アメリカ宇宙軍が提唱する測位システム「AltPNT」はGPSの代わりとなりうるのか?
sorae.jp / 2024年8月4日 11時11分
「GPS(Global Positioning System)」は1973年にアメリカ合衆国国防総省によって着手された全地球航法衛星システム(GNSS)のひとつで、軍事用のみならず産業用や民生用の測位システムとして広く利用されています。GPS以外にも、ロシアの「GLONASS」、欧州の「GALILEO」、中国の「Beidou(北斗)」、日本の「QZSS(みちびき)」など複数のGNSSが運用されています。
【▲ 地球周回軌道に配備された測位衛星の想像図。SpaceNewsがDALL-Eで生成。(Credit: SpaceNews)】しかしながら、ウクライナや中東での紛争衝突、およびアメリカと中国の地政学的な覇権争いの影響で、GNSSの脆弱性が明らかになってきました。第三者になりすます「スプーフィング(spoofing)」や電波を妨害する「ジャミング(jamming)」といった攻撃が、戦場での位置情報の精度を低下させるだけでなく、商用の航行システムにも障害を及ぼす可能性があります。そのため、GPSに障害があった場合に代わりとなる新しい測位システムの開発が求められています。
こうした背景のもと、GPS用ソフトウェアを開発するアメリカZephr.xyz社のCEOであるSean Gorman氏は、アメリカ合衆国宇宙軍(USSF)が提唱する「AltPNT(Alternative Positioning Navigation, & Timing Challenge)」がGPSの代わりとなる可能性に関する見解を、海外の宇宙開発メディア「SpaceNews」に寄稿しています。
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USSFのイノベーション部門であるSpaceWERXは2023年に、GPSの代わりとなる測位システム「AltPNT」についてのワークショップを開催し、外部の意見を広く求めました。SpaceWERXによると、USSFだけでなく国防総省(DoD)、その他の省庁、アメリカの同盟国のレジリエンス(※)を増やすよう、現行の測位システム(PNT)の能力を高め、補完し、増強する新たな商用測位システムの技術、つまり「AltPNT」が求められるのだといいます。現行ではGPSが測位システムとして世界中で幅広く利用されていますが、AltPNTはGPSに障害があった場合の代わりの測位システムになるだけでなく、GPSに依存しないことが要求されるといいます。
※…サイバーセキュリティの分野では、サイバー攻撃を受けたときにビジネスや関連するデータを回復することに対して「レジリエンス(resilience)」という用語が使用される。
SpaceNewsによると、商用AltPNT開発に関する競争はすでに開始しており、2020年代後半の実現を目指す企業も登場している模様です。こうした背景のもと、Gorman氏は、AltPNTに求められる要件として、第1にGPSから独立した測位システムであること、第2に測位の正確さがGPSと同等であること、第3に既存のGPSに影響を及ぼさないことを挙げています。この3つの要件を踏まえて、同氏はAltPNTの有力候補を検証しています。
1. 衛星を活用した代替システム(Satellite alternatives)
アメリカのXona Space SystemsやTrustPointといったスタートアップ企業は、新たな商用測位システムのサービスを地球低軌道(LEO)に展開しようとしています。また、Gorman氏によると、SpaceXが運用する衛星コンステレーション「スターリンク」も、将来的にLEO上での測位システムとなる可能性があるといいます。
LEO上に配置される多重衛星ナビゲーションシステムは、信号の伝送が速くなるほど、遅延が減少し、信号の強度が向上するため、地球中軌道(MEO)にあるGNSSよりも測位精度が高まるといいます。しかし、そのいっぽうで、コストが大きな課題のようです。広域な測位システムを構築するためには、多数の衛星コンステレーションが必要であるだけでなく、MEOに比べて寿命が短いため、頻繁な交換や修理が必要となるようです。
また、サイバー攻撃への脆弱性や、電離層や対流圏の電波遅延問題、MEOよりも少なくとも3桁高い宇宙ゴミ(スペースデブリ)との衝突リスクが課題として挙げられるといいます。
2. 航空システムを利用した代替システム(Aviation alternatives)
ほとんどの航空会社は、計器着陸装置(Instrument Landing System)、地上型衛星航法補強システム(Ground Based Augmentation System)、広域増強システム(Wide Area Augmentation System)、距離測定装置(Distance Measuring Equipment)、無指向性無線標識(Non-Directional Beacons)、超短波全方向式無線標識(VHF Omnidirectional Range)など、複数の補足的な測位システムを利用しています。
しかし、これらのシステムはGPSに依存しており、初期PNTデータの取得と定期的な更新が必要で、それがなければ測位の精度を維持できないようです。この問題は、量子センサーを利用した「量子航法システム」によって解決される可能性がありますが、実用化と将来的な展開はまだ明確ではないようです。
3. 地上を基盤にした代替システム(Terrestrial alternatives)
1940年代から電波を活用した双曲線航法が開始され、電波航行システム「eLORAN(LOng-RAnge Navigation)」はその現代版となる測位システムです。この地上測位システムのメリットは、スプーフィングやジャミングに対する耐性がGPSよりも高いことだといいます。しかし、この種のシステムは地上や海面に限定されるため、インフラに大規模な投資が必要になるようです。
また、電波航行システムは水平航法には対応していますが、垂直航法をサポートしていません。地形照合による測位(Terrain-based navigation: TBN)もまた有望な地上測位システムでありますが、ウクライナのような平坦な地形では効果をあまり発揮しないようです。
■複数の測位システムの組み合わせが“ベターな”戦略かGorman氏は代表的な3つの測位システムのほかに、Google、Meta、Apple、Microsoftなどが開発する「映像解析に基づく測位システム(Visual Positioning Systems: VPS)」や「LiDAR(光検出と測距)」も代替システムの候補だと述べています。しかし、映像解析に基づく測位システムは物流やコストの面で問題があり、戦時下では使用が困難であること、LiDARは障害物のない見通しの良い場所でなければ正確に機能しないという課題があるようです。
このような考察を踏まえ、Gorman氏はGPSに完全に代わる測位システムは存在しないと結論付けつつも、複数の測位技術を組み合わせるアプローチが将来のAltPNTの実現には必要であると述べています。そのいっぽうで、GPSへの投資は当面続けられるべきだと主張しています。
Source
SpaceNews – Can “AltPNT” Really Replace GPS? SpaceNews – Space Force seeks bids for ‘Resilient GPS’ satellite program USSF – USSF Alternative Positioning, Navigation, & Timing Challenge Definition Workshop SpaceWERX – About Us文/Misato Kadono 編集/sorae編集部
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