マーキュリーからアポロまで支え続けた女性数学者 NASAが102年の生涯と貢献を振り返る
sorae.jp / 2021年9月6日 10時43分
いまから60年前の1961年、アメリカ初の有人宇宙飛行が行われました。NASAの有人宇宙飛行計画「マーキュリー」の一環として実施された弾道飛行です。
関連:アメリカの宇宙飛行士による最初の有人宇宙飛行から今年で60年
アラン・シェパード宇宙飛行士が搭乗した「フリーダム7」の軌道解析を支えたのがNASAの女性数学者キャサリン・ジョンソン(Katherine Johnson、1918-2020)でした。今日のようなデジタルコンピュータがまだ新しかった時代のことです。
アラン・シェパードの弾道飛行は成功裏に終わりましたが、翌1962年にはジョン・グレン宇宙飛行士によるアメリカ初の有人地球周回飛行が行われました。この時、ジョンソンはコンピュータによる軌道計算をチェックしたことで、後年とくに名前を知られるようになりました。
当時のコンピュータは故障や停電の発生も多く、信頼性が低かったため、グレンはジョンソンの能力を知って、彼女に計算の検証を依頼しました。ジョンソンはグレンが「彼女がそれで良いと言ってくれれば、行く準備ができているよ(If she says they’re good, then I’m ready to go.)」と言ったことを覚えていました。
結果的にグレンの飛行は成功し、アメリカとソ連の宇宙開発競争の転機となったのです。さらにその後、彼女は「アポロ計画」による1969年の人類初の月面着陸の際も軌道計算を支援しました。
1953年から1986年まで、バージニア州ハンプトンにあるNASAラングレー研究所とその前身であるNACA(アメリカ航空諮問委員会)での33年間に及ぶ輝かしいキャリアの中で、これら3つはその一部に過ぎません。
ジョンソンは、自身のキャリアについてよく学生に話し、STEM(science, technology, engineering and math:科学、技術、工学、数学)分野のキャリアを目指すように勧めていました。
ジョンソンは学生たちに語りかけました。「私たちにはいつもSTEMがあります。科学、工学、技術は常に存在しています。そして、これからもずっと、数学があります。すべては物理と数学です」これはSTEM教育の重要性について述べた言葉でしょう。
アフリカ系アメリカ人であったキャサリン・ジョンソンは1918年、ウェストバージニア州に生まれました。生来、好奇心旺盛で数字に強く、学校では飛び抜けた成績を修めていました。やがて、歴史的に黒人の多いウェストバージニア州立大学のキャンパス内にある高校を経て、同大学に入学。1937年に優秀な成績で卒業した彼女は、バージニア州の黒人向け公立学校で教鞭をとることになりました。
ジョンソンは1953年にラングレー研究所で働き始めました。彼女は当初、飛行試験のデータ分析や、飛行機墜落事故の調査などに取り組みました。
しかし、1957年にソ連が史上初の人工衛星スプートニクを打ち上げたことで、ジョンソンの人生は一変したのです。衝撃を受けたアメリカはNACAを発展解消しNASAを設立、ソ連との宇宙開発競争へと乗り出していきます。ちょうどその時期にジョンソンも居合わせたのです。
ジョンソンは大学を卒業し、男性が支配するエンジニアリングの世界で自分の道を切り開いてきました。彼女は、自分の価値を証明する結果を望んでいました。彼女は、これまでに受けた仕打ちには目を向けませんでした。実際に、決断力、忍耐力、そして優れた業績が彼女の価値を証明したのです。そして、上司や宇宙飛行士からの尊敬を集めていきました。
ジョンソンが直面した人種差別や性差別は多くの女性が今日でもさまざまなかたちで直面しています。彼女が生きていれば2021年8月26日で103歳になります。奇しくも8月26日は1920年にアメリカで憲法が改正され、女性参政権が認められた日であり、「女性平等の日(Women’s Equality Day)」(「男女平等の日」とも訳されます)という記念日に制定されています。NASAはジョンソンの誕生日とジョンソンの卓越した貢献に因んでジョンソンの生涯を振り返りました。
こちらは先日(2021年8月27日)公開された動画「Katherine Johnson’s Legacy Intertwines With Women’s Equality Day(「女性平等の日」と交錯するキャサリン・ジョンソンの遺産)です。
さらに、こちらは2016年に公開された動画「Katherine Johnson Legacy(キャサリン・ジョンソンの遺産)」です。
キャサリン・ジョンソンは、NASAが2021年2月26日、NASA本部ビルに名前を冠したメアリー・ウィンストン・ジャクソン(Mary Winston Jackson、1921-2005)とともに「隠された人物(a hidden figure)」の一人でもあります。
関連:NASA本部ビルに名前を冠された「隠された人物」の生涯と功績
※マーゴット・リー・シェタリー(Margot Lee Shetterly)著『隠された人物:アメリカンドリームと宇宙開発競争を勝利に導いた黒人女性数学者の知られざる物語』(“Hidden Figures: The American Dream and the Untold Story of the Black Women Mathematicians Who Helped Win the Space Race.”、日本語訳『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』山北めぐみ翻訳、ハーパーコリンズ・ ジャパン)
映画化された作品は史実と異なる点もあるようですが、機会があれば一度見てみたいものです。
いずれにしても、彼女たち「隠された人物」の困難に打ち克って自らの力で切り開いてきた人生に思いを馳せ、そのインスピレーションの一端にでも触れることは意義があるにちがいありません。
Video Credit: NASA IVV、NASA
Image Credit: NASA
Source: NASA (1) (2) (3)
文/吉田哲郎
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