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火星でメタンを測るには日の出の直前が最適? メタン濃度の変化をモデル計算で予測

sorae.jp / 2024年2月12日 21時28分

火星の大気にはわずかながら「メタン」が含まれています。メタンは自然現象だけでなく生命活動によっても放出されるため、その起源が注目されています。しかし、火星のメタンには多くの謎があります。その1つが、激しい濃度変化を示唆する測定結果です。

ロスアラモス国立研究所のJohn P. Ortiz氏などの研究チームは、火星のメタン濃度は大気構造の変化によって1日以内の短時間でも変動すると考え、計算を行いました。比較的簡易なモデリングではあるものの、その結果はこれまでの測定結果を裏付けるものでした。もしもこの研究内容が正しい場合、日の出の直前にメタン濃度の激しい上昇が予測されるため、Ortiz氏らはこの時間帯に計測が行われることを期待しています。

【▲図1: NASA (アメリカ航空宇宙局) の火星探査車「キュリオシティ (マーズ・サイエンス・ラボラトリー)」(Image Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS) 】【▲図1: NASA (アメリカ航空宇宙局) の火星探査車「キュリオシティ (マーズ・サイエンス・ラボラトリー)」(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)】 ■火星の「メタン」には謎が多い

単純な炭化水素である「メタン」は、火山活動や岩石の成分変化などの自然現象によって放出されています。一方で、メタンは微生物が代謝を行うことでも放出されることが知られています。地球においては、自然現象によって発生するメタンよりも生物活動に由来するメタンの方が多く放出されています。

火星の大気にも、体積にして約24億分の1という極めてわずかな割合ですが、メタンが含まれています。火山活動に関連して放出される他の分子が見つからないことを合わせると、メタンの存在は火星に独自の生命が存在していて、現在でも活動しているかもしれないという予備的な証拠となります。ただし、現在火星にある、または将来予定されている探査機の計測装置では同位体比の測定のようなより確度の高い証拠は評価できず、今のところ生命の存在を決定することはできません。

【▲図2: 火星のメタンが自然現象と生命活動のどちらで生じているのかは分かっていませんが、いずれにしても地下に発生源があると考えられています。メタンは地下の割れ目や断層を通じて地表へと漏れ出てきます。 (Image Credit: John P. Ortiz, et al.) 】【▲図2: 火星のメタンが自然現象と生命活動のどちらで生じているのかは分かっていませんが、いずれにしても地下に発生源があると考えられています。メタンは地下の割れ目や断層を通じて地表へと漏れ出てきます(Credit: John P. Ortiz, et al.)】

このため当面は、現時点で利用可能なデータからメタンの発生源や起源を推定する研究が行われています。どのような原因で生じているにしても、メタンは地下に発生源があると考えられていますが、それ以上の詳細はよくわかっておらず、多くの謎を抱えています。

謎の1つは、火星大気のメタン濃度が激しく変動することです。火星大気中でのメタンの寿命は約330年であると考えられているため、例え発生源が局所的だったとしても、火星全体に拡散することができます。しかし、実際のメタンの濃度は火星の北半球が夏の終わりを迎える頃に最大になることが分かっています。これはNASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査車「キュリオシティ(マーズ・サイエンス・ラボラトリー)」によって継続的に測定されたデータに基づくものですが、その理由は不明です。

また、季節と連動した長期的な変化以外にも1日以内の短時間で変化する可能性もあることが分かっています。先述の通りキュリオシティは火星大気中のメタンを見つけたものの、ESA(欧州宇宙機関)とロスコスモスの火星探査機「TGO(トレース・ガス・オービター)」は、高高度大気中でのメタンの検出に失敗しています。

この違いは、TGOが昼間に計測を行うのに対し、キュリオシティは主に夜間に計測を行うためであると推定されています。実際、キュリオシティも昼間に測定を行った際にはメタンの検出に失敗しています。こうした大気中のメタン濃度の変化は、安定なメタン分子を効率的に破壊する未知のプロセスか、もしくはメタンを吸収する何らかのプロセスがあることを示唆しますが、これまでよくわかっていませんでした。

関連記事: 火星のメタンに関する謎の1つが解明に近づく NASAが発表 (2021年7月10日)

■火星大気の気圧変化と循環でメタン濃度の変化を説明できる?

Ortiz氏らの研究チームは、メタン濃度の変化の理由は火星大気の気圧変化と循環にあると考え、そのことを検証するためのモデルを作成しました。Ortiz氏らは、メタンは火星の地下、それも地表付近ではなくかなり深いところに発生源があり、亀裂を通じて大気中へ放出されると考えて、継続した研究を行っています。

【▲図3: 気圧ポンピングによるメタンの移動のメカニズム。地下にあるメタンは気圧が低い時には割れ目を通じて上昇し、気圧が高い時には押し戻されます。ただしメタンの一部は岩石の微細な隙間に吸着されてそれ以上地下に行かなくなるため、地下に押し戻される量よりも地表へ上昇する量の方が多くなります。 (Image Credit: John P. Ortiz, et al.) 】【▲図3: 気圧ポンピングによるメタンの移動のメカニズム。地下にあるメタンは気圧が低い時には割れ目を通じて上昇し、気圧が高い時には押し戻されます。ただしメタンの一部は岩石の微細な隙間に吸着されてそれ以上地下に行かなくなるため、地下に押し戻される量よりも地表へ上昇する量の方が多くなります(Credit: John P. Ortiz, et al.)】

Ortiz氏らは、火星のメタン濃度の変化を次のように推定しています。気圧が低くなると、地下のメタンは亀裂を通じて上昇してきます。一方、気圧が高くなるとメタンは亀裂を通じて地下へと押し戻されますが、その一部は岩石やレゴリスの微細な隙間に吸着されるため、全てが地下へと戻るわけではありません。この出入りの差により、地下奥深くにあるメタンは地下から大気中へと放出されます。このプロセスは「気圧ポンピング(Barometric Pumping)」と呼ばれます。

また、大気中へと放出されたメタンの挙動も気圧の変化で説明できます。メタンは気圧が低くなると地表から上空へと上昇し、気圧が高くなると上空から地表へと下降します。上空は地表よりも体積が大きいため、上昇したメタンの濃度は相対的に薄くなります。

火星の大気は地球よりも安定しているため、気圧変化の原因は昼間と夜間の気温差であることがほとんどです。昼間は気圧が低くなって上昇気流が発生し、メタンは上空へと拡散し濃度が低下します。これが、TGOやキュリオシティが昼間にメタンの検出に失敗した理由となります。一方、夜間は気圧が高くなって下降気流が発生し、メタンは地表に溜まりやすくなります。これが、キュリオシティが夜間にメタンを検出した理由になります。

一方で、季節による変動は気圧の変化に加えて大気循環の変化や気温の変化も関係していると推定されます。火星の大気循環モデルは完全に理解されているわけではありませんが、夏と冬では地表と接する循環の厚さ (大気境界層) が変化すると予測されます。また、気温が高いと岩石やレゴリスに吸着したメタンが逃げやすくなります。これらを合わせると、夏のメタン濃度は冬と比べて高くなります。北半球の夏に最大濃度を記録するのは、北半球と南半球で発生源に偏りがあるためと考えられます。

■推定を検証する適切な計測タイミングを推定 【▲図4: 今回のモデルで推定された、季節ごとのメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夏の濃度上昇と、秋の穏やかな低下を予測し、計測値を説明できています。 (Image Credit: John P. Ortiz, et al.) 】【▲図4: 今回のモデルで推定された、季節ごとのメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夏の濃度上昇と、秋の穏やかな低下を予測し、計測値を説明できています(Credit: John P. Ortiz, et al.)】 【▲図5: 今回のモデルで推定された、1日のメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夜間に濃度が高く、昼間に濃度が低いことを予測し、計測値を説明できています。 (Image Credit: John P. Ortiz, et al.) 】【▲図5: 今回のモデルで推定された、1日のメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夜間に濃度が高く、昼間に濃度が低いことを予測し、計測値を説明できています(Credit: John P. Ortiz, et al.)】

Ortiz氏らは、簡単な1次元モデルを作成し、測定されたメタン濃度を説明可能かどうかを検証しました。その結果、かなり簡単なモデルながらも、1日以内の変化と季節による変化について、両方とも良く説明することができました。

一方、今回の研究ではモデルで計算されたメタン濃度と実際の測定値に大きなズレが生じる時間的タイミングもありました。これはモデルが簡単過ぎて再現ができていないだけであるという可能性もありますが、現在利用可能な計測データからは推定できない他の可能性も排除できません。

メタン濃度を測定可能であり、かつ長期的にデータが計測されているキュリオシティは、すでに運用開始から10年以上が経過しており、まもなく寿命を迎えるかもしれません。キュリオシティの気体成分計測装置は機械的負荷と電力負荷の両方が大きいため、負荷を抑えるためには計測回数を最小限にする必要がありそうです。

Ortiz氏らは、大気中のメタン濃度の変化が気圧や大気循環によって起きるとした場合、特徴的なメタン濃度の変化があると推定しています。今回のモデルでは、日の出の直前に当たる朝の4時から7時にかけて、メタン濃度の急激な上昇が生じることが推定されました。この変化は特に、北半球の夏に顕著であると推定されます。このため、この時期に絞ってメタン濃度の計測を行うことで、今回の研究結果が正しいかどうかを検証することができます。

Ortiz氏らが今回の研究論文を書いていた時、ちょうど火星の北半球が夏を迎えていました。今はその時期を過ぎており、秋は緩やかにメタン濃度が減少します。もしもOrtiz氏らが提案するような計測が行われる場合、適切なタイミングはこれから検討されるでしょう。

 

Source

J. P. Ortiz, et al. “Sub-Diurnal Methane Variations on Mars Driven by Barometric Pumping and Planetary Boundary Layer Evolution”. (Journal of Geophysical Research: Planets) J. P. Ortiz, et al. “Barometric Pumping Through Fractured Rock: A Mechanism for Venting Deep Methane to Mars' Atmosphere”. (Geophysical Research Letters) D. Viúdez-Moreiras, et al. “Advective Fluxes in the Martian Regolith as a Mechanism Driving Methane and Other Trace Gas Emissions to the Atmosphere”. (Geophysical Research Letters) Nick Njegomir. “Atmospheric pressure changes could be driving Mars’ elusive methane pulses”. (Los Alamos National Laboratory) Lisa Ercolano. “Study Predicts Best Times for Rover to Sample Mars Methane in Search for Life”. (Johns Hopkins Whiting School of Engineering)

文/彩恵りり

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