史上初! 金星表面を宇宙から可視光線の波長で観測、NASA太陽探査機の思いがけない成果
sorae.jp / 2022年2月12日 21時15分
アメリカ海軍調査研究所(NRL)の物理学者Brian Woodさんを筆頭とする研究グループは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ(Parker Solar Probe)」が金星の重力を利用したスイングバイ(※)を実施した際に、金星の夜側表面を可視光線で撮影していたとする研究成果を発表しました。
太陽に接近して観測を行うために作られたパーカー・ソーラー・プローブは、思いがけず「金星表面を宇宙から可視光線の波長で初めて観測した探査機」としても歴史に名を残すことになります。
※…スイングバイ:宇宙機が天体の近くを通過すると重力によって速度が変化することを利用して、宇宙機の軌道を変更する手法
■夜の金星表面で輝く岩肌、そのかすかな光をWISPRは捉えていたジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)が開発したパーカー・ソーラー・プローブは、太陽コロナの観測を主な目的としています。
2021年4月、パーカー・ソーラー・プローブは8回目の太陽フライバイにてアルヴェーン臨界面(太陽の上層大気であるコロナと太陽風の境界)を突破。太陽表面から約1040万km(太陽半径の約15倍)まで接近し、人類史上初めて太陽コロナに到達した探査機となりました。パーカー・ソーラー・プローブは最終的に、太陽表面から約616万km(太陽半径の8.86倍)まで接近する予定です。
関連:人類史上初「太陽の大気」に突入! NASA探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」
パーカー・ソーラー・プローブは、金星の重力を利用したスイングバイを繰り返すことで、少しずつ太陽に接近しています。スイングバイに利用される天体は探査機の主要な探査対象ではない場合も多いのですが、その天体を観測する貴重な機会となることから、接近通過時に観測が実施されることがあります。2020年7月に3回目の金星スイングバイを実施したパーカー・ソーラー・プローブは、広視野カメラ「WISPR」を使って金星の夜側を撮影しました。
WISPR(Wide-field Imager for Parker Solar Probe)は太陽コロナや内部太陽圏を観測するために開発された観測装置です。第9回太陽フライバイ(2021年8月)時の画像をもとに作成された次の動画には、「ストリーマー(流線)」と呼ばれる太陽コロナの構造が幾つも捉えられています。
【▲ 2021年8月の第9回フライバイ時にパーカー・ソーラー・プローブが撮影した太陽コロナのストリーマー(流線)】
WISPRは撮影方向と範囲が異なる2つのカメラで構成されているため、両方の画像を用いるとこのような映像になる。
(Credit: NASA/Johns Hopkins APL/Naval Research Laboratory)
関連:太陽コロナの内側から見た景色。史上初めて到達したNASA探査機が撮影
研究者たちは、金星の夜側上空を通過するパーカー・ソーラー・プローブのWISPRが、厚い雲の雲頂を撮影できる可能性があると考えていたといいます。WISPRのプロジェクトサイエンティストを務めるAPLのAngelos Vourlidasさんは「目的は雲の速度を測定することでした」と振り返ります。
ところが、パーカー・ソーラー・プローブから届いた画像は研究者を驚かせました。WISPRは金星の雲だけでなく、その下にある金星表面の特徴を捉えていたのです。この画像(本稿の冒頭に掲載)は2021年2月の公開時にsoraeでも紹介しています。WISPRチームの一員でもあるWoodさんは当時、WISPRが金星表面からの熱放射を効果的に捉えていて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」が近赤外線の波長で観測した画像にとても良く似ていると指摘していました。
関連:NASAの太陽探査機が撮影した金星夜側の画像、研究者を驚かせる
この結果を受けてWoodさんたちは、2021年2月に実施された第4回金星スイングバイの際にも金星夜側をWISPRで撮影しました。その結果、可視光線から近赤外線の一部にかけての波長(470nm~800nm)で画像を撮影するWISPRは、金星夜側の表面から放射された赤いかすかな光を捉えていたことが明らかになったといいます。
研究グループによると、金星の表面は夜側でも摂氏約460度の高温だと推定されています。Woodさんはその温度を「まるで炉から取り出された鉄片のように岩肌が輝いて見えるほど」と表現しています。高温の岩は熱(赤外線)と光(可視光線)を発しますが、可視光線の大半は分厚い金星の雲に遮られてしまい、宇宙までは届きません。ただし、波長が非常に長い可視光線……言い換えればとても赤い光は、赤外線とともに雲を通過できるといいます。
昼間は太陽が金星の雲頂を明るく照らしているので、表面の岩から放射されたかすかな光を捉えることはできません。しかし、夜間は別です。パーカー・ソーラー・プローブのWISPRは、夜間に雲を通過したこの赤い光を捉えていたというのです。
金星の表面は、これまで宇宙空間からは電波(レーダー)や赤外線の波長で観測されてきました。可視光線の波長で表面を撮影したのは、1970年代に実施された旧ソ連の金星探査計画「ベネラ」の着陸機のみだったのです。宇宙空間から可視光線の波長で金星表面を観測した例は過去になく、パーカー・ソーラー・プローブは史上初めて宇宙から可視光線の波長で金星表面を観測した(800nm未満の波長を観測に用いる光学望遠鏡による金星表面の最初の検出)ことになります。
WISPRが撮影した画像を見ると、金星表面は明るい部分と暗い部分が入り混じっています。研究グループが過去の探査ミッションで取得された金星表面のレーダー画像とWISPRの画像を比較したところ、明るさの違いは表面の地形的特徴に対応していることがわかりました。
温度は金星表面の標高によって異なり、標高が低いほど温度が高く、標高が高いほど温度は低くなります。WISPRの画像では、低地は明るく、高地は暗く写っています。また、加熱された物質は固有の波長で光を発するため、WISPRの画像は金星表面に分布する鉱物を特定する上で役立つ可能性があるといいます。
ただし、パーカー・ソーラー・プローブの主任務は太陽コロナの観測であり、金星の観測が実施できるのはスイングバイのタイミングに限られます。去る2021年10月には第5回金星スイングバイが実施されましたが、この時の条件はWISPRによる夜側の撮影には適していませんでした。2023年8月に予定されている第6回金星スイングバイも同じだといいます。パーカー・ソーラー・プローブが金星の夜側を撮影できる次の機会は、2024年11月の7回目にして最後の金星スイングバイになる見込みです。
NASA本部の惑星科学部門長Lori Glazeさんは、「(パーカー・ソーラー・プローブの成果は)広範囲の波長を用いてイメージングすることの価値を示しています」とコメント。NASA本部の太陽系物理学部門長Nicola Foxさんは「(金星スイングバイ時に実施された観測が)思わぬ形で金星の研究を進めるのに役立つことを嬉しく思います」とコメントしています。
ちなみに、金星には今後10年ほどの間に様々な探査機が送り込まれる予定です。NASAは金星表面のマッピングを目的とした「VERITAS」および探査機を降下させて金星大気の観測を行う「DAVINCI+」の2つのミッションを、欧州宇宙機関(ESA)は金星の大気から内部までを探査するミッション「EnVision」を、いずれも2021年に選出しています。
また、金星の大気中に生息するかもしれない生命の兆候を探すことを目的としたミッション「Venus Life Finder」も、民間主導で準備が進められています。Venus Life Finderは複数のミッションが想定されていて、最初のミッションは早ければ2023年にも実施される計画です。地球の近くにありながらも謎に包まれた惑星である金星、その探査ミッションから目が離せません。
関連
・NASA 金星の謎を追う。新たに2つの探査ミッションを採用
・欧州宇宙機関が金星探査ミッション「EnVision」の選定を発表!
・金星に生命は存在する?その謎に迫るミッションが2023年に開始予定
■この記事は、Apple Podcast科学カテゴリー1位達成の「佐々木亮の宇宙ばなし」で音声解説を視聴することができます。
Source
Image Credit: NASA/APL/NRL NASA - Parker Solar Probe Captures its First Images of Venus' Surface in Visible Light, Confirmed Wood et al. - Parker Solar Probe Imaging of the Night Side of Venus文/松村武宏
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