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ワープ航法は重力波を出す? 「アルクビエレ・ドライブ」の解析で判明

sorae.jp / 2024年7月4日 21時4分

宇宙をテーマとするSF作品には光の速さを越えて遠くへと移動するワープ航法(超光速航法)が登場するものがありますが、実際の宇宙においては禁止されているというのが現代物理学の一般的な見解です。その一方で、現代物理学の枠組みでも可能なワープ方法の考察も存在します。

ロンドン大学クイーン・メアリーのKaty Clough氏、ポツダム大学のTim Dietrich氏、およびカーディフ大学のSebastian Khan氏らの研究チームは、比較的現実味のあるワープ航法として考案された「アルクビエレ・ドライブ(Alcubierre drive)」を対象に計算を行ったところ、ワープする宇宙船が加速や減速をした時、およびワープに “失敗” した場合において、時空の波である「重力波」が生じることが分かったとする研究成果をプレプリントサーバー「arXiv」(※1)に投稿しました。

想定された重力波は現在の観測体制では検出できないものの、近い将来において検出可能な範囲に入ることが期待されます。そのような重力波は、たとえ天然の発生源だったとしてもかなり興味深い信号となるため、観測できるか否かだけでも十分に興味深い対象となり得ます。

【▲ 図1: ワープをしている宇宙船から見た景色の想像図。(Credit: NASA & Les Bossinas (Cortez III Service Corp.) )】【▲ 図1: ワープをしている宇宙船から見た景色の想像図。(Credit: NASA & Les Bossinas (Cortez III Service Corp.) )】 ■比較的 “現実的” なワープ航法「アルクビエレ・ドライブ」

広大な宇宙をテーマとするSF作品では、しばしばワープ航法が登場します。あえてその制約の下で描く作品を除き、物語の構築を阻害する要因となりかねない現実の宇宙の “制限速度” である光の速さを超えるためです。隣の惑星系へ行くのに最短でも数年かかるような状況では、1年以内に大マゼラン雲から地球に浄化装置を持ち帰ったり、銀河全体にまたがる共和国や帝国を維持したりすることはできないでしょう。

では、現実の宇宙において、ワープは不可能なのでしょうか? 光の速さを超えることができないという制約は、宇宙の時空そのものの性質と関連しており、時空の性質を記述している相対性理論に深刻な欠陥が見つからない限りは不可能です。ただし、抜け穴がないわけではありません。超光速運動の禁止は、物質や信号といった何らかの情報を伴うものに適用されます。情報の伝達を伴わないもの、たとえば時空そのものの膨張や収縮については、光の速さを超えることができます。例として、誕生直後の宇宙ではインフレーションと呼ばれる急激な膨張があったと考えられていますが、その速度は光の速さをはるかに超えています(※2)。

【▲ 図2: アルクビエレ・ドライブが行われる3次元の時空を2次元平面に転写したもの。平面より上は膨張する時空、下は収縮する時空を表しています。アルクビエレ・ドライブのカギは、膨張・収縮する時空に “波乗り” することです。(Credit: AllenMcC.)】【▲ 図2: アルクビエレ・ドライブが行われる3次元の時空を2次元平面に転写したもの。平面より上は膨張する時空、下は収縮する時空を表しています。アルクビエレ・ドライブのカギは、膨張・収縮する時空に “波乗り” することです。(Credit: AllenMcC.)】

1994年にメキシコの理論物理学者ミゲル・アルクビエレ氏は、時空の膨張や収縮を利用すれば相対性理論に違反せずにワープを実現できるということを理論的に提唱しました。現在では提唱者の名前を取って「アルクビエレ・ドライブ」と呼ばれるこの方法では、時空そのものが超光速で移動する性質を利用します。収縮する時空を宇宙船の前方に、膨張する時空を後方に配置した上で、宇宙船全体を泡のように包み込みます。宇宙船そのものは全く動かないので光の速さは超えられないという制限には違反しない一方で、宇宙船は周囲で変動する時空に “波乗り” する形で超光速で移動することができます。

アルクビエレ・ドライブの興味深い点は、相対性理論に違反せずにワープを実現できるという点です。もちろんこれは机上ではという話であり、「空間を膨張させる性質を持つ負のエネルギーが宇宙に実在すること(※3)」「負のエネルギーを収集し、原子核よりも小さな薄さの泡状に圧縮する方法」「時空が膨張・収縮するポイントを超光速で移動させる方法」など、事実上解決が不可能な項目が山積しています。

それでも、現代物理学の枠組みでワープを検討できるという点で、アルクビエレ・ドライブは他のワープ理論よりも幾分か “現実的” です。オリジナルのアルクビエレ・ドライブは「光の速さに達する時点で、観測可能な宇宙の全エネルギーのさらに100億倍ものエネルギーが必要」という点で事実上不可能であることが1997年に指摘されていますが、必要なエネルギーを減らしたバージョン(※4)が提唱されています。このほかの欠点についても、指摘されるたびに改良版が登場していることからも、他のワープ理論よりも人気であることが伺えます。

■アルクビエレ・ドライブは重力波を出すと判明

Khan氏ら3氏は、仮にアルクビエレ・ドライブによるワープを行うとした場合の、ワープに必要な時空の泡の安定性と、泡の周りの時空に及ぶ影響を調べました。実現に様々な困難があるとはいえ、現代物理学の枠組みの中で語れる以上、どのような状況が発生するのかを計算することは可能です。

計算の過程で、3氏は興味深い結果に遭遇しました。アルクビエレ・ドライブによるワープが行われている場所周辺での激しい時空の歪みは、現在の物理学の枠組みで理解する限りではかなり不安定(※5)であり、すぐに拡散するか潰れて消えてしまうことが分かったのです。たとえこの不安定性を制御する方法があったとしても、完全に同じ状態を維持できるのは同じ速度で進み続けた場合に限られ、加速や減速を行う場合には時空の状態が必ず変化することも分かりました。

【▲ 図3: 光速の10%で移動するアルクビエレ・ドライブの泡が崩壊した時に発生する重力波のsimulation。特に最後の波は強度が強く、検出可能であると考えられます。(Credit: Katy Clough, Tim Dietrich & Sebastian Khan.)】【▲ 図3: 光速の10%で移動するアルクビエレ・ドライブの泡が崩壊した時に発生する重力波のsimulation。特に最後の波は強度が強く、検出可能であると考えられます。(Credit: Katy Clough, Tim Dietrich & Sebastian Khan.)】

宇宙船を包む不安定な時空の泡が崩壊した場合を想定したシミュレーションでは、時空の泡が崩壊した後に時空の波、つまり「重力波」が外へと広がることが分かりました。重力波が発生するのは、アルクビエレ・ドライブによる時空の歪みに変化が生じた時であるため、泡が崩壊した場合の他、加速や減速を行っても重力波が発生することになります。また、今回は計算を正確に行うために速度は光速の10~20%の範囲で計算が行われましたが、重力波は少なくとも光速の50%までは高い確率で発生し、おそらくは光速以上の速度でも発生すると予想されています。

■高周波の重力波の観測は宇宙物理学の興味深いテーマ

では仮に、どこかの地球外文明がアルクビエレ・ドライブによるワープを行った場合に、その重力波を地球で検出することはできるのでしょうか? 地球から100万パーセク(約326万光年)の距離を光速の10%の速度で移動する、直径1kmの時空の泡から発生する重力波は、地球には約300kHzの重力波として到達し、10垓分の1(10のマイナス21乗)の距離の変化を発生させます。現在設置されている重力波望遠鏡は、このオーダーの距離の変化を捉えることは可能ですが、10kHz以上の周波数を持つ重力波を捉えることはできないため、残念ながら現時点では観測不可能な信号となります。

ただし、高周波の重力波は中性子星やブラックホールが合体した瞬間の様子を、これまでよりもさらに詳細に知ることができるため、これを捉えられる重力波望遠鏡の設置を検討する動きがあります。ほんの1秒未満で起こる激しい時空の変化は理論でもシミュレーションでも詳しい様子が分かっていないため、この謎を解明する大きな手がかりを得られるという点で高周波の重力波は重要です。

興味深いことに、今回のシミュレーションで示された重力波はかなり特徴的な性質を持っています。その重力波は遥か彼方の銀河系でアルクビエレ・ドライブによるワープをしているスター・デストロイヤーから発生したのかもしれませんが(※6)、2つのブラックホールが正面衝突したり、重すぎる中性子星が崩壊する時に発生する重力波とも似ています。このような現象がどの程度の頻度で発生するのかは分からないため、特徴的な重力波が捉えられた場合には、その正体について議論が交わされることになるでしょう。

■注釈

※1…この研究成果は、正式な論文誌に投稿される前のプレプリントです。arXivはプレプリントを投稿する代表的なサーバーの1つです。

※2…時空の膨張は速度ではなく膨張率で定義され、時空のあらゆる領域がeの60乗(約10の26乗)の膨張率で膨張したとされています。積算的な性質である空間の膨張についての速度を計算する意味は乏しいですが、無意味なことを前提に計算をすると、現在の観測可能な宇宙となった領域はおおよそ毎秒50億光年の速度で拡大したことになります。

※3…相対性理論の下では負のエネルギーを持つものの存在は禁止されていますが、宇宙の加速膨張に関わっていると仮定されている「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」はまさにこのような性質を持ちます。ただし、暗黒エネルギーはその正体はおろか実在性も確認されておらず、何らかの形で抽出・操作できるのかは不明です。暗黒エネルギーは時空そのものの性質であり、操作可能なものではないとする説もあります。

※4…ただし、この改良されたバージョンは現代物理学の修正理論が正しいことを前提に組まれています。オリジナルのアルクビエレ・ドライブで評価された「現代物理学の枠組みの中」から外れているだけでなく、その修正理論が正しいかどうかは分かっていません。

※5…この不安定性は、尖らせた鉛筆を立てることに似ています。重心を完璧に合わせることができれば尖らせた側で鉛筆を立てることも理論的には可能ですが、この状態は極めて不安定であり、すぐに倒れてしまいます。

※6…『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の冒頭で登場する巨大な宇宙船「インペリアルI級スター・デストロイヤー」は全長1.6kmと設定されています。ただし、スター・ウォーズのワープはアルクビエレ・ドライブではなく、光速以上の速度で到達可能な別の時空(ハイパースペース)に移動することで超光速航行を実現しているという設定です。

 

Source

Katy Clough, Tim Dietrich & Sebastian Khan. “What no one has seen before: gravitational waveforms from warp drive collapse”. (arXiv) Evan Gough. “Warp Drives Could Generate Gravitational Waves”. (Universe Today)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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