1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. 環境・自然・科学

光のみで作るブラックホール「クーゲルブリッツ」は生成不可能

sorae.jp / 2024年8月8日 20時51分

通常の「ブラックホール」は、狭い領域に質量を限界まで押し込むことで生成されます。しかし一般相対性理論では、質量がゼロである光(電磁波)のエネルギーを狭い領域に押し込めば、同じようにブラックホールができることが理論的に可能であると述べています。この光のみで作られたブラックホールを「クーゲルブリッツ(Kugelblitz)」と呼びます。その一方で、量子力学では、エネルギーを1点に集中させるとエネルギーが漏れだすような現象が発生することが予測されています。このため、実際にクーゲルブリッツが生成可能であるのかは不明でした。

マドリード・コンプルテンセ大学のÁlvaro Álvarez-Domínguez氏などの研究チームは、クーゲルブリッツが実験室や天文現象で作成され得るかについて検討をしました。その結果、光を集中させてクーゲルブリッツを生成することは理論的に不可能であることを示しました。残念ながら、実験室で強力なレーザーからクーゲルブリッツを作成し、ブラックホールの性質を研究することはできないようです。

【▲ 光を1点集中させて生成するブラックホールは「クーゲルブリッツ」と呼ばれます。今回、残念ながらクーゲルブリッツの生成は理論的に不可能であることが示されました。(Credit: BlueBackIMAGE / MotionElements.com; Edit: sorae編集部)】【▲ 光を1点集中させて生成するブラックホールは「クーゲルブリッツ」と呼ばれます。今回、残念ながらクーゲルブリッツの生成は理論的に不可能であることが示されました。(Credit: BlueBackIMAGE / MotionElements.com; Edit: sorae編集部)】 ■光のみで作るブラックホール「クーゲルブリッツ」

アインシュタインの一般相対性理論では、狭い領域に質量を限界まで押し込むと、光でも外へと逃げ出すことができない時空が生じると予言しています。このような時空の領域は、今日では「ブラックホール」としてよく知られています。現在の宇宙では、ブラックホールは太陽よりもずっと重い恒星の中心核が崩壊することで生成されます。

一方で一般相対性理論では、有名なE=mc^2の式で知られている通り、質量とエネルギーが等価であると述べています(※1)。簡単に言えば、エネルギーは質量の表し方の1つであると言えます。もしそうならば、「狭い領域に質量を押し込んでブラックホールが生成されるなら、狭い領域にエネルギーを押し込んでもブラックホールが生成されるはずだ」と言えるはずです。

物理学者のジョン・アーチボルト・ホイーラー(※2)は1950年代に、質量がゼロである光であっても、十分に集中させればブラックホールが生成されることを理論的に示しました。ホイーラーは1955年にこれを「ジオン(Geon)」と名付けましたが、現在ではジオンより前に提案されていた名称である「クーゲルブリッツ」と呼ばれるのが一般的です(※3)。これはドイツ語で「球電」を意味します。

クーゲルブリッツは、質量が無くてもブラックホールという強力な重力場が生成されるため、理論的に興味深いものです。しかし、従来のクーゲルブリッツに関する議論では、一般相対性理論がカバーしていない量子力学的効果が考慮されておらず、本当にクーゲルブリッツが生成可能かどうかについては議論がありました。

量子力学的効果の中でも、特に気になるのは「シュウィンガー効果(Schwinger effect)」と呼ばれる現象です。物理学者のジュリアン・シュウィンガーが1951年に提唱したこの現象では、十分に強い電場や磁場の下では、真空から電子と陽電子のペアが生成されると予言しています。

クーゲルブリッツを作るには、光のエネルギーを1点に集中させる必要がありますが、これは強い電場や磁場の環境を作ることとイコールであるため、シュウィンガー効果が発生すると予想されます。すると、発生した電子と陽電子のペアが外へと飛び出し、エネルギーを運び去ってしまいます。もしシュウィンガー効果が強すぎる場合には、いくらエネルギーを集中させようとしても、逃げるエネルギーの量が多すぎるために、クーゲルブリッツを作ることは不可能となってしまいます。

関連記事
・全ての物質はやがて蒸発する? ブラックホール以外でもホーキング放射が起こる可能性(2023年6月27日)

■クーゲルブリッツは理論的に生成不可能

Álvarez-Domínguez氏らの研究チームは、シュウィンガー効果を考慮してもクーゲルブリッツが生成可能であるのかを調べるための理論計算を行いました。クーゲルブリッツを生成するために必要なエネルギーの量は比較的単純に求められます。しかしこの理論計算で難しいのは、シュウィンガー効果によってエネルギーが逃げ出すスピードの計算です。

シュウィンガー効果で生成された電子や陽電子は、それ自体が新たな電場や磁場を与え、さらなるシュウィンガー効果を発生させます。この補正を求めるための計算が極めて複雑であることに難しさがあります。そこでÁlvarez-Domínguez氏らは、まずは大雑把な近似値を求めた後に、この近似値が妥当であるかを複数のアプローチで検討しました。

まず大雑把な近似値として、クーゲルブリッツを生成するために必要な電場の強度とエネルギー密度を算出しました。その結果、例えば半径1m以下のクーゲルブリッツを生成するためには、10の27乗ボルトの電圧(※4)と、1平方cmあたり10の79乗ワットものエネルギーの集中(※5)が必要であると分かりました。これほど極端な環境は、実験室はおろか、宇宙で起こる極端なエネルギー現象でさえ生み出すことができません。

さらに、これほど極端な環境を作り出せばシュウィンガー効果が発生するため、エネルギーが逃げ出してしまいます。Álvarez-Domínguez氏らは、クーゲルブリッツの半径を10のマイナス29乗mから10万km(10の8乗m)までの間で計算を行いました。すると、この範囲のどの大きさであっても、シュウィンガー効果によるエネルギーの漏れが多すぎるため、いくらエネルギーを投入してもそれ以上エネルギー密度が上がらない状態になることが分かりました。つまり、いくらエネルギーを投入しても、クーゲルブリッツは決して作ることができないということになります。

また、今回検討した範囲を外れていたとしても、クーゲルブリッツの生成は不可能であるようです。半径が10のマイナス29乗mより小さい場合、現状の物理学が破綻する長さの最小単位であるプランク長(約1.616×10のマイナス35乗m)に近づくため、精度の高い理論計算を行えません。また、現在の技術でレーザーを集中させることが可能な領域より、さらに数百億分の1以上も小さな領域となるため、実験室でも自然界でもこのような環境が生成される可能性はほぼないと言えます。

一方で半径が10万kmを超える場合は、シュウィンガー効果が無視できるほど小さくなるため、理論上は光のエネルギーのみでクーゲルブリッツを生成できます。しかしそれに必要なエネルギーの量は少なくとも10の53乗ジュールであり、クエーサーが数万年以上かけて放出するエネルギー量に匹敵します。数万年ではなく一瞬でこの量のエネルギーを放射し、1点に集中させる自然現象は知られていません(※6)。

これらのことから、Álvarez-Domínguez氏らは「光からブラックホールは生まれない(No black holes from light)」という強い表現を使ったタイトルの論文をPhysical Review Letters誌に投稿し、クーゲルブリッツを生成することは理論的に不可能であると結論付けています(※7)。

■関連実験がシュウィンガー効果の実証に繋がるかもしれない

今回の研究が正しい場合、例えば、実験室で強力なレーザーを集中させることでクーゲルブリッツを生成し、ブラックホールの性質を直接探るような研究はできないということになります。これは、物理学者にとって残念なニュースかもしれません。

今回計算されたエネルギーの値はかなり高いため、当面の間はクーゲルブリッツが本当に合成できないことを実験的に確かめることはできないでしょう。ただしそれでも、クーゲルブリッツ生成実験に近い環境を整えることで、未だに観測されたことのないシュウィンガー効果については、近い将来に観測できるかもしれません。かつては必要な電場や磁場が強すぎるために実証できないとされていましたが、現在の最も強力なレーザーは、シュウィンガー効果が現れる値の約1000分の1に迫っています。

Álvarez-Domínguez氏らは、たとえ今回の研究が実験的に証明できなくても、関連する実験を通じて、実証が強く望まれているシュウィンガー効果は近い将来に観測できるのではないかと期待しています。

■注釈

※1…質量とエネルギーの等価性は、一般相対性理論より前に提唱された特殊相対性理論で示されていますが、特殊相対性理論は一般相対性理論に内包されます。一方でブラックホールは一般相対性理論の提唱後に初めて予言されたため、本記事ではこのような表現とさせていただきます。

※2…後の時代の1967年に、ブラックホールという名称を世に広めた人として知られています。勘違いされることもありますが、ホイーラーは名称を広めた人であり、本人も否定しているように名付け親ではありません。

※3…重力波も質量がゼロであるため、理論的にはジオンを生成可能です。このため重力波によるジオンを「重力ジオン(Gravitational geon)」、光(電磁波)によるジオンを「電磁ジオン(Electromagnetic geon)」、または「クーゲルブリッツ」と呼び分けることもあります。

※4…人工的に達成可能な最大の電圧は10の15乗V、自然界で最も強力な電場を生み出すマグネターでも10の19乗Vが限界です。

※5…人工的に達成可能なレーザーの最大強度は1平方cmあたり10の23乗Wであり、56桁もの差があります。超新星爆発やクエーサーの周辺であっても、これほどのエネルギー密度となる場はありません。

※6…なお、10の53乗ジュールのエネルギーに相当する質量を持つ「超大質量ブラックホール」は多数見つかっています。ただしこれはクーゲルブリッツではなく、恒星の中心核の崩壊で生じる、もっと小さなブラックホール同士の合体で生成したものであると考えられています。

※7…例外として、エネルギー密度が極端に高かった誕生直後の宇宙では、重いクーゲルブリッツが生成される可能性があります。ただしこのような環境の理論的な検討は極めて難しいこと、現在の宇宙にある超大質量ブラックホールの正体が、重いクーゲルブリッツではないと考えるのが妥当だという現状から、Álvarez-Domínguez氏らも詳しくは検討しておらず、論文の結論でも触れていません。

 

Source

Álvaro Álvarez-Domínguez, et al. “No black holes from light”. (Physical Review Letters) (arXiv) Philip Ball. “Black Holes Can’t Be Created by Light”. (Physics) John Archibald Wheeler. “Geons”. (Physical Review) G. P. Perry & F. I. Cooperstock. “Stability of gravitational and electromagnetic geons”. (Classical and Quantum Gravity)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください