光の吸収率99.4%! 宇宙でも使える頑丈な超黒色膜を開発
sorae.jp / 2024年4月1日 21時0分
望遠鏡やカメラのような光学機器では、光を反射や屈折させるだけでなく、不要な光を遮断することも重要です。光を99%以上吸収する黒色物質はいくつか開発されていますが、非常にもろい構造をしているなどの理由で、過酷な宇宙空間での使用に耐えられるか疑問視されていました。
上海理工大学のJianfei Jin氏などの研究チームは、非常に頑丈な超黒色膜(ウルトラブラックフィルム)を開発しました。これは炭化チタンアルミニウムと二酸化ケイ素を交互に重ねたもので、紫外線から近赤外線までの幅広い波長の光を平均99.4%吸収します (※)。また、これまでの黒色物質と違い、熱や摩擦といった物理的なダメージに強く、ほとんど吸収率が低下しません。これらの性質から、この超黒色膜は宇宙のような過酷な環境でも使用できる可能性があります。
※…平均吸収率について、論文では99.4%となっている一方、プレスリリースでは99.3%となっています。本記事では論文の数値を引用しています。
【▲ 図1: 新しく開発された超黒色膜は、角や曲面などの複雑な形状の表面にもコーティングすることができます(Credit: Jianfei Jin, et al.)】 ■とても黒い物質は繊細で使いにくい望遠鏡やカメラのような光学機器で重要な部品と言えば、真っ先に思い浮かぶのは反射鏡やレンズなどの光が直接当たる部分でしょう。しかし、暗い光も捉えて鮮明な画像を得るには、余計な光が撮像素子(イメージセンサー)に当たらないことも重要です。
不要な光を遮断するには、本体内部で光を吸収するための黒色物質が必要となります。身近なところにある黒い色をした物質は、入射した光を約96~98%を吸収します。しかし、高性能な光学機器で使用される黒色物質には99%以上の吸収率が求められます。この10年ほどの間に次々と開発された超黒色物質 (スーパーブラック又はウルトラブラックとも呼ばれる) では、最大で99.9%以上の吸収率が実現されています。
このような超黒色物質は、表面構造が極めて複雑です。いくら黒い物質と言っても、1回の入射では全ての光を吸収しきれずに一部が反射されます。表面で何度も屈折や反射を繰り返させることで光が吸収される回数を増やし、結果的に入射した光のほとんどを吸収するという設計をしているため、表面の構造が複雑になるのです。
この設計思想の下で開発された超黒色物質は、垂直に配列したカーボンナノチューブ、剣山のように無数の針が並んだケイ素 (シリコン) 、屈折率の高い球や格子を配置するなどの工夫をこらすことで、高い光の吸収率を実現しています。しかし、高い吸収率を実現するために繊細な表面構造をしていることから、熱や摩擦などの物理的ダメージに弱く、簡単に壊れてしまいます。また、構造を作るためのコストも高い傾向にあります。
いくつかの超黒色物質は幾分かダメージに強いものの、その代わりに吸収できる光の角度や波長が限られています。また、塗布可能な材料の組成が限定されていたり、角や曲面などの形状によって性能が低下するなど、難点も多くあります。
■極めて頑丈な超黒色膜を開発Jin氏らの研究チームは、原子層堆積法と呼ばれる技術を使用した、新しい超黒色膜の開発に成功しました。原子層堆積法とは、材料の表面に気体を付着させて薄い膜を堆積させる技術です。簡単に言えば、ガラスに息を吹きかけると水が付着して曇る現象と似ています。原子層堆積法では付着後に化学変化が起こるため、気体物質が別の固体物質に変化して固着します。
原子層堆積法は、極めて薄い膜を一定の厚さで作ることができます。この薄膜は平面だけでなく、角や曲面のような複雑な形状の表面にも堆積させることができるという利点があります。また、製造コストが比較的低く、高温に弱い物質にも使えるという利点もあります。
Jin氏らは過去の研究を参考にした上で、超黒色膜をマグネシウム合金に付着させる実験を行いました。マグネシウム合金は軽量かつ頑丈であり、人工衛星などの宇宙分野で多用されています。一方で、塩素化合物などを使う原子層堆積法は化学的な性質から使いにくいという難点もありました。
【▲ 図2: 超黒色膜は、材料の表面に炭化チタンアルミニウムと二酸化ケイ素の薄い層を交互に重ねた構造をしています。マグネシウム合金の表面にコーティングする際には、さらに別の層を間に挟みます(Credit: Jianfei Jin, et al.)】Jin氏らは、マグネシウム合金の表面に超黒色膜とは別の薄膜 (酸化アルミニウムと酸化チタン) を施すことで、従来の原子層堆積法の難点を克服しました。複雑な表面でも性能を損なうことなくコーティングできる原子層堆積法の利点を活かし、この薄膜の上に光を吸収する炭化チタンアルミニウムと、屈折率の低い二酸化ケイ素を交互に重ねることで、超黒色膜を実現したのです。
この超黒色膜は平均の吸収率が99.4%と、一見すると他の超黒色物質と比べてやや低い吸収率であるように思えます。しかし、この平均吸収率は紫外線 (400nm) から近赤外線 (1000nm) までの幅広い光での平均値であり、極めて広い波長でも高い吸収率を実現している点が注目されます。
【▲ 図3: 湿度95±5%、50℃の環境に晒した後 (a / グラフ赤) と、マイナス100℃からプラス100℃への温度変化を100回繰り返した後 (b / グラフ青) の超黒色膜の外観写真。光の吸収率はダメージを与える前からほとんど変化していません(Credit: Jianfei Jin, et al.)】また、テープを貼り付けて剥がす、消しゴムを当てる、マイナス100℃からプラス100℃への温度変化を100回繰り返すなどの物理的なダメージを与えても、剥離する兆候は見られず、99.0%以上の吸収率を維持しました。大きなダメージを与えるには紙やすりでこするような強い摩擦を与える必要があり、極めて頑丈であることが分かります。
■次世代の宇宙望遠鏡に使われる可能性あり今回開発された炭化チタンアルミニウムと二酸化ケイ素の超黒色膜には、マグネシウム合金の表面に塗布することができ、熱の変化に極めて強く、紫外線から近赤外線までの幅広い波長の光を吸収するという特徴があります。
これらの性能は、どれも宇宙望遠鏡への応用が期待されます。宇宙空間は真空で温度変化も激しいため、物理的なダメージに強いことは利点になります。また、幅広い波長の光を吸収できることも、観測データのノイズを防ぐためには大きな利点となります。今回開発された超黒色膜は、次世代の宇宙望遠鏡に使用されるかもしれません。
ただし、紫外線や近赤外線を吸収すると言っても、その性能は可視光線を吸収する場合よりも低下します。このためJin氏らは、これらの波長でも高い吸収率を誇る新しい超黒色膜の開発に取り組むとコメントしています。
Source
Jianfei Jin, et al. “Robust ultrablack film deposited on large-curvature magnesium alloy by atomic layer deposition”. (Journal of Vacuum Science & Technology A) Wendy Beatty. “Ultrablack Coating Could Make Next-Gen Telescopes Even Better”. (AIP Publishing)文/彩恵りり
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