未知の素粒子アクシオンは見つかるのか?チャンドラを使った「万物の理論」についての検証
sorae.jp / 2020年3月29日 21時0分
私たちが学校で勉強する理科のうち、重力、電気、磁石による力、物の動きといった自然現象を観察して、法則性を見出す学問を物理学といいます。もちろんこの一文では表現しきれないほど幅広い内容を含んでおり、教科書に載っている内容を基礎にして天文学にも応用されているものです。その物理学でもっとも大きなテーマの1つが、あらゆる種類の力や、すべての物質のもとになっている粒子を1つの枠組みの中で説明する「万物の理論」です。
万物の理論として確定したものはまだありませんが、その候補として「ひも理論」と呼ばれる理論がもっともよく知られています。ひも理論は過去数十年にわたってさまざまな種類・バージョンが考えられてきましたが、これまであまり実験による検証は行われてきませんでした。理論は実験や観測によってその正しさが検証されますが、天文学者たちはNASAのX線観測衛星「チャンドラ」を使って、この物理学の理論の進展に大きな一歩を残すことができました。
ひも理論の多くのモデルはある粒子の存在を予言しています。天文学者たちは今回「銀河団」という銀河の集団を観測することでその粒子を探しました。もし粒子が検出されなかったとしてもひも理論がすべて間違っていることにはなりませんが、いろいろなモデルに対し絞り込みを行うことはできます。天文学者たちが探した粒子は「アクシオン」と呼ばれているもので、まだ検出されたことはなく、非常に小さい質量しかないと言われています。正確にはわかっていませんが、多くの理論で電子の質量の100万分の1以下からゼロまでだと予測されているほどです。また一部の科学者たちは、アクシオンが宇宙の物質の大半を占めている「ダークマター」の候補になるかもしれないと考えています。
では、どのようにアクシオンを探すのでしょうか?観測に使える1つの特徴として、このような低質量の粒子は磁場を通る際に光に変わる可能性があるという点があります。逆に、ある条件では光がアクシオンに変わるかもしれません。どのくらいの頻度でこうした反応が起きるかは粒子の「変換」のしやすさによりますが、一部の科学者たちは同じような種類の「アクシオンのような粒子」がいくつか存在し、変換のしやすさは粒子によって異なるのではないかと提言しています。
もし光に変わる可能性が非常に低ければ、検出するには非常に長い時間がかかるかもしれません。しかし、今回の研究に参加したスウェーデンの科学者David Marsh氏によると銀河団は探索には非常によい場所で、「非常に大きな範囲にわたって磁場が存在しており、X線で明るく輝く天体も存在する。これらの特徴を組み合わせると、アクシオンのような粒子の反応を検知する可能性が高まるかもしれない」と述べています。もし光に変わる確率が低くても、大量にアクシオンがあれば少しくらいは光に変わるものを見つけられるかもしれない、という見方です。
天文学者たちはチャンドラを使って「ペルセウス座銀河団」と呼ばれる銀河団の中心にある超大質量ブラックホール周辺を5日間にわたって観測し、ブラックホールに向かって落ちていく物質から放射されるX線を調べました。X線の波長により放射量は異なりますが、もしアクシオンのような粒子があれば波長ごとの一連の放射量(スペクトル)にゆがみが出ると予測され、長期間の観測で十分な感度が得られると考えられたためです。
実は今回の観測では、結果としてそのようなゆがみは見られませんでした。しかしこの結果により、観測で検出できるはずの質量の範囲についてはアクシオンのような粒子が存在しないと言うことができます。その範囲は、電子の質量の10憶分の1のさらに100万分の1です。非常に狭い範囲に見えるかもしれませんが、これを地球上の実験室で検証していくとするともっと多くの時間と実験が必要になるほど、チャンドラによる観測は大きな効果のあるものです。
この観測結果からは、アクシオンのような粒子についていくつかの解釈が考えられます。1つはアクシオンのような粒子は存在しないということ、もう1つは光に変わる可能性が観測限界よりも低かったということです。あるいは、チャンドラが観測可能な範囲よりももっと大きな質量を持っているということもあるかもしれません。いずれにせよ、粒子を発見したというほど華々しい成果ではないかもしれませんが、こうした研究の積み重ねでいつかその存在を特定できることを期待したいです。
なお、今回の結果は論文誌 The Astrophysical Journal 2020年2月10日号に掲載され、そのプレプリント版をインターネット上で読むことができます。
Image: NASA/CXC/Cambridge Univ./C.S. Reynolds
Source: NASA
文/北越康敬
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