惑星観測用の科学衛星「ひさき」で遠方銀河団内部のガスの温度を測定
sorae.jp / 2019年9月2日 21時15分
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9月2日、複数の銀河が集まった天体「銀河団」の内部にあるガスの温度を測定することで銀河団のメカニズムに迫ったケンタッキー大学の蘇媛媛氏らによる研究成果を発表しました。
■冷えていくガスの量を推定するために「中温」のガスを観測100個以上の銀河が集まっている銀河団は宇宙でも最大規模の天体で、人の目で見える数々の銀河以外にも、ダークマターの重力によって大量のガスも捉えられています。
なかでも銀河団のコア(中心部)にあるガスの温度は数千万度以上という高温に熱せられていますが、現在の理論では、X線を放つことでガスはエネルギーを失っていき、急速に冷えて低温のガスになるはずだと考えられています。しかし、実際にはX線の放射によって冷えたガスはこれまで観測されていませんでした。
今回蘇氏らの研究チームは、JAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」に搭載されている極端紫外線分光器を使って、高温ガスと低温ガスの中間にあたる中温ガス(数万~数十万度)の測定を試みました。これまで数千万度や数十万~数百万度という高温のガスについては研究されてきたものの、中温のガスに関する情報が足りなかったからです。
観測対象となったのは、地球からおよそ64億光年先にある銀河団「RCS2 J232727.6-020437」で、同じ程度の距離にある銀河団のなかでは最も重いとされています。NASAのX線観測衛星「チャンドラ」による観測によって、この銀河団のコアでは毎年太陽数百個分の重さに匹敵する量のガスが、高温から低温に冷却されているはずだと予想されていました。
ところが、研究チームがひさきを使って中温ガスを観測したところ、X線を放射することで生み出されるはずの冷えたガスは、従来の理論に反して予想ほど存在しないことがわかりました。
今回の観測結果について研究チームは、冷却効率が悪かったり冷却を妨げる要因があったりして思ったほどガスが冷えていないか、あるいは各銀河の中心にあるブラックホールなどによってガスが温められていることを示唆しているのではないかとしています。
■どうして「ひさき」が使われたのか?今回の研究に用いられたひさきは、もともとは太陽系内の惑星を観測するために作られた天文観測衛星です。6年前となる2013年9月に「イプシロン」ロケットの試験機で打ち上げられて以来、木星と衛星イオの相互作用によって生み出されたプラズマや、金星の大気上層部におけるごく弱い発光などを観測してきました。
そんな惑星観測用のひさきが銀河団の観測に用いられた理由は、「遠くの銀河団にある中温ガスを観測する」という今回の研究目的にピッタリだったからでした。
中温ガスの量を調べるために、今回の研究では紫外線とX線の中間域にあたる特定の波長の電磁波(中性ヘリウムが発する58.4nmの輝線)を観測する必要がありましたが、観測対象の銀河団は地球から遠く離れているため、宇宙の膨張にともなって波長が伸びる「赤方偏移」という現象によって、実際にはより長い波長の電磁波(99.3nm)として観測されます。
この波長域の電磁波は極端紫外線とも呼ばれます(X線とする場合もあります)が、地球の大気に吸収されてしまうので、観測するには宇宙望遠鏡が必要です。そこで、極端紫外線分光器を搭載するひさきが用いられることになったのです。
ちなみに、およそ64億光年も離れた銀河団が観測対象に選ばれたのは、赤方偏移した中性ヘリウムの輝線を観測する必要があったため。なぜかというと、91.2nmよりも短い波長の電磁波は、銀河に存在する中性水素ガスに吸収されてしまうからです。
中性ヘリウムの輝線は58.4nmと波長が短いので吸収されてしまうはずですが、観測対象が遠くの銀河団なら、輝線も赤方偏移によって波長が伸びます。今回観測された銀河団では99.3nmまで波長が伸びるため、中性水素ガスに吸収されることなく中温ガスの情報を観測できた……というわけです。赤方偏移にはこのような活用法があるのですね。
Image Credit: JAXA
http://www.isas.jaxa.jp/topics/002224.html
文/松村武宏
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