映画「アド・アストラ」で人類が活躍する舞台とは? 宇宙探査のスペシャリストに聞いてみた!
sorae.jp / 2019年12月18日 21時0分
20世紀フォックスのスペース・アクション映画「アド・アストラ」。地球から遠く離れた宇宙で消息を絶った父クリフォード、その影を追うように宇宙飛行士となった主人公のロイ・マクブライドは、所属する軍の上層部から「父が生きている」と告げられ、父を捜索するために宇宙へと旅立ちます。
主人公ロイをブラッド・ピット、その父クリフォードをトミー・リー・ジョーンズが演じる本作は「宇宙」が舞台の作品ということで、soraeとしても大変興味津々です。そこでsoraeでは前編・後編の二回に渡り、本作の劇中で描かれた舞台や技術のリアリティーに迫ってみようと思います!
前編となる今回は、宇宙へ行くことが特別な任務ではなくなり、仕事や生活の拠点として多くの人々が暮らす舞台として描かれている月や火星について、宇宙探査の最新事情に詳しい寺薗淳也さんにお話を伺いました。
寺薗淳也さんプロフィール1967年東京都生まれ。名古屋大学卒。東京大学大学院博士課程中退。宇宙開発事業団、宇宙航空研究開発機構、(財)日本宇宙フォーラムを経て、現在会津大学企画運営室および先端情報科学研究センター准教授。専門は惑星科学、情報科学。月・惑星探査を中心とした情報システムの構築などを専門としている。また、月・惑星探査の普及啓発などにも努めている。著書は『夜ふかしするほど面白い月の話』(PHP研究所、2018年)、『宇宙探査ってどこまで進んでいる?』(誠文堂新光社、2019年)など。 ■Q:人類が月や火星に住む時代がやってくる?
──ロイが宇宙飛行士として活躍する「アド・アストラ」の世界における人類は、現在よりもさらに進んだ技術を手に入れています。その生活の場は地球の周辺を越え、月や火星に恒久的な基地を建設するほどに至っています。
現在(2019年)の人類が足跡を残したことがあるのは、月だけです。NASAでは2024年の有人月面探査再開を目指し、次世代の有人宇宙船「オリオン」や新たな月着陸船などの開発・製造を進めており、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)も宇宙船の乗り換え基地となる月近傍の有人拠点「ゲートウェイ」の建設に参加することが決まっています。
ゲートウェイは恒久的な有人月面探査や将来の火星有人探査の拠点として機能することが予定されていますが、劇中では月だけでなく火星においても学術探査の枠を超えた人々の営みが描かれています。今の人類には夢物語のように思えますが、そんな時代がやってくるのでしょうか?
寺薗さん:間違いなくやってくると思います。最初は科学目的の探査を優先させて進むでしょうが、その次には資源採掘などの経済的な目的、さらには映画にあるような、より遠くの世界への進出を目指すでしょう。月では21世紀中にも、火星では21世紀終わりくらい~22世紀になればそのような世界を迎えるのではないでしょうか。「アド・アストラ」の世界は、おそらく21世紀終わりくらいになるかと思います。──実現するとしてもずいぶん先のことになるのではないかと思っていましたが、私たちの孫にあたる世代が活躍する頃には月や火星に基地が築かれ、「アド・アストラ」のような世界が到来しているのかもしれないのですね。
■Q:月や火星ではどのように暮らせばいい?──酸素、水、食糧、快適な温度や気圧といった要素は、人類が生きていくうえで最低限欠かせないものです。地球ではこれらの要素がすべて自然環境から手に入る土地もありますが、月や火星ではそういうわけにもいきません。
火星には大気がありますが、地球に比べて希薄ですし、酸素がないので外に出るには与圧服が必要。月には大気そのものがほぼ存在しないので、宇宙服を着用しなければなりません。水は月にも火星にも氷として地下に存在するとみられていますが、生活に利用するには採掘作業が必須です。
生命にあふれる地球に対して、あまりにも過酷な月や火星の環境。人類はそこでどのようにして命を保ち、文明活動を支えることになるのでしょうか?
寺薗さん:キーワードは「水」です。火星には氷の形で水があることがわかっています。ですので、それをどのように利用するかがポイントになります。最初には基地のような限定されたところで、空気、水、そして空気と水を利用した食料生産から始めるでしょう。より大規模になれば、惑星全体を人間が住みやすいように改造する「テラフォーミング」も検討されるかもしれません。──まずは水の確保が重要なのですね。先日も「火星の地面を数cmも掘れば水の氷が見つかる可能性あり」とした研究成果が発表されていましたが、確保を優先すべき資源であるからこそ、将来の探査に備えて今からこうした研究が行われているのでしょう。
関連:シャベルで掘れる? 火星地下の氷は意外と浅い場所にもありそう
■Q:宇宙でも人間どうしの争いは避けられない?──地球上で最も厳しい土地のひとつである南極には、平和利用を目的とした多国間条約「南極条約」のもと、どの国にも領有されていない土地が広がっています。南極大陸に設けられた日本の昭和基地やアメリカのマクマード基地などは、人類が生活するための「家」ではなく、観測や研究を行うための「拠点」として機能しています。
しかし、「アド・アストラ」の主人公ロイは月面での移動中、何者かによる襲撃に遭遇してしまいます。劇中の月は、国家間の対立から略奪や誘拐が起きる「紛争地帯」と表現されるほどの、人類自身がもたらす危険が待ち受ける土地として描かれています。
学術的探査だけが行われる時代が過ぎ去り、人類にとってリアルな生活の場となったとき、宇宙でも人間どうしの争いは起きてしまうものなのでしょうか?
寺薗さん:宇宙条約(※)によって、月を含む全ての天体は平和的な利用を行うように規定されています。ですが、人類のこれまでの歩みをみていると、争いをどうしても起こしてしまうのが性のようにも思えてしまいます。しかも、「アド・アストラ」のように、そのきっかけの多くが資源の争奪であるという点も指摘しておくべきでしょう。そのようなことがないように、宇宙に進出する人類は必ず平和を前提とし、武力を絶対に用いないことを徹底して欲しいものです。そのための軍のようなものが必要になるか、それはこれからの人類の知恵にかかっていると思います。──たしかに、資源をめぐる争いは、歴史上幾度となく繰り返されてきました。武力紛争を防ぎつつ発展を遂げる方法を見つけ出せなければ、宇宙における争いも避けられないのかもしれませんね……。
※宇宙条約…正式には「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」。宇宙空間や天体の平和利用、領有の禁止などが定められている。1966年12月19日に国連で採択され、翌1967年10月10日に施行。
■Q:なぜ人類は宇宙を目指すのか?──主人公ロイの父クリフォードは、旅立ちから16年後、地球から43億km離れた海王星付近で消息を絶ちました。劇中の人類は火星に都市を築くほどにまで宇宙に進出していますが、クリフォードが到達した場所は誰の助けも得られない、孤独な宇宙の彼方です。
作品タイトルの「アド・アストラ(Ad Astra)」とは、日本語で「星の彼方へ」を意味するラテン語のフレーズです。月に足跡を残し、火星を開拓するに至った劇中の人類は、存在するかもわからない新大陸を目指して旅立った大航海時代の船乗りのように、人跡未踏の深宇宙を目指しています。
現実世界の人類も、再び月を目指し、その先にある火星の有人探査を目指しています。最後の質問となりましたが、人類は地球で進化し、生身では別の天体で暮らすことなどできないのに、それでも“星の彼方”を目指すのはどうしてなのでしょうか?
寺薗さん:それはおそらく、私たちの中に「好奇心」が刷り込まれているからでしょう。数百万年前、アフリカの森の中で、その外の世界がどうなっているのかを知りたいという好奇心を抱いた人類がいたからこそ、いま人類は世界中に広まっています。私たちの好奇心はすでに大気圏と地球の重力を超えました。この先人類は、宇宙の果てまで「その先がどうなっているのか」を知るために進んでいくことでしょう。──我々に刷り込まれた「好奇心」……とてもワクワクする言葉です。深宇宙への進出が学術的探査にリードされていることからも、好奇心に突き動かされているのを実感します。ありがとうございました!
■リアルな宇宙探査、その先の時代に暮らす人類の営みを描き出す20世紀、地球の重力を振り切る術を手に入れた人類は、アポロ計画で到達した月をステップに、火星の有人探査を目指して今も挑戦を続けています。「アド・アストラ」は、月や火星にまで生活の舞台を広げた人類を活き活きと描き出しています。後編では、劇中の人類を支えるテクノロジーについて、宇宙開発に詳しいジャーナリストの秋山文野さんにお話を伺いたいと思います。
父を追い、星の彼方を目指して旅立ったロイは、43億キロメートルの彼方で何を見ることになるのか。「アド・アストラ」は2019年12月18日からデジタル版が先行配信中。ブルーレイ&DVDは2020年1月8日発売です。
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