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天文学、宇宙物理学においてスーパーコンピューターはどのように貢献してきたか?

sorae.jp / 2025年1月6日 11時4分

国立天文台は2024年12月4日、天文学専用のスーパーコンピューター「アテルイIII」の運用を開始したと公表しました。アテルイIIIは、惑星の形成から宇宙の大規模構造の進化まで、さまざまな宇宙の謎に挑むことを目的としています。

天文学専用スーパーコンピューター「アテルイIII」(Credit: 国立天文台)【▲ 天文学専用スーパーコンピューター「アテルイIII」(Credit: 国立天文台)】

天文学や宇宙物理学では、スーパーコンピューターは観測データの解析やモデルの数値シミュレーションにおいて必要不可欠なツールとなりました。宇宙望遠鏡を打ち上げるためのロケットの軌道計算を含め、宇宙分野全体でスーパーコンピューターは重要な役割を果たしています。そこで、スーパーコンピューターの歴史や進化、宇宙分野への具体的な貢献をみていきましょう。

国立天文台、新しい天文学専用スパコン「アテルイIII」の運用を開始(2024年12月4日) スーパーコンピューターの進化と天文学への応用

スーパーコンピューターの歴史は、1964年にシーモア・クレイ氏が開発した「CDC 6600」に始まるとされています。CDC 6600はクロック速度が100ナノ秒(クロック周波数10MHzに相当)と当時としては画期的な性能を誇りました。スーパーコンピューターの速度を表すには、1秒間に浮動小数点演算を実行できる回数を表す「フロップス」という指標が用いられますが、CDC 6600は3メガフロップスの性能をもっていました。アメリカ航空宇宙局(NASA)が1974年に公表した資料によると、CDC 6600はテキサス州のマクドナルド天文台とアポロ11号、14号、15号の反射鏡とのあいだで実行されたレーザー測距時の光子の検出に利用された模様です。

CDC 6600。イギリスのScience Musiumに展示されていた(Credit: Jitze Couperus)【▲ CDC 6600。イギリスのScience Musiumに展示されていた(Credit: Jitze Couperus)】

NASAが独自にスーパーコンピューターの開発に乗り出したのは1970年代であり、エイムズ研究センターの「Illiac-IV」や、ラングレー研究所の「CDC STAR-100」が登場しました。CDC STAR-100はベクトル方式(※1)としては初期のスーパーコンピューターであり、クレイ氏によって開発されています。NASAによると、こうしたスーパーコンピューターは星や銀河、ブラックホール、X線源、星間雲などの天体の進化を数値的に解析することに割り当てられていたようです。

※1…ベクトルで表されるデータを1つの命令で処理できる計算機アーキテクチャのこと。CDC STAR-100は、ベクトルデータを扱える命令を実装していたという意味では最初のベクトル方式のスーパーコンピューターと呼べるが、商業的に成功したという意味では、STAR-100の後継モデルである「CRAY-1」(1976年)まで待たなければならない。

同時代には、ソ連(現ロシア)もまたスーパーコンピューターの開発を手掛けており、「BESM-6」がソビエト天文学データセンターで1968年から利用された模様です。日本で最初のスーパーコンピューターは、航空宇宙技術研究所(現在の宇宙航空研究開発機構)が富士通と共同開発したベクトル方式のスーパーコンピューター「FACOM230-75AP」であり、世界で初めて商業的に成功したとされるベクトル方式のスーパーコンピューター「CRAY-1」が開発された1年後の1977年に登場しています。

スーパーコンピューターによる天文学・宇宙物理学の進展

スーパーコンピューターの進化のおかげで、より計算量の多い天文学や宇宙物理学の問題の解決に寄与することが可能となりました。重力によって相互作用しているN個の粒子が力学的にどのように進化するかを計算機上に再現する「N体シミュレーション」では、重力の値を単純計算すると粒子数の2乗のオーダーの計算量となるため、数値シミュレーションが不可欠です。一般相対性理論の基本方程式である「アインシュタイン方程式」の解法もまた、計算量の多いことで知られています。数値的解法としてADM形式(※2)が1960年代前半に考案されましたが、わずかな丸め誤差が増大し不適切な解を与えてしまうという欠点があったようです。1980年代後半に入り、ADM形式を修正した「BSSN形式」が考案されたことで、数値相対論の精度が向上した模様です。

※2…アインシュタイン方程式の正準形式に相当するもので、空間の3次元と時間の1次元を分離することから「3+1形式」とも呼ばれる

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こうした計算量の多い問題を数値的に解析するにはスーパーコンピューターが必須であり、たとえばN体シミュレーションに特化した計算機「GRAPE」の第1世代(GRAPE-1)が国立天文台によって1989年に開発されています。数値相対論の分野でも、ブラックホールの合体シミュレーションがスーパーコンピューターによって実現可能になった模様です。

未来のスーパーコンピューターが切り拓く宇宙の謎

国立天文台は、並列処理に長けた「スーパースカラ方式」のスーパーコンピューター「アテルイ」シリーズを2013年から運用しています。アテルイは、惑星の形成や太陽活動、ブラックホールの進化、銀河・銀河団の形成、宇宙の大規模構造など、さまざまなシミュレーションに対応できると謳われています。海外に目を向けると、画像処理に長けた「GPU」を搭載したスーパーコンピューターである「Pleiades」や「Cabeus」がNASAエイムズ研究センターに設置されており、Cabeusが乱流シミュレーションの予測精度の向上に成功したことが2024年2月に報告されています。

近年、天文学や宇宙物理学で解明が求められているのが、「マルチフィジックスシミュレーション」と呼ばれる、複数の物理現象のシミュレーションを同時進行させる試みです。宇宙には、宇宙の大規模構造、銀河団や銀河の進化、星形成、星間塵などスケールの異なる物理現象が起きており、シミュレーションを同時並行で実行する必要があるといいます。

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事実、アメリカ・オークリッジ国立研究所は、世界で2番目に速い(※3)スーパーコンピューター「Frontier」を使って、ダークマターとダークエネルギーという異なる天体のシミュレーションを実施したと、2024年11月20日付で報告されたばかりです。

※3…オークリッジ国立研究所が公表したプレスリリースは、Frontierが世界最速のスーパーコンピューターと報じたが、AMDが2024年11月18日付で公表したプレスリリースによると、ローレンス・リバモア国立研究所の「El Capitan」が「Frontier」を抜いて世界最速のスーパーコンピューターになったとしている。

スーパーコンピューターの進化は、天文学や宇宙物理学の未解決問題の鍵を握っており、わたしたちの宇宙の理解をさらに深めることに貢献することが期待されます。

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Source

NASA - 6 Things to Know About Supercomputing at NASA NASA - Pleiades Supercomputer NASA - New GPU-Based Supercomputer Speeds Computations for NASA Research Projects NASA Technical Reports Server - NASA’s Supercomputing Experience NASA Technical Reports Server - Lunar laser ranging data deposited in the National Space Science Data Center: Filtered observations for January - June 1972 and unfiltered photon detections for July - December 1972 ACM Digital Library - Vector architectures: past, present and future Astrophysics Data System - Report of the Soviet Astronomical Data Center Astrophysics Data System - Special Purpose Computer for N-Body Problems Russian Virtual Computer Museum - BESM-6 Computer A. Borrelli and J. Wellmann - Computer Simulations Then and Now: an Introduction and Historical Reassessment(NTM Zeitschrift für Geschichte der Wissenschaften, Technik und Medizin) J. H. Reif and S. R. Tate - The Complexity of N-Body Simulation(ICALP 1933) J. E. Smith and G. S. Sohi - The Microarchitecture of Superscalar Processors(Proceedings of the IEEE) J. Makino, T. Ito, et al. - GRAPE: a special-purpose computer for N-body problems(Proceedings of the International Conference on Application Specific Array Processors) M. J. C. Wilhelm and S. P. Zwart - VENICE: A multi-scale operator-splitting algorithm for multi-physics simulations(Astronomy and Astrophysics) 柴田大 - Current Status of Numerical Relativity(素粒子論研究) Astronomy - Supercomputer black hole collisions make fake gravitational waves Oak Ridge National Laboratory - Record-breaking run on Frontier sets new bar for simulating the universe in the exascale era AMD - AMD Accelerates Exascale Computing to New Heights Powering the Fastest Supercomputer Ever, El Capitan JAXA - JAXAのスパコン(Jaxa’s) 富士通 - FACOM230-75 APU 国立天文台 - 世界最速の天文学専用スーパーコンピュータ始動! 国立天文台 - Supercomputer for Astronomy “ATERUI” Upgraded to Double its Speed

文/Misato Kadono 編集/sorae編集部

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