風上に伸びる不思議なジェットの姿から銀河団の磁場構造に迫った研究成果
sorae.jp / 2021年5月7日 21時0分
ノースウェスト大学(南アフリカ)のジェームズ・チブエゼ氏らの国際研究グループは、合体する大小2つの銀河団を電波で観測した結果、銀河から噴出したジェットと銀河団の磁場が相互作用する現場を初めて捉えることに成功したとする研究成果を発表しました。研究グループは今回の成果について、直接観測することが難しい銀河団の磁場構造を明らかにする新たな手法だとしています。
■ガスの流れに逆らうように風上へ伸びる銀河のジェット研究グループが観測したのは、「はと座」の方向およそ6億4000万光年先にある銀河団「Abell(エイベル)3376」です。銀河団とは100個~数千個の銀河が集まっている天体のことで、Abell 3376は大小2つの銀河団が正面から衝突している衝突銀河団のひとつとされています。
今回の研究で鍵となったのは、銀河団の中心にある「MRC 0600-399」と呼ばれる銀河です。この銀河からは超大質量ブラックホールの働きによって差し渡し約16万光年に及ぶジェットが噴出していることがすでに知られていたといいますが、そのふるまいは奇妙なものでした。
銀河団は数千万~1億度にもなる高温のプラズマガスで満たされているとみられており、このガスは「銀河団ガス」と呼ばれています。Abell 3376では、銀河団どうしの衝突によってこのガスに風のような流れが生じているとみられています。銀河から噴出するジェットは通常であれば銀河団ガスの風下に向かって流されていくはずなのに、なぜかMRC 0600-399のジェットはある部分で折れ曲がってから風上に向かって伸びているのだといいます。
研究グループが南アフリカ電波天文台(SARAO)の電波干渉計「MeerKAT(ミーアキャット)」を使ってAbell 3376の中心領域を観測したところ、MRC 0600-399から噴出するジェットを高い精度で観測することに成功しました。もともとはAbell 3376の広範囲な磁場構造を調べることが研究グループの目的だったものの、高感度のMeerKATによって、ジェットの予想外の構造が捉えられたのだといいます。
研究グループによると、Abell 3376を成す2つの銀河団にはそれぞれ異なる温度のガスが付随しており、小さな銀河団の比較的冷たいガスが大きな銀河団のガスを押しのけることで、「コールドフロント」と呼ばれる境界面が形成されているといいます。今回の観測によって、MRC 0600-399から双方向に噴出するジェットのうち上側のジェットが折れ曲がっているのはコールドフロントの位置であり、そこから風上に向かって細く絞られたままのジェットが約30万光年に渡って伸びていることが明らかになりました。
また、ジェットは折れ曲がった位置から風上だけでなく風下にも伸びていることが判明。二股に分かれて伸びるジェットの構造は、研究グループによって「両鎌(double-scythe)構造」と名付けられています。
■ジェットが風上に伸びる理由をシミュレーションで分析ジェットが風上に向かって細く絞られたまま伸びている理由を探るために、研究グループは国立天文台の天文学専用スーパーコンピューター「アテルイII」によるシミュレーションを実施。その結果、Abell 3376にはコールドフロントと沿うようにアーチ状の磁場が存在している可能性が示されました。
研究グループによると、ジェットが衝突すると磁場が変形し、変形した磁場が縮もうとする力によって今度はジェットの向きが曲げられることで、磁力線に沿って細く絞られたジェットが流されているとみられます。また、ジェットの電波強度には、銀河を離れるにつれて一旦弱くなったあと、折れ曲がる位置で再び強くなるという特徴があり、同様の特徴がシミュレーションでも再現されたといいます。
MeerKATによるこれまでの観測では、細く長く伸びた直線状の電波放射を持つジェット天体が複数報告されているといいます。研究に参加した東京大学宇宙線研究所の大村匠氏は「ジェットの伝搬の様子を調べる事によって、直接観測が難しい銀河団の磁場構造を知る事が可能であるという、新しい切り口を手に入れました」と語ります。
研究グループでは、集光面積が1平方kmを超える「スクエア・キロメートル・アレイ」(SKA:Square Kilometre Array。アフリカとオーストラリアに望遠鏡群を建設する予定で、MeerKATはSKAの先行機にあたる)などの大型電波干渉計によって、より多様な現象が発見されることに期待を寄せています。
関連:X字形のジェットを持った電波銀河の謎に迫る
Image Credit: Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021)
Source: 東京大学宇宙線研究所
文/松村武宏
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