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火星の地下に「豊富な液体の水」を発見 地震学に基づく最も確かな証拠

sorae.jp / 2024年8月18日 21時34分

数十億年前の「火星」の表面には豊富な液体の水が存在していたと考えられています。この大量の水は、少なくない量が地下に染み込んで現在でも存在する、という説もありますが、どの深さにどのような状態で存在するのかは大きな謎でした。

カリフォルニア大学サンディエゴ校のVashan Wright氏とMatthias Morzfeld氏、およびバークレー校のMichael Manga氏の研究チームは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「インサイト(InSight)」が計測した地震波のデータを分析しました。その結果、火星の地下には、岩石の隙間を埋める形で豊富な液体の水があるとする、これまでで最も確かな証拠を発見しました。その豊富さは、過去の火星が表面に湛えていたであろう液体の水の量を上回るほどです。

見つかった水は深さ11.5~20km(※1)の地下にあり、近い将来に汲み上げることは不可能です。しかし、火星独自の生命体を探す試みにおいては、最も有望な探索場所として掘削が試みられる可能性があります。

※1…11.5±3.1kmから20±5km。

■豊富にあったはずの火星の水はどこへ消えたのか 【▲ 図1: 独自の海を持っていた、約40億年前の火星の想像図。(Credit: ESO, M. Kornmesser & N. Risinger)】【▲ 図1: 独自の海を持っていた、約40億年前の火星の想像図。(Credit: ESO, M. Kornmesser & N. Risinger)】

現在の「火星」の表面は文字通り荒涼としており、液体の水はどこにも見当たりません。しかし数十億年前の火星には、深さ1000m以上にもなる海をはじめとして、液体の水が相当豊富にあったのではないかと推定されています。液体の流れた跡、三角州や堆積物の存在、水によって変質した岩石など、かつての液体の水の証拠は次々と見つかっており、豊富な水の存在は疑いようのない状況となっています。

火星表面に豊富に存在した液体の水は、遅くとも約30億年前には全て失われていたと考えられています。では、豊富な水はどこに行ってしまったのでしょうか? かつては「蒸発や分解によって宇宙空間に逃げてしまった」という説や「極地の氷冠、あるいは地中のごく浅い場所に氷として存在している」という説が主張されてきました。しかし研究が進むにつれて、これらの説では失った量を説明できないほど、火星表面の水はかなり豊富にあったのではないかと考えられるようになりました。

このため近年では「かつての火星に存在した液体の水は、その大半が地下の奥深くに浸透した」という説が有力視されるようになりました。ただし、地下の奥深くは、地球ですら簡単には手の届かない領域です。ましてや遠い星である火星の内部を知ることは困難であり、この説の実証はこれまで困難でした。

また、地下に存在する水は、必ずしも “液体の水” であるとは限りません。例えば地球では、地下奥深くに存在する水は、高温のマグマに混ざっているものや、鉱物の成分の一部として化学結合しているものもあります。これらも惑星科学的には水として扱われますが、一般的にイメージされる “水” とは異なるものであると言えます。水がどのような状態で存在するのかを知るには、水が地下のどのくらいの深さに存在し、その環境でどのような状態が安定であるのかにも左右されます。

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■地震波解析で地下に大量の液体の水を発見! 【▲ 図2: エリシウム平原に着陸したインサイトの想像図。左下のドーム状の機械が地震計です。(Credit: NASA & JPL-Caltech)】【▲ 図2: エリシウム平原に着陸したインサイトの想像図。左下のドーム状の機械が地震計です。(Credit: NASA & JPL-Caltech)】

Wright氏ら3氏の研究チームは、NASAの火星探査機「インサイト」の計測した地震波のデータを分析しました。地震波を分析して地下の構造を知る「地震波トモグラフィー」という方法は、火星に限らず地球でもよく行われています。地震波の伝わる速度・角度・減衰度合いは、波自体の性質と、通過する物質の性質(密度・温度・固体か液体かなど)によって変化します。

地震波の振る舞いはボーリング調査や実験によってよく分かっているため、計測された地震波の性質から逆算する形で、実際に掘らなくとも、地球の中心部の情報も知ることができます。これは、超音波検査で胎児や内臓の様子を見ることができるのと部分的に似ています。

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インサイトは地震計を搭載しており、3年間で1000回以上もの地震を記録しています。2022年にはこの地震波データの解析によって、深さ8kmより浅い場所には水や氷がない一方で、8kmより深い場所では岩石の間に液体の水があるかもしれないという研究も発表されていました。しかし2022年の研究手法では、隙間の少ない低密度な火成岩(珪長質岩)と、隙間の多い高密度な火成岩(苦鉄質岩)を区別することができず、岩石の隙間に液体の水があるのかどうかも確定させることはできませんでした。

【▲ 図3: 今回の研究により、深さ5kmより浅い地殻上部は乾燥している一方で、深さ11.5~20kmの地殻中部は岩石の隙間を液体の水が満たしている可能性が高いことが判明しました。(Credit: James Tuttle Keane and Aaron Rodriquez, courtesy of Scripps Institution of Oceanography)】【▲ 図3: 今回の研究により、深さ5kmより浅い地殻上部は乾燥している一方で、深さ11.5~20kmの地殻中部は岩石の隙間を液体の水が満たしている可能性が高いことが判明しました。(Credit: James Tuttle Keane and Aaron Rodriquez, courtesy of Scripps Institution of Oceanography)】

今回の研究では、2022年の研究とは異なる方法(※2)でインサイトの地震波データの分析を行いました。対象となった範囲は、インサイトの着陸地点であるエリシウム平原の、半径50km・深さ20kmまでの地殻構造です。その結果、深さ11.5~20kmの地殻中部の地震波の性質を最もよく説明できるのは、破砕された火成岩の隙間に液体の水が入り込んでいる状態であることが分かりました。

※2…岩石の物理モデルと逆ベイズ推定の組み合わせ。

この場所では、氷が融けるのに十分な地熱があること、これより深い場所では、岩石の細かな隙間は閉じていると推定されていること、そして分析された範囲では全体的に層の構造を持っていたことから、液体の水が存在する層は安定して存在し、火星全体に広がっている可能性があります。これらから推定される火星の地下水の総量は、火星の表面を深さ1~2kmの海で覆うのに十分なほどです。これは数十億年前に存在した、火星表面の液体の水の総量を上回っています。

地震波を分析する手法は、地球を対象とした研究で洗練されているため、今回の研究結果は、今までよりも強力な証拠で裏付けられていることになります。このため、かつての火星表面に存在した液体の水は、その大半が地下に浸透したという説が、以前よりさらに有力なものとなりました。

■すぐには手が届かないものの、火星独自の生命がそこにいるかもしれない?

今回の研究では同時に、地下5kmより浅い地殻上部では、液体の水どころか氷すら豊富に存在しない乾燥した場所であることが分かりました。このため、火星の表面近くにある氷の量は、過去に考えられていたほど豊富ではない可能性があります。

過去の研究では極地の氷冠、あるいは低緯度地域の比較的浅い地中には比較的豊富な氷が存在するという説もありますが、今回の研究結果は、豊富な氷が浅い場所にあることを予測していません。従って、火星の表面近くにある氷については、豊富な地域が限られるため、総量としてはかなり少ないのかもしれません。あるいは、過去の浅い地中の氷に関する研究結果は、今回とは別の手法で推定されたものもあるため、以前の研究結果が見直される可能性もあります。

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また、今回見つかった液体の水の層は、最も浅い場所でも11.5kmにあります。これは地球でもほとんど達成されたことがない深さであるため(※3)、この深さまで掘削して地下水を汲み上げると言うのは当面不可能でしょう。もし火星で水を入手するには、別の手段が検討されるでしょう。

※3…旧ソ連が行っていた「コラ半島超深度掘削坑」では、いくつかのボーリング掘削抗が10km以上まで達しています。最も深部まで達した穴は深さ12.262kmです。

ただし、地下水の汲み上げとは別の理由で掘削が行われる可能性は十分にあります。今回見つかった液体の水は、ある程度の深さでそれ以上浸透しなくなることから、かなり昔から維持されていた可能性があります。そして地球では、地下数kmの岩石の中でも生物が見つかっています。今回見つかった水の層は、少なくとも原理的には火星の生命体が数十億年に渡って生き残るのに最も適した場所です(※4)。最初の地球外生命体は、火星の地下深くを掘ることで見つかるかもしれません。

※4…外界と隔絶された空間であっても、生物は少なくとも1億150万年間に渡って生存し続けることが分かっています。20億5000万年前の岩石の隙間から生きた細胞が見つかったとする研究もありますが、今のところプレプリントの段階です。

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Source

Vashan Wright, Matthias Morzfeld & Michael Manga. “Liquid water in the Martian mid-crust”. (Proceedings of the National Academy of Sciences) Robert Sanders. “Scientists find oceans of water on Mars. It’s just too deep to tap” (University of California, Berkeley)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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