NASAも注目する「回折式ソーラーセイル」どこが革新的なのか?
sorae.jp / 2022年7月14日 16時25分
【▲「回折式」ソーラーセイルのイメージ図(Credit: MacKenzi Martin)】
米国航空宇宙局(NASA)が革新的な宇宙開発に対して支援する「NIAC(NASA Innovative Advanced Concepts)」プログラムにて、ジョンズ・ホプキンズ大学の研究グループが主導する「回折式ソーラーセイルプロジェクト」が2022年度のフェイズIIIに選定されました。
NIACプロジェクトは、実現可能性の探求や技術成熟度レベル(TRL)の向上を目指す「フェイズI」(期間:最大9ヶ月)、開発のためのロードマップを描く「フェイズII」(期間:最大2年)、NASAにとって最高級のインパクトをもたらすコンセプトへの移行を戦略的に計画する「フェイズIII」(期間:最大2年)という3つのフェイズから成り立っています。2022年度のフェイズIIIの公募は2021年12月に発表され、2022年5月にテーマが選定されました。
【▲ NASAによるNIACプロジェクトの紹介動画】
(Credit: NASA)
ソーラーセイルとは、風を利用して海を横断するヨットのように、太陽光が帆に衝突した際に発生する「太陽輻射圧」を推進力にして移動する宇宙船のことです。推進力の源となる太陽光は無際限に存在すると見なせるだけでなく、既存の推進剤と比較して安価だというメリットがあります。
JAXAの「反射式」ソーラーセイルとの違いソーラーセイルのアイディア自体は1970年代後半に誕生したものの、2010年にJAXAが実施した「IKAROS」プロジェクトまで実現しませんでした。IKAROSプロジェクトで実現した既存のソーラーセイルは、光子が帆の表面で反射した際に発生する太陽輻射圧を推進力にした、いわば「反射式」を採用しています。
![【▲光の回折によって発生する輻射圧(左図)と光の反射によって発生する輻射圧(右図)。Fが発生する輻射圧(Credit: Amber Dubill)】](https://sorae.info/wp-content/uploads/2022/07/image1.jpg)
【▲光の回折によって発生する輻射圧(左図)と光の反射によって発生する輻射圧(右図)。Fが発生する輻射圧(Credit: Amber Dubill)】
反射式ソーラーセイルの場合、帆の面積が大きいほど、太陽輻射圧を大きくすることが可能です。しかし、帆の面積が大きくなれば帆の質量も大きくなって推進効率が落ちるため、軽量な材料で帆を作る必要があります。
加えて軌道速度を加速・減速するためには、ソーラーセイルの帆を太陽光の入射方向に対して傾ける必要があります。しかし帆の傾きが大きくなるほど太陽輻射圧を効率的に推進力に割り当てることができなくなるため、ソーラーセイルの操縦と力はトレードオフの関係にあるという課題があったといいます。
いっぽう、ジョンズ・ホプキンズ大学の研究グループが考案した「回折式」ソーラーセイルでは「回折現象」を利用して光を偏向させることで、太陽輻射圧を発生させます。回折式ソーラーセイルでは太陽光の入射方向に対して垂直に近い向きの推進力を得ることが可能なため、光子が生み出す力を効率よく使用できるといいます。研究グループを率いるAmber Dubill氏によると、反射式ソーラーセイルと比べて23%以上も効率的に推進力を得ることができるといいます。
太陽の極軌道にも到達しやすくなるソーラーセイルの技術![太陽探査機「ソーラー・オービター」の極端紫外線撮像装置(EUI)で撮影された太陽の南極(Credit: ESA & NASA/Solar Orbiter/EUI Team)](https://sorae.info/wp-content/uploads/2022/06/ESA-Solar_Orbiter_s_highest_resolution_image_of_the_Sun_s_south_pole.jpg)
【▲ 太陽探査機「ソーラー・オービター」の極端紫外線撮像装置(EUI)で撮影された太陽の南極(Credit: ESA & NASA/Solar Orbiter/EUI Team)】
太陽の北極や南極は太陽活動を解き明かす鍵になるとも考えられているものの、太陽の極域を観測しやすい極軌道に既存の推進システムを使って宇宙船を投入するのは困難であり、これまで、NASAの「ユリシーズ」が1.3天文単位(以下、au)(※)以内の距離に到達したのが唯一の事例でした。
欧州宇宙機関(ESA)が現在運用中の太陽探査機「ソーラーオービター」の場合、金星と地球の重力を利用したスイングバイで軌道を変更しても、太陽から0.3au以内・傾斜角25度の軌道にたどり着くまで3年かかるようです。これに対して「回折式」ソーラーセイルは、惑星の重力や追加燃料を利用しなくても、太陽から0.32au以内・傾斜角60度の軌道にたどり着けると予想されています。
関連
・太陽の高解像度画像 欧州の探査機「ソーラー・オービター」が撮影
※天文単位…太陽から地球までの距離を1天文単位とした、距離の単位
NIACのフェイズIIIに選定されたジョンズ・ホプキンズ大学の研究グループには、今後2年間で200万ドルの資金が提供され、ソーラーセイルの帆に使用されるメタマテリアル(※)の最適化のために地上テストを実施することに割り当てられる模様です。
※メタマテリアル...光の波長よりも微細な構造を作ることによって、物質の光学的な特性を操作した人工材料
Source
Image Credit: MacKenzi Martin Phys.org - NASA-supported solar sail could take science to new heights Dubill(2020) - Attitude Control for Circumnavigating the Sun with Diffractive Solar Sails doi.org/10.48550/arXiv.2206.10052 - Theory of Radiation Pressure on a Diffractive Solar Sail NASA - Diffractive Lightsails NASA - NASA-Supported Solar Sail Could Take Science to New Heightsこの記事に関連するニュース
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