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運用終えた月探査機「SLIM」プロジェクト解散を前にJAXAが会見で総括

sorae.jp / 2024年12月26日 21時10分

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2024年12月26日、小型月着陸実証機「SLIM」のプロジェクトに関する記者説明会を開催しました。

会見にはJAXA宇宙科学研究所(ISAS)所長の國中均さんと、SLIMプロジェクトマネージャーの坂井真一郎さんが登壇。日本初の無人探査機による月面軟着陸、世界初のピンポイント着陸技術実証(精度100m以内)を成し遂げたSLIMのプロジェクトはJAXA内での手続きが完了し次第解散する予定だということで、総括として改めてSLIMの成果や着陸直前のトラブルについての説明が行われました。

【▲ 小型月着陸実証機「SLIM」に【▲ 小型月着陸実証機「SLIM」から放出された探査ロボット「LEV-2(SORA-Q)」のカメラで撮影された画像。大きく傾きつつ接地した状態のSLIMが右奥に写っている。画像は試験画像で、もう1機の探査ロボット「LEV-1」経由の試験電波データ転送により取得されたもの(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)】搭載された探査ロボット「LEV-2(SORA-Q)」のカメラで撮影された画像。大きく傾きつつ接地した状態のSLIMが右奥に写っている。画像は試験画像で、もう1機の探査ロボット「LEV-1」経由の試験電波データ転送により取得されたもの(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)】【▲ 小型月着陸実証機「SLIM」から放出された探査ロボット「LEV-2(SORA-Q)」のカメラで撮影された画像。大きく傾きつつ接地した状態のSLIMが右奥に写っている。画像は試験画像で、もう1機の探査ロボット「LEV-1」経由の試験電波データ転送により取得されたもの(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)】 SLIMとは

SLIMは月面でのピンポイント着陸技術の実証を目的とした実証機です。JAXAのX線分光撮像衛星「XRISM」とともに「H-IIA」ロケット47号機に相乗りする形で2023年9月7日に種子島宇宙センターから打ち上げられたSLIMは、2023年12月25日に月周回軌道に到達。年が明けて日本時間2024年1月20日0時20分頃、日本の探査機として初めて月面に軟着陸することに成功しました。着陸地点は神酒(みき)の海付近にあるシオリ・クレーター(Shioli、直径約300m)の近くです。

X線分光撮像衛星「XRISM」と小型月着陸実証機「SLIM」を搭載して打ち上げられた「H-IIA」ロケット47号機(Credit: JAXA)【▲ X線分光撮像衛星「XRISM」と小型月着陸実証機「SLIM」を搭載して打ち上げられた「H-IIA」ロケット47号機(Credit: JAXA)】 H-IIAロケット47号機打ち上げ成功 JAXAの「XRISM」と「SLIM」を搭載(2023年9月7日)

JAXAによると、近年の月探査機の着陸精度が数km~十数kmであるのに対し、SLIMが目指した着陸精度は1桁も2桁も良好な100m。その鍵のひとつはカメラで捉えた月面の様子をリアルタイムで自律的に分析し、クレーターが分布するパターンをもとに自身の位置を測定する画像照合航法です。同航法を実現するために、地上用のものと比べて性能が限られる宇宙用のCPUでも迅速な画像処理を行うためのアルゴリズムが開発されています。さらに、自律的な航法誘導制御や、推力の細かな調整が可能な推進システムも高精度着陸の鍵として採用されました。

また、着陸したい場所は必ずしも平坦とは限りません。科学的に興味深いエリアとして、クレーター内部のように傾斜している場所に着陸したい場合もあるからです。そこでSLIMでは、月面に接地する直前に探査機の姿勢を前に傾けることで、主脚で接地した後に前方の補助脚が接地して安定するという「2段階着陸」が考案・採用されました。月面に垂直に降りるのではなく意図的に倒れ込むことで、従来の方法では着陸が難しい傾斜した斜面にも安定した姿勢で接地することを目指したのです。

月面に着陸してマルチバンド分光カメラ(MBC)による観測を行うSLIMのイメージ図(Credit: JAXA)【▲ 月面に着陸してマルチバンド分光カメラ(MBC)による観測を行うSLIMのイメージ図(Credit: JAXA)】 JAXAの月探査機「SLIM」2024年1月20日に月着陸へ 成功すれば日本初(2023年12月6日) メインエンジンのトラブルで逆立ち姿勢に

前述の通りSLIMは日本初の月面軟着陸に成功しましたが、万事順調な着陸とはなりませんでした。高度50m付近まで降下した時に「ハ」の字型に搭載されていた2基のメインエンジンのうち1基でトラブルが発生して推力が半分近く低下し、SLIMは横方向へ移動しながら降下することに。接地時の横方向速度や姿勢が仕様上の範囲を超えていたため、逆立ちするような姿勢で安定することになってしまったのです。

打ち上げ前の2023年6月1日に撮影された小型月着陸実証機「SLIM」。ここでは「ハ」の字型に搭載されたメインエンジンが上を向いている。月面ではこの姿勢に近い状態で安定したとみられる(Credit: JAXA)【▲ 打ち上げ前の2023年6月1日に撮影された小型月着陸実証機「SLIM」。ここでは「ハ」の字型に搭載されたメインエンジンが上を向いている。月面ではこの姿勢に近い状態で安定したとみられる(Credit: JAXA)】

それにもかかわらず、SLIMは最終的に着陸目標地点から約55m離れた場所へ着陸しており、精度100m以内の高精度着陸をいう目標を達成しました。画像照合航法のために撮影された画像をもとに、着陸性能は10m程度か、それよりも良好だったとJAXAは評価しています。ただし想定通りの着陸にはならなかったため、ユニークな2段階着陸を実証するには至りませんでした。

着陸後のSLIMの状況を明確に伝えたのが、冒頭に掲載した画像です。これはSLIMに搭載されていた小型ローバー(探査ロボット)「LEV-2(愛称:SORA-Q)」が撮影したもので、同じくSLIMに搭載されていた小型ローバー「LEV-1」が中継する形で地球に送信されました。LEV-1とLEV-2(SORA-Q)はSLIMが高度約5mまで降下した時に放出され、それぞれ月面に到達してから活動することに成功しており、世界で初めて複数ロボットの連携動作による月面探査を達成しています。

月面に到達した小型ローバー「LEV-1」(左)と「LEV-2」(愛称SORA-Q、右)の想像図(Credit: JAXA)【▲ 月面に到達した小型ローバー「LEV-1」(左)と「LEV-2」(愛称SORA-Q、右)の想像図(Credit: JAXA)】 JAXAが月探査機「SLIM」によるピンポイント着陸成功を発表 探査ロボットが撮影した画像も公開(2024年1月25日) 月の起源に迫る着陸後の科学観測に成功 3回の越夜も

逆立ち時に太陽電池が西を向いてしまったSLIMは着陸時点では発電ができなかったため、バッテリーを回路から切り離した上で一旦休眠状態に置かれました。そして太陽電池に太陽光が当たるようになったSLIMは2024年1月28日に通信を再確立し、分光観測(電磁波の波長ごとの強さであるスペクトルを得るための観測)を目的としてSLIMに搭載されていた「マルチバンド分光カメラ(MBC)」による岩石とレゴリス(月の土壌)の観測が行われました。

【速報】JAXA月探査機「SLIM」通信再確立 月の起源に迫る観測を開始(2024年1月29日)

月の起源を巡っては、初期の地球に火星サイズの天体が衝突した結果形成されたとする説(ジャイアント・インパクト説、巨大衝突説)が有力視されています。その場合、月のマントルと地球のマントルの組成は似ていることが予想されます。月に隕石が衝突して形成されたクレーターの内部や周辺には月の内部に由来する物質が露出していると考えられており、MBCの観測では月のマントルに由来するかんらん石(橄欖石)を含んだ岩の観測が期待されていました。通信再確立後のSLIMはMBCによる分光観測を当初の想定を上回る10個の岩石に対して行いましたが、実際にかんらん石を示すデータが得られていたことが明らかになっており、研究が進められています。

SLIMのマルチバンド分光カメラ(MBC)で電力回復後に取得された月面スキャン画像(モザイク合成)。観測候補の岩石に付けられた愛称が示されている。2024年2月1日公開(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)【▲ SLIMのマルチバンド分光カメラ(MBC)で電力回復後に取得された月面スキャン画像(モザイク合成)。観測候補の岩石に付けられた愛称が示されている。2024年2月1日公開(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)】 電力回復後にMBCを使って近赤外線(波長1.65μm)で詳細観測が行われた岩(あきたいぬ)の画像。JAXA宇宙科学研究所(ISAS)によるとSLIMから岩までの距離は18m、岩の横幅は63cmとされている。2024年2月1日公開(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)【▲ 電力回復後にMBCを使って近赤外線(波長1.65μm)で詳細観測が行われた岩(あきたいぬ)の画像。JAXA宇宙科学研究所(ISAS)によるとSLIMから岩までの距離は18m、岩の横幅は63cmとされている。2024年2月1日公開(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)】 【速報・更新】JAXA月探査機「SLIM」夜を迎えて休眠状態に 2月中旬以降に運用再挑戦(2024年2月1日)

着陸地点が夜を迎えることから、SLIMは2024年1月31日に再び休眠状態に入りました。月面は昼間が約110℃、夜間が約マイナス170℃という温度差の激しい環境であり、電子機器などが故障する確率も上がります。SLIMはもともと月面での越夜(夜を越すこと)を想定して設計されてはいませんでしたが、JAXAは2月25日にSLIMが1回目の越夜に成功したことを確認(3月1日未明から休眠)。続く3月27日には2回目の越夜(3月30日未明から休眠)、4月23日には3回目の越夜(4月29日未明から休眠)に成功したことが、それぞれ確認されています。

しかし、4回目の越夜を終えて電力が回復したと想定される2024年5月24日から27日にかけての運用ではコマンドの送信に対してSLIMからの応答はなく、5月の運用はそのまま終了。その後も5回目の越夜を終えた6月21日から27日にかけてと、6回目の越夜を終えた7月24日と7月25日にも改めて通信が試みられたものの、SLIMからの電波は受信されませんでした。そのため、日本時間2024年8月23日22時40分の停波運用をもって、SLIMの月面での運用は終了しました。

3回目の越夜成功後にSLIMの航法カメラで撮影された月面の様子(非圧縮データ)。JAXAがXのSLIM公式アカウントを通して2024年4月26日に公開(Credit: JAXA)【▲ 3回目の越夜成功後にSLIMの航法カメラで撮影された月面の様子(非圧縮データ)。JAXAがXのSLIM公式アカウントを通して2024年4月26日に公開(Credit: JAXA)】 JAXA月探査機「SLIM」月面での運用を終了 日本初の月面軟着陸を達成(2024年8月26日)

ただ、SLIMの活躍はこれで終わりではありません。SLIMにはアメリカ航空宇宙局(NASA)との国際協力の一環としてレーザーリトロリフレクター(Laser Retroreflector Array: LRA、再帰反射器)が搭載されており、2024年5月24日にはNASAの月周回衛星「Lunar Reconnaissance Orbiter(LRO、ルナー・リコネサンス・オービター)」がSLIMの上空約70kmから照射した後に反射してきたレーザー光を検出することに成功しています。月面に存在し続けるSLIMは、今後も月周回軌道上からのレーザー測距の基準点のひとつとして活躍することになります。

SLIMのレーザーリトロリフレクター搭載位置を示した図(Credit: JAXA)【▲ SLIMのレーザーリトロリフレクター搭載位置を示した図(Credit: JAXA)】 JAXA月探査機SLIM続報 6回目の越夜後も応答なし/NASA月周回衛星が再帰反射器からのレーザー光検出に成功(2024年7月31日) SLIMプロジェクトを総括 メインエンジンのトラブル原因調査結果も

2024年12月26日の記者説明会ではSLIMプロジェクトの総括として、前述の成果が改めて説明されました。会見では当初計画されていなかった越夜を行えたことで取得できた貴重なデータの一例として、越夜後の機体各部の温度データが示されました。グラフを見ると、機体内部の機器の温度は越夜前よりも越夜後のほうが高くなっていたことがわかります。今後の月着陸機を開発する上で活用し得る知見が得られる可能性もあることから、JAXAはプロジェクトの解散後も内部の研究活動として、越夜後にSLIMが動作しなくなった原因の調査を続けるということです。

SLIMの機体内各部の温度データを示した図。1月下旬の着陸後と3回の越夜後の温度を比べると、越夜後のほうが高くなっていることがわかる。STRX: Sバンドトランスポンダ、IPCU: 電力制御分配器、SMU: 統合化計算機、SAP: 太陽電池パネル。2024年12月26日のJAXA記者説明会配布資料から引用(Credit: JAXA)【▲ SLIMの機体内各部の温度データを示した図。1月下旬の着陸後と3回の越夜後の温度を比べると、越夜後のほうが高くなっていることがわかる。STRX: Sバンドトランスポンダ、IPCU: 電力制御分配器、SMU: 統合化計算機、SAP: 太陽電池パネル。2024年12月26日のJAXA記者説明会配布資料から引用(Credit: JAXA)】

また、会見では高度50m付近で発生したメインエンジンのトラブルの原因調査結果も説明されました。それによると、メインエンジンの燃焼室に未着火のまま滞留した推進剤が異常燃焼を起こした結果、これにともなう過大な着火衝撃によるノズル部の破損・離脱と推力低下に至った可能性が高いと結論付けられました。推進剤が未着火のまま滞留したことは、SLIMで採用された推進剤の供給方式と関係があるとみられています。

SLIMは機体中央に構造材の一部としても使用されている燃料/酸化剤一体型の推進剤タンクを搭載しています。タンクの内部は燃料側と酸化剤側に仕切られた上で、それぞれにダイアフラム(ダイヤフラム)が設けられています。樹脂製ダイアフラムの片側に燃料もしくは酸化剤を充填し、反対側からヘリウムガスで圧力を加えることで、2基のメインエンジンや12基の補助スラスターに推進剤を供給する仕組みです。

SLIMの推進系系統図(Credit: JAXA)【▲ SLIMの推進系系統図(Credit: JAXA)】

タンクからエンジン/スラスターに推進剤を供給する方法としては供給圧力を一定に保つ「調圧方式」を採用するケースが多いものの、調圧するための装置が必要です。そこで、軽量な探査機を目指したSLIMでは「ブローダウン方式」が採用されましたが、この方式には推進剤を消費するにつれて供給圧力が低くなっていくという特徴があります。

メインエンジンのトラブルが発生したのは月面着陸目前という運用末期のタイミングであったため、推進剤の供給圧力はかなり低くなっていたといいます。そのような状況で月面へと降下していたSLIMが高度約50m付近のあるタイミングでメインエンジンを噴射しようとした時、機体を制御するために多数の補助スラスターの噴射が重複して開始されたことで、メインエンジンの推進剤供給圧力が一時的ながらも一層低下してしまいました。

一般的に供給圧力が低い条件下の推進剤は着火しづらい傾向があるといい、実際にメインエンジンの1基(-X側)はこのタイミングで推進剤に着火できず、その間も供給され続けた推進剤がエンジンの燃焼室内部に滞留していったとみられています。そして約1秒後、補助スラスターが噴射を終え一斉に停止したことでメインエンジンの推進剤供給圧力が回復。推進剤に着火できていなかった側のメインエンジンはこのタイミングで着火しましたが、滞留していた推進剤にも着火したことで過大な衝撃が発生した結果、ノズルが破損・離脱したと考えられています。

SLIMで起きた事象はセラミックスラスター固有のものではなく、一般的な金属スラスターを採用していた場合でも機能喪失に至った可能性が高いとJAXAは述べています。また、トラブルが発生したのはH-IIAロケットから分離されて月面に着陸するまでの総噴射のうち約98%を終えた時点で発生しており、それまでは所定の性能を得られていたことが確認されているとしています。原因調査結果として得られた知見は今後のプロジェクトなどで適切に参照される必要があるとして、JAXAは安全・信頼性推進部を通じてJAXA内部や関係メーカーへの情報展開を開始しているということです。

SLIMのメインエンジンの1基でトラブルが発生したとみられる日本時間2024年1月20日0時19分18秒前後に航法カメラで撮影された画像を比較したもの。青矢印で示された月面の岩は前後の画像両方に写っているが、後に撮影された画像(右)で赤矢印で示された特徴は前に撮影された画像(左)には写っていない。赤丸で示されている物体はメインエンジンから脱落したノズル(Credit: JAXA)【▲ SLIMのメインエンジンの1基でトラブルが発生したとみられる日本時間2024年1月20日0時19分18秒前後に航法カメラで撮影された画像を比較したもの。青矢印で示された月面の岩は前後の画像両方に写っているが、後に撮影された画像(右)で赤矢印で示された特徴は前に撮影された画像(左)には写っていない。赤丸で示されている物体はメインエンジンから脱落したノズル(Credit: JAXA)】

 

Source

JAXA - 小型月着陸実証機(SLIM)プロジェクトの総括に係る記者説明会 (YouTube)

文・編集/sorae編集部

#JAXA #SLIM #月探査

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