星系には、例えばTOI-178やTRAPPIST-1などがあります。しかし、これらの惑星系は研究において理想的ではない部分もあります。TOI-178は少なくとも1つの惑星が軌道共鳴から外れており、重力相互作用で軌道を変更させられた可能性を示唆しています。また、TRAPPIST-1は真の軌道共鳴の関係にはなく、偶然軌道共鳴をしているように見えるだけであるという研究もあります。
これに対し、HD 110067の6つの惑星は真の軌道共鳴の関係にあり、約81億年前に惑星系が形成されてから公転軌道が変化していないと考えられています。つまり、HD 110067の惑星は現在の公転軌道と誕生時の公転軌道が一致するため、惑星の形成をシミュレーションする際に大きな制約が生まれることになります。
HD 110067の6つの惑星は、それぞれ地球と比較して、直径が1.940~2.852倍、質量は3.9~8.52倍であると測定されています (※3) 。この数値から、いずれの惑星も亜海王星の性質を満たしており、おそらくは水素に富んだ豊富な大気を持つのではないかと考えられています。さらに、HD 110067は地球に近いため、5つ以上の惑星が恒星の手前を通過する恒星の中では最も明るいものとなっています。惑星の大気を通過した恒星の光を分析できれば、惑星の大気組成のような物理的性質の解明に役立つため、この点も重要です。
※3…質量のうち、3つは上限値のみが判明しています。詳しくは図6を参照。
研究チームに所属するMaximilian N. Günther氏はこの発見の重要性を「惑星系の形成と進化を研究するための化石のようなものだ」と喩えています。この発言が示すように、HD 110067の惑星系の発見は、これからの観測によってさらに重要性が増すことが期待されます。
■注釈: 亜海王星の定義岩石惑星の代表である地球と、巨大氷惑星の代表である海王星の間にあたる直径や質量を持つと考えられる惑星に関しては、「亜海王星(Sub-Neptune、サブ・ネプチューン)」の他に「ミニ・ネプチューン(Mini-Neptune)」や「スーパー・アース(Super Earth)」という語が使用されます。これらの言葉は直径や質量に関する厳密な定義が存在せず、文献によって定義が異なることもあります。また、亜海王星とミニ・ネプチューンにはほとんど差がありませんが、どちらかに統一された語でもありません。今回の記事での亜海王星という表現は原著論文に従っています。
あくまでもおおよその目安ですが、スーパー・アースという語は地球寄り、亜海王星やミニ・ネプチューンは海王星寄りな語なため、スーパー・アースは亜海王星やミニ・ネプチューンよりも小さな惑星に使用される傾向にあります。また、ケプラー宇宙望遠鏡の初期観測の結果をまとめた2011年の論文では、地球半径の1.25~2倍までをスーパー・アースサイズ、2倍から6倍までを海王星サイズと定義したことから、スーパー・アースと亜海王星やミニ・ネプチューンを地球半径の2倍で区切っている文献も多くあります。
Source
R. Luque, et al. “A resonant sextuplet of sub-Neptunes transiting the bright star HD 110067”. (Nature) (arXiv) “【研究成果】共鳴し合う6つ子の惑星を発見――全ての隣り合う惑星の公転周期が尽数関係を持つ惑星系HD 110067――” 東京大学. “ESA’s Cheops helps unlock rare six-planet system”. (ESA) Daniel Clery. “Astronomers stunned by six-planet system frozen in time”. (Science) William J. Borucki, et al. “Characteristics of planetary candidates observed by Kepler, II: Analysis of the first four months of data”. (The Astrophysical Journal) Edwin S. Kite, et al. “Superabundance of Exoplanet Sub-Neptunes Explained by Fugacity Crisis”. (The Astrophysical Journal Letters)文/彩恵りり
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