「エンケラドゥス」のプルームからアミノ酸の源となる分子「シアン化水素」を検出
sorae.jp / 2024年1月5日 22時0分
土星の衛星「エンケラドゥス」のプルームに含まれる物質は、NASA(アメリカ航空宇宙局)の土星探査機「カッシーニ」によって分析されており、その中には生命との関連が指摘されている炭素化合物がいくつか見つかっています。一方で、プルームを分析した機器の1つである「INMS(イオン・中性質量分析器)」のデータから推定される分子の種類の組み合わせは無数にあるため、これまでの研究では議論の余地が少ないいくつかの物質が同定されているのみでした。
JPL(ジェット推進研究所)のJonah S. Peter氏、Tom A. Nordheim氏、およびKevin P. Hand氏の研究チームは、INMSのデータを分析し、無数に考えられる分子の組み合わせの中から最も妥当と思われるものを決定しました。今回の研究で一番注目されるのは、アミノ酸の源として重視されている「シアン化水素」を発見したことです。他に発見された多種多様な分子の存在も合わせると、エンケラドゥスの氷の下の環境は極めてエネルギッシュであり、生命誕生の環境条件が存在する可能性は一段と高まったことになります。
【▲図: 今回の研究で検出されたプルーム中の分子の例(Credit: Jonah S. Peter, Tom A. Nordheim & Kevin P. Hand.)】 ■「エンケラドゥス」のプルームには未同定の物質が含まれている土星の衛星「エンケラドゥス」は、表面全体が氷で覆われた低温の天体ですが、南極付近に間欠泉があり、水のプルームが噴き出しているのが観測されています。この活発な表面活動から、エンケラドゥスは土星や他の衛星の重力の影響で潮汐力を受けて地質活動が活発化し、氷の下に海と火山活動があるのではないかと考えられています。
エンケラドゥスのプルームはNASAの土星探査機「カッシーニ」によって分析され、水の中に二酸化炭素、メタン、アンモニア、水素が含まれていることが判明しています。これらはエンケラドゥスの氷の下に火山活動がある証拠ではないかと見られています。
また、プルームには塩化ナトリウムやリン化合物の他、多種多様な炭素化合物が含まれていることが示唆されています。これらが生命活動に直接関連しているかは不明ですが、生命が誕生・生息しやすい環境があるのではないかという希望を持たせる発見です。
しかし、カッシーニの観測機器の1つ「INMS」のデータについては、これまで同定されていない無数の分子があることが分かっています。INMSのデータから推定される分子の種類と組み合わせは無数にあり、候補となる物質が複数存在していました。INMSのデータから実際にプルームに含まれている分子を同定するには、いくつかの候補を仮定してデータ分析をする必要がありますが、その候補が数多くありすぎるため、これまで同定する作業が進んでいませんでした。
■プルームから「シアン化水素」など多数の分子を検出JPLのPeter氏、Nordheim氏、Hand氏はINMSのデータを分析し、正体不明の分子の同定を試みました。データを分析するに当たっては、含まれていると思われる候補の分子を仮定するだけでなく、その候補が含まれていないと仮定した場合も考慮されました。候補分子が含まれていると仮定した場合の分析結果と比べて、候補分子が含まれていないと仮定した場合の分析結果が良くない場合、候補分子は実際に存在する可能性が高まるからです。
3氏は分析の結果、いくつかの分子が含まれている可能性が極めて高いことを突き止めました。今回の研究で新たに発見された分子の中で特に注目されるのは「シアン化水素」です。シアン化水素は窒素を含む単純な炭素化合物であり、同じく窒素が重要な構成部品となるアミノ酸の素となると考えられています。地球やその他の天体における生命誕生の研究において、シアン化水素はアミノ酸の生成過程でほぼ必ずと言っていいほど現れる分子です。生命の存在が議論されているエンケラドゥスにおいて、シアン化水素の発見は極めて重要です。
今回の分析では、その他にアセチレン、プロピレン、エタンなど、いくつかの有機化合物が同定されました。また、同定精度は低くなるものの、ブタノールと思われる大きな分子の有機化合物や、アルゴン40、硫化水素、ホスフィンなど、地質活動に関連しているいくつかの分子も見つかりました。
エンケラドゥスのプルームに関する分析初期の段階では、二酸化炭素・メタン・水素の組み合わせが見つかったことが注目されていました。これらの分子は、海底の熱水噴出孔のような、化学エネルギーを大量かつ継続的に与える環境が整っていることを示唆するためです。
しかし、今回3氏の研究で示された多種多様な化合物の存在は、エンケラドゥスの化学エネルギー供給源はこれまでの推定よりもずっと活発であることを示しています。エンケラドゥスの生命の存在を考える上では、これは朗報とも言える発見です。
Source
Jonah S. Peter, Tom A. Nordheim & Kevin P. Hand. “Detection of HCN and diverse redox chemistry in the plume of Enceladus”. (Nature Astronomy) (arXiv) Gretchen McCartney, Karen Fox & Alana Johnson. “NASA Study Finds Life-Sparking Energy Source and Molecule at Enceladus”. (Jet Propulsion Laboratory)文/彩恵りり
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