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タイタンの「魔法の島」は有機化合物の “軽石” が原因?

sorae.jp / 2024年1月19日 20時2分

土星の衛星「タイタン」の表面には広大な液体メタンの湖があります。湖には幾つかの島がありますが、中には一時的に観測された後に消えてしまう「魔法の島(Magic Islands)」も見つかっています。魔法の島がどのように出現するのかはこれまでのところ不明でした。

テキサス大学サンアントニオ校のXinting Yu氏などの研究チームは、有機物の多孔質な塊がメタンの湖に浮かぶ条件を探索し、魔法の島として観測される条件を満たしていることを示しました。これは地球の海において一時的に出現し、最終的に沈んで消えてしまう軽石でできた幻の島と似ています。

【▲図1: タイタンのリゲイア海で観測された “魔法の島” 。右上にある恒久的な地形と違い、一時的に出現したように見えますが、その出現理由はこれまで不明でした。 (Image Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI & Cornell) 】【▲図1: タイタンのリゲイア海で観測された “魔法の島” 。右上にある恒久的な地形と違い、一時的に出現したように見えますが、その出現理由はこれまで不明でした(Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI & Cornell)】 ■タイタンの湖の “魔法の島”

土星の衛星「タイタン」は、天体の表面を液体が覆っていることが観測されている地球以外で唯一の天体です。分厚い大気に加えて気象や季節の変化もあることから、タイタンはある意味で地球と似通っている天体と言えます。ただし、タイタンの平均気温はマイナス180℃と低く、表面の液体は水ではなくメタンを主体とした有機化合物です。

【▲図2: レーダー観測に基づき作成された地図。タイタンの地図。大小さまざまなメタンの湖 (青色) があります。 (Image Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI, USGS & T. Cornet (ESA) 】【▲図2: レーダー観測に基づき作成された地図。タイタンの地図。大小さまざまなメタンの湖 (青色) があります(Credit: NASA, JPL-Caltech, ASI, USGS & T. Cornet (ESA))】

タイタンの表面は一部が地図化されています。そこには日本列島の総面積より広いクラーケン海を始めとした大小さまざまな湖があり、いくつかの湖には島が見つかっています。これらの島は恒久的に存在する本物の島である場合もあれば、数時間から数週間だけ出現した後に消えてしまう島もあります。一時的に存在する島のような構造は、地球においては「幻島」や「疑存島」と呼ばれますが、タイタンにおいては「魔法の島(Magic Islands)」と呼ばれています。

タイタンの地形はレーダーでのみ観測されているため、魔法の島の正体については “電波を反射しやすいもの” という以上のことは分かっていません。これまでの予測では「湖の波による反射」「湖に浮かんでいる有機化合物の塊」「湖水の中の有機化合物による濁り」「窒素ガスによる気泡」といった説が提唱されていました。

■魔法の島の正体は有機化合物の “軽石” 【▲図3: タイタンの環境で生成される有機化合物の種類と、それがどのような物性を持つのかをまとめた図。 (Image Credit: Xinting Yu, et al.) 】【▲図3: タイタンの環境で生成される有機化合物の種類と、それがどのような物性を持つのかをまとめた図(Credit: Xinting Yu, et al.)】

Yu氏らは、タイタンの魔法の島がメタンの湖に浮かぶ固体の有機化合物ではないかと考え、タイタンの低温環境で生成される固体の有機化合物の種類や形状がメタンの湖に浮かぶものかどうかを調査しました。

まず、単純な計算では、どのような種類の有機化合物もメタンの湖に沈んでしまうことが分かりました。有機化合物の固体はどれも液体のメタンよりも高密度であり、そのうえメタンは表面張力が低いためです。一方で、メタンにはすでに大量の有機化合物が溶け込んでいるため、メタンの湖に接触した有機化合物が溶けて消えることはないことも明らかにされました。

そこでYu氏らは、有機化合物の塊が密度の低いスポンジのような多孔質構造になっている可能性について検討しました。そのままでは沈んでしまう有機化合物の塊も、内部に空隙が多ければ密度が低下するのでメタンの湖に浮かぶ可能性があります。多孔質な材料で発生する毛細管現象は表面張力を増大させるため、追加の浮遊力を与えます。さらに、一度は湖に浮かんだ塊も時間が経てば空隙にメタンが染み込むことで密度が増加して沈んでしまうため、魔法の島が一時的な存在であることの説明になります。

【▲図4: 2021年の福徳岡ノ場の噴火で発生した軽石が海面を埋め尽くしている様子。このような軽石いかだは、まるで島のようにも見えます。今回の研究では、タイタンの魔法の島は有機化合物の “軽石” でできていると予測されました。 (Image Credit: 海上保安庁) 】【▲図4: 2021年の福徳岡ノ場の噴火で発生した軽石が海面を埋め尽くしている様子。このような軽石いかだは、まるで島のようにも見えます。今回の研究では、タイタンの魔法の島は有機化合物の “軽石” でできていると予測されました(Credit: 海上保安庁)】

こうした特徴は地球における軽石とそっくりです。軽石は組成だけで単純計算すれば海水よりも高密度なので、海水に浮かぶとは考えられません。しかし、実際には空隙によって密度が低下しているため、海水に浮かぶことができます。2021年に発生した福徳岡ノ場の噴火のように、大規模に放出された軽石が形成した軽石いかだはまるで島のように見えます。そして、軽石は時間が経つにつれて徐々に海水を吸って沈んでしまいます。

Yu氏らは計算の結果、空隙率が25~60%で直径が数ミリメートル以上の場合、有機化合物の “軽石” がメタンの湖に十分な時間だけ浮くことが可能であると示しました。また、この軽石は地表で形成された可能性があります。最初は雪のように小さく複雑な形状の塊として地表に降り積もった有機化合物は、多孔質な塊を形成します。やがて自重によって氷河のように流れ出すと、湖畔の塊が湖面に張り出し、波や潮汐活動によって割れて浮遊する氷山のようになるでしょう。これは、魔法の島の寿命が数時間から数週間であることと一致します。

■今回の研究はタイタンの別の謎も解決する?

タイタンの環境は短時間での変化に富むユニークな性質を持つと同時に、地球から遠く離れているために観測が困難で、未だに多くの謎があります。メタンの湖に出現する魔法の島は、その一例に過ぎません。

タイタンにまつわる他の謎として、湖の湖面が非常に滑らかであるという謎があります。地球と比べるとずっと小さいものの、タイタンの湖にはわずかながら波や潮汐活動があると予測されています。しかし、レーダー観測では予想よりも小さな変化しか計測できていません。Yu氏らは、メタンの湖に有機化合物の薄い “氷” が張っていることがその理由であると指摘しており、魔法の島の形成プロセスと似ていることから、関連している現象ではないかと考えています。

 

Source

Xinting Yu, et al. “The Fate of Simple Organics on Titan's Surface: A Theoretical Perspective”. (Geophysical Research Letters) Liza Lester. “Titan's “magic islands” likely honeycombed hydrocarbon icebergs”. (American Geophysical Union)

文/彩恵りり

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