ISSへの統合作業進む新モジュール「ナウカ」エンジン誤噴射時にISSを1回転半させていた
sorae.jp / 2021年8月24日 11時23分
日本時間7月29日夜にロシア区画の多目的実験モジュール(MLM)「ナウカ(Nauka)」(露:Наука、ロシア語で「科学」)がドッキングした国際宇宙ステーション(ISS)では、現在ロシアの宇宙飛行士によってナウカのISSへの統合作業が進められています。
日本時間7月31日朝にはナウカとサービスモジュール「ズヴェズダ」を隔てる船内のハッチが開放され、第65次長期滞在クルーの一員としてISSに滞在中のオレッグ・ノヴィツキー宇宙飛行士およびピョートル・ドゥブロフ宇宙飛行士がナウカの内部に入りました。
▲ハッチを開けてナウカに入るロスコスモスのノヴィツキー飛行士とドゥブロフ飛行士▲
(Credit: Roscosmos)
その後のナウカでは機器類の開梱や配線の接続といった船内での作業が続けられています。ロスコスモスによると、9月にはノヴィツキー飛行士とドゥブロフ飛行士による合計12時間の船外作業が2回計画されており、1回目(船外活動時間は6時間半)は日本時間9月3日未明に、2回目(同5時間半)はその6日後に実施される予定です。
また、ノヴィツキー飛行士はナウカの窓から撮影した写真の幾つかをTwitterに投稿しています。ナウカはロシア区画の下方へ伸びるような姿勢でドッキングしているため、その窓からはISSの下面を広く眺めることが可能です。ノヴィツキー飛行士がTwitterに投稿した写真の1枚には、ナウカと隣り合うようにドッキングしている有人宇宙船「ソユーズ」、シャッターを開放した観測モジュール「キューポラ」、日本実験棟「きぼう」の下面などが捉えられています。
■ナウカのエンジンが誤噴射したことでISSは1回転半していたナウカはロシア区画の科学実験能力を従来の2.5倍に増強するだけでなく、宇宙飛行士の休憩スペースや水再生能力・酸素生成能力を有しており、ISSのロール制御(左右の傾きの制御)も担います。ロシア区画だけでなくISS全体の機能を強化するナウカですが、既報の通り、ナウカがドッキングに成功した直後のISSは姿勢制御を一時的に喪失するトラブルに見舞われています。
関連:ロシアのISS新モジュール「ナウカ」ドッキングに成功するも一時ISSが傾く問題が発生
日本時間7月30日1時34分、テキサス州ヒューストンにあるNASAのミッションコントロールセンター(MCC)では、ISSが姿勢制御を失って回転し始めたことを示す警告が表示されました。普段のISSの姿勢は、Z1トラスに組み込まれている4基のコントロールモーメントジャイロ(CMG:Control Moment Gyroscopes)によって安定が保たれています。ニューヨークタイムズの報道によると、当時MCCにいたフライトディレクターのZebulon Scoville氏は、毎分6000回転するCMGを何らかの力が圧倒しているように見えたと振り返ります。
この時、ナウカはすでにISSと物理的に結合されていましたが、ソフトウェアの不具合によって誤って出力されたコマンドに従って、ISSから離脱しようとしてスラスターを噴射していました。ISSの後方にあるロシア区画へ下方からドッキングしたナウカは下に向かって離れようとしたため、ISS全体がナウカに引っ張られるようにして回転し始めていたのです。
当初、アメリカ航空宇宙局(NASA)はISSが最大45度傾いたと7月30日に発表していましたが、調査の結果、実際はその12倍となる約540度も回転していたことが判明したと8月4日に改めて発表しました。言い換えれば、ISSは後方に1回転半の宙返りをしていたことになります。
Scoville氏によると、ISSの回転速度は最大で毎秒0.54度で、宇宙飛行士からは船内に目立った変化はないことが報告されたといいます。しかし、回転が生じたことでISS各部の構造には応力が加わりますし、通信アンテナも正しい方向を指向しなくなってしまいます。そのうえ、ナウカがコマンドを直接受信できる相手はロシアの地上局だけであり、ロシア側がナウカと直接通信できるようになるのは70分後でした。
Scoville氏はISSの宇宙船緊急事態(spacecraft emergency)を宣言。回転機構を持つ太陽電池アレイは地上からのコマンドでロックされ、宇宙飛行士はラジエーターを停止させました。ISSとの通信を途切れさせないために追加のアンテナが米国内で稼働したものの、それでも地上とISSの通信には数分間に渡る途絶が2回生じたといいます。また、宇宙飛行士はISSの回転を止めるために、ズヴェズダと無人補給船「プログレス」の姿勢制御スラスターを噴射させました。
誤噴射を続けたナウカのスラスターは、約15分後に噴射を停止。理由は推進剤を使い果たしたためとされています。姿勢を回復したISSは、1時間後には正常な状態に戻りました。Scoville氏は当日のツイートで、すべての太陽電池アレイとラジエーターがそのまま残っていてとても嬉しいと語っており、ISSの構造にダメージが及ぶ可能性も想定していたことを伺わせます。トラブルの原因はナウカによるスラスターの誤噴射だったものの、NASAおよびISSプログラム全般で協力関係にあるロシアの関係者に対して全幅の信頼を寄せているとしたScoville氏のコメントをニューヨークタイムズは伝えています。
Lead MLM Flight Director Greg Whitney and I split the shift today. Never have I ever: 1)been prouder of the team that sits in MCC and lives on @Space_Station, 2)had to declare a spacecraft emergency until now, 3)been so happy to see all solar arrays + radiators still attached. https://t.co/Bmox4WVZsn
— Zebulon Scoville (@Explorer_Flight) July 29, 2021▲トラブル解消後に投稿されたフライトディレクターZebulon Scoville氏のツイート▲
いっぽう、エンジニアとしてNASAで20年以上勤めたキャリアを持ち、宇宙探査についての著作も数多く執筆しているジャーナリストのJames Oberg氏は、NASAの安全文化に対する政治的圧力を危惧しています。
Oberg氏はIEEE Spectrumへの寄稿において、緊急時にシステムを迅速に安全化する術がないままで強力なスラスターを備えたモジュールのドッキングが許可されるに至った過程を公開しなければならないと指摘。ずさんに見えるNASAの安全監視はロシア側との良好関係維持に直接関連していそうであり、その推進要因はホワイトハウスの外交目標であるように思えると訴えています。
Image Credit: NASA/Roscosmos
Source: Roscosmos / NASA / NY Times / IEEE Spectrum
文/松村武宏
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