現存する望遠鏡だけで「ホーキング放射」をブラックホールから検出できる日が来るかもしれない
sorae.jp / 2024年6月26日 11時0分
原始ブラックホールの可能性にいち早く気付いただけでなく、ベストセラー『ホーキング、宇宙を語る(原題: A Brief History of Time)』を執筆するなどサイエンスコミュニケーターとしての才覚も発揮したスティーブン・ホーキング氏(1942~2018)。彼が提唱したアイディアのひとつに「ホーキング放射」があります。ホーキング放射は未だに観測されたことはありませんが、フランスのクロード・ベルナール・リヨン第1大学のGiacomo Cacciapaglia氏が率いる研究グループは、現存する望遠鏡を活用してホーキング放射を検出する方法を提案しています。
【▲ 原始ブラックホールのイメージ図(アニメーション画像)。スティーブン・ホーキング氏は原始ブラックホールからもホーキング放射が発生すると提唱した。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)】 ■ブラックホールの“蒸発”をもたらす「ホーキング放射」ブラックホールとは光が脱出できないほど大きな重力をもつ天体のことで、重力と時空の歪みとの関係を示したアインシュタイン方程式の厳密解のひとつである「シュバルツシルト解」からもその存在が示唆されます。
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ホーキング氏によると、ブラックホールの進化や形成に関して、「プランク長(10のマイナス35乗メートル)」よりも“はるかに”大きいスケールの場合には無視できるものの、プランク長よりも短いスケールの場合に考慮しなければならないのが「量子重力効果」だといいます。「ホーキング放射」は重力の量子効果に基づく現象で、内部での黒体に起因する熱放射(黒体放射)とともにブラックホールは自身の質量を失い、0.1秒ほど続く膨大なエネルギーの放射とともに完全に“蒸発”してしまうのだといいます。ホーキング氏はその様子を「爆発(explosion)」と表現しています。
■ホーキング放射に伴う特徴的なガンマ線バーストをシミュレーションで再現ホーキング放射が実際に天体から観測されたことはありません。しかし、Cacciapaglia氏らの研究グループによると、ホーキング放射に伴う熱はブラックホールの質量に反比例するといいます。そのため、質量が太陽の数倍程度のブラックホールは宇宙マイクロ波背景放射(宇宙の晴れ上がり期の黒体放射、CMB)よりも温度が低くて蒸発せずに安定状態にある一方で、質量が太陽未満のブラックホールは観測可能な熱放射を伴うのだといいます。
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研究グループがホーキング放射を検出するために着目したのはブラックホールの合体です。研究グループによると、ブラックホールの合体はまず重力波の特徴的な信号(非線形性)として検出され、しばらく時間が経ったのちに短いガンマ線バースト(ショートガンマ線バースト)の検出を伴うといいます。研究グループはこうした重力波の非線形性や短いガンマ線バーストの放射について、合体後のブラックホール本体に取り込まれずに事象の地平線(あるいは事象の地平面)(※)の外側に取り残されてしまった多数のブラックホールの“欠片たち(morsels)”に起因するものだと主張しています。
※…光が脱出できないブラックホールと、光が脱出可能な領域との境界面のこと
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研究グループによると、ブラックホールの欠片たちがホーキング放射によって蒸発すると、(標準模型に登場する)あらゆる種類の素粒子が放出されて、その一部はガンマ線バースト(光子)を生み出すといいます。そこで研究グループは、ブラックホールの欠片たちの(物質)分布と放出される各素粒子(たとえば光子やニュートリノなど)の割合に関する関係式を導出し、ブラックホールの欠片たちの蒸発が始まってから完全に蒸発するまでの時間……つまりブラックホールの合体に起因する重力波が発生してから強力なエネルギーの短いガンマ線バーストが放射されるまでの時間のズレや、ガンマ線バーストのエネルギー量を数値計算ツール「BlackHawk」を使って計算しました。その結果、ブラックホールの欠片たちからホーキング放射の痕跡を残すガンマ線バーストが生成される様子をシミュレーション上で再現することに成功しました。
研究グループの試算によると、ブラックホールの欠片たちの総質量を太陽の質量程度、欠片1つあたりの質量を2万t(小惑星の質量のオーダー)と仮定すると、素粒子の放射は一定の大きさで約500秒間続きます。その後、ブラックホールの欠片が完全に蒸発する時間までの間に素粒子のエネルギーは増大し続け、ブラックホールの蒸発へと続くのだといいます。結果として、ブラックホールの欠片たちが蒸発するまでの時間は約1時間と算出されています。素粒子の放射が継続する時間によって発生するエネルギーは異なるものの、たとえば素粒子の放射が蒸発までの時間とほとんど変わらない3400秒間続く場合、100TeV(※テラ電子ボルト、1TeVは1eV×10の12乗に等しい)のエネルギーが放射されると算出されたといいます。
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研究グループは、ブラックホールの欠片たちの存在およびこうした天体に起因するホーキング放射は、いくつかの観測手段で確認できることを示唆しています。星の質量ほどのブラックホールはアメリカの「LIGO」、イタリアの「VIRGO」、日本の「KAGRA」といった重力波望遠鏡によって検出できますし、超大質量ブラックホールの合体に伴う重力波は「パルサータイミングアレイ(Pulsar Timing Array)」によるパルサーの観測を通じて検出できるといいます。また、ガンマ線バーストはスペインのHAWC(High-Altitude Water Cherenkov Observatory)やアフリカの「HESS(High Energy Stereoscopic System)」といったガンマ線望遠鏡による追観測の可能性が開かれているようです。さらに、ブラックホールが蒸発するに伴って放出された素粒子のうち、電気的に中性であるニュートリノは銀河の磁場によって散乱されることなく地球に届くため、フランスの「ANTARES」や南極の「IceCube」といった検出器によって、ニュートリノに起因するチェレンコフ光の検出が可能だといいます。
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研究グループによると、超大質量ブラックホールの合体であれば、地球上でもブラックホールの欠片たちに起因するガンマ線バーストを検出できる可能性があるといいます。ブラックホールの欠片たちから放射されるガンマ線バーストの強さは、星の合体に伴うガンマ線バーストよりもずっと強いと考えられることがその理由です。研究グループは、3年以内に超大質量ブラックホールの合体が観測される可能性が示唆されている活動銀河核「SDSS J1430+2303」に注目しており、ホーキング放射の痕跡として重力波やガンマ線バーストに関する物理量からホーキング放射や原因となったブラックホールの欠片たちの存在をさかのぼれる可能性に期待を寄せています。
Source
Phys.org – Detecting ‘Hawking radiation’ from black holes using today’s telescopes Cacciapaglia, G. and Hohenegger, S. – Measuring Hawking Radiation from Black Hole Morsels in Astrophysical Black Hole Mergers (arXiv) Perna, R. et al. – Limits on electromagnetic counterparts of gravitational wave-detected binary black hole mergers(arXiv) Hawking, S. – Black hole explosions?(Nature) Hawking, S. – Gravitationally Collapsed Objects of Very Low Mass(Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Okounkova, M. – Revisiting non-linearity in binary black hole mergers(arXiv) Space.com ‐ Could these black hole ‘morsels’ finally prove Stephen Hawking’s famous theory?文/Misato Kadono 編集/sorae編集部
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