アミノ酸は秒速約4.2kmで衝突しても無事 氷天体のプルーム分析への基礎的な研究
sorae.jp / 2023年12月18日 21時2分
土星の衛星「エンケラドゥス」のプルームに有機物が含まれていることが検出されて以降、氷天体の下には広大な海があり、そこに生命がいるのかもしれない可能性が真剣に検討されています。しかし、プルームの噴出速度は約400m/sと高いため、生命活動によって発生するバイオシグネチャー分子が検出時に変質してしまう可能性が指摘されていました。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のSally E. Burke氏などの研究チームは、エンケラドゥスのプルームを再現した、アミノ酸を含む氷の粒を加速して衝突させる実験を行いました。その結果、最速で4.2km/sでもアミノ酸はほとんど変質しないことが明らかにされました。今回の研究は、将来的な氷天体の探査ミッションでバイオシグネチャー分子を検出するための基礎的な研究となりそうです。
![【▲図1: エンケラドゥスの南極地域から噴出する水のプルーム。 (Image Credit: NASA, JPL-Caltech & Space Science Institute) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/12/2023-12-15-Detection-of-intact-amino-acids-01.jpg)
【▲図1: エンケラドゥスの南極地域から噴出する水のプルーム(Credit: NASA, JPL-Caltech & Space Science Institute)】
■プルームの物質は高速の噴出で変質する?主に氷でできた天体の一部には、潮汐力によって内部が加熱され、氷が融けて広大な海が形成されているという予測があります。例えば土星の衛星「エンケラドゥス」には、南極地域から宇宙空間へと吹き出すプルームが観測されており、氷の下に海が存在することはほぼ確実視されています。
潮汐力による熱で地質活動が活発であり、かつ長期間維持された海があるとすると、地球の深海にある熱水噴出孔の周りのように、豊かな生態系が存在する可能性があります。エンケラドゥスのプルームはNASA(アメリカ航空宇宙局)とESA(欧州宇宙機関)が打ち上げた土星探査機「カッシーニ」によって分析され、氷の中に有機物や塩分など、生命に重要な成分が含まれていることが判明しました。特に有機物については、生命活動に伴って生成されているかもしれないことから、重要な「バイオシグネチャー分子」として注目されています。
ただし、プルームの噴出速度は約400m/sであり、有機物を含んだ氷は探査機の検出器に高速で衝突します。探査機に搭載される分析装置は、高速の衝突で発生するエネルギーによって分子を蒸発させて分析するような仕組みですが、この衝突が分子を変質させるかどうかはよくわかっていません。この変質が、実際には存在しないバイオシグネチャー分子を偶然生み出してしまう可能性や、逆に含まれているべきバイオシグネチャー分子を検出させなくしてしまう可能性もあるため、この点は重要です。
■アミノ酸は高速の衝突にも耐えることが判明![【▲図2: 実験装置の概略図。高速で飛ばされた氷の粒子はターゲットに衝突し、その場で分子構造が分析されます。 (Image Credit: Sally E. Burke, et al.) 】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2023/12/2023-12-15-Detection-of-intact-amino-acids-02.jpg)
【▲図2: 実験装置の概略図。高速で飛ばされた氷の粒子はターゲットに衝突し、その場で分子構造が分析されます(Credit: Sally E. Burke, et al.)】
Burke氏らの研究チームは、プルームで起こる分子の変質を調べるため、独自の実験装置で分析を行いました。Burke氏らの装置は、数十万分の1m以下の氷の粒子を1つずつ高速で飛ばし、氷に含まれる分子を分析できる、世界で唯一の装置です。Burke氏らは、アミノ酸(ヒスチジン、アルギニン、リジン)を様々な濃度で含ませた氷を金属に衝突させ、成分がどのように変化するのかを調べました。また、生命を維持するのに重要な物質であり、エンケラドゥスのプルームにも検出されている塩化ナトリウムが含まれる場合に分析値がどうなるのかを検討しました。
その結果、最高4.2km/sの速度で氷の粒を衝突させても、アミノ酸分子はほとんど変化していないことが分かりました。一方で塩化ナトリウムが含まれていると、アミノ酸の1つのヒスチジンが検出されにくくなることが観測されました。この結果は、将来計画される探査機がプルームを分析した際に、バイオシグネチャー分子を正確に定量する上で役立つ可能性があります。
一方で今回の分析では、アミノ酸分子が完全に変質してしまう限界速度を算出することはできませんでした。アミノ酸分子の分析感度が高いのは約3km/sより速い速度で衝突させた場合であるため、分子の変質に関する条件面を探ることは重要です。研究チームは今後も研究を進め、より幅広い環境での分子の変質を探る予定です。
Source
Sally E. Burke, et al. “Detection of intact amino acids with a hypervelocity ice grain impact mass spectrometer”. (Proceedings of the National Academy of Sciences) Michelle Franklin. “Can Signs of Life be Detected from Saturn’s Frigid Moon?”. (University of California San Diego)文/彩恵りり
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