防衛省で襲われた自衛官が、銃に実弾さえ入れられない悲哀

日刊SPA! / 2019年2月23日 8時54分

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黄色い矢印マークは警備会社の警備員、白ヘルメットが防衛省の警備員 撮影/原純一

「自衛隊ができない50のこと 50」

◆防衛省の門番が襲われる事件が発生

 さる2月7日朝、東京市ヶ谷の防衛省で正門から男が侵入し、門番の持つ小銃を奪おうとした事件が発生しました。不意打ちで突進されれば肋骨や腰骨が骨折するような危険もあったと思いますが、日ごろ戦闘訓練をしている自衛官のこと、とっさに受け身をとったのでしょう。襲われた自衛官に大きな怪我がなくて本当によかったと思います。今回、犯人は自衛官の小銃を奪おうとしたと言われています。この場合、強盗未遂と公務執行妨害の罪が問われる可能性があると思います。

 昭和46年、陸上自衛隊の朝霞駐屯地で、警衛勤務中だった当時21歳の自衛官が「赤衛軍」を名乗る数名に殺害された事件がありました。その事件でも自衛官は発砲していません。自衛官が持っていたその銃では自身を守れなかったのです。人の命を救えない銃なんて何の意味もありません。

 しかし、自衛隊の門番は、防衛出動や治安出動がかかっていない限り、正当防衛以外では発砲できません。ゆえに、他国の軍事拠点と比べてたやすく攻撃できるのが我が自衛隊拠点なのです。犯人が素手で自衛官から小銃を奪えると考え、人目の多い朝に凶行を行うほどに我が自衛隊は甘く見られていたわけです。小銃に実弾は入っていませんでした。実弾なしの銃など重いだけのオモチャです。

 もちろんしっかりした警護体制の基地や倉庫もありますが、実銃なしで警備しているユルユルの拠点も山ほどあります。さらに、基地によっては実弾や実銃があっても厳重に管理され、簡単には取り出せないというバカバカしい仕組みになっています。敵が来てから「鍵を取りに行って銃を出して弾も運んでくるからちょっと待っててね」とでも言うつもりでしょうか。たとえ銃があったとしても、これでは強襲されたらアウトです。

◆自衛官の小銃に実弾が入っていなかったと報道する意味

 この事件で不思議なのは報道内容です。共同通信は「正門にいる自衛官が持つ小銃に実弾は入っておらず、奪われても発射される恐れはないという」と配信しました。

 自衛隊の本丸である防衛省の正門警護には実弾の入っていない門番しかいないことをわざわざ世界中に広める感覚が理解できません。春には天皇陛下の譲位とそれにともなう改元の行事が予定されており、我が国はたくさんの外国の賓客を迎える準備に入ります。また、朝鮮半島・中国の情勢も予断を許さない状況です。

 そのような中で、安全保障の要となる防衛省の門番のあまりにも悲しい武装状況を世界に向けて発信したわけです。マスコミがテロリストに情報を与えていいのでしょうか? 防衛省で歩哨の自衛官が襲われたと聞いた時、私などは真っ先に「その自衛官は怪我をしなかったか?」と心配しましたが、マスコミが心配したのは自衛官の安否よりも「実弾の入った自動小銃は奪われなかったのか? 奪われたら危険では?」ということでした。

 テロに対して直接対峙するのは警察ですが、その後ろに自衛隊がいるからこそ警察も存分に対処できるはずです。基地警備がこれほど手薄ならば自衛隊の基地機能を破壊するのはたやすいと考える輩も出ます。この事件を自衛隊の警備体制を見直すキッカケにするべきだと思います。

 そもそも、自衛隊が自らの基地や駐屯地を守るための武装すらできないというのは恐ろしいことです。紛争以前に基地機能を潰されてしまえば、その時点でもう国は守れません。この教訓をどうか有効に活かしてもらいたいものです。

◆防衛省の正門には警備会社のガードマンがいる

 戦後、GHQが占領政策の一環として敷いた「WGIP(War Guilt Information Program)」の下、「日本は侵略国家であった」という洗脳と「軍国主義者」が善良な国民を騙して戦争に駆り立てたという宣伝が行われ、日本人に戦争に対する罪悪感を植え付けました。その間違った歴史観は、その後さまざまな検証がなされ覆されているにもかかわらず、今も我が国の安全保障に暗い影を落としています。

 たとえば、自衛隊は「悪」で自衛隊の「武力」は侵略に使われるという偏見です。警察が実弾を込めた拳銃を所持していても、私たちは疑問を持ちません。同様に、国を守る軍人が実弾を込めた銃を持つのは「我が国以外では」当然のことです。

 私たちを守る公的機関は等しくそのために必要な力を持つべきだ、という正常な感覚が我が国には決定的に欠けています。いくら自虐史観を植え付けられたとしても、もう戦後70年以上経っているのです。インターネットを通じて誰もが自由に情報を手に入れられる時代、この緊迫した情勢の中でなお、その嘘に騙され続けて改めないならば、もはや救いはありません。

 しかし、現実には自衛隊基地を作るにあたり地元自治体に「弾薬や銃を持ち込むな」とか「戦闘機はこの基地に入れるな」という約束をさせられている事例もあります。我が国を守る自衛隊の武力強化を嫌がる人が多いのは不思議です。私たちを守る力がひ弱でよいとでも考えているのでしょうか。防御壁が突破されれば、敵の蹂躙を受けて苦しむのは私たち国民自身です。

 今回「自衛隊が自衛隊の基地すら守れないなら、警察が守るしかないのかしら」という事件報道に対して自嘲気味のコメントを書いている人をSNSで見かけましたが、実はもっと情けないことになっています。

 防衛省の正門前には自衛官の制服とは違う、少し青みがかった制服を着た人が立っています。警備会社の警備員です。我が自衛隊の本丸・防衛省は民間のガードマンに守られているのです。悲哀を通り越して、こんな屈辱に怒りを覚えます。

 今回の事件はその警備員たちをすり抜け、奥に立っている歩哨の自衛官の小銃を狙ったものですが、警備員も歩哨も警戒心がなさすぎです。自衛隊は軍隊ではないと言う人たちがいますが、まさにその状態です。

 警備会社に守られ、満足に実弾すら持てず、侵入者への武力行使も禁じられた組織。それが自衛隊です。自衛隊を縛る法律の愚かさがここに凝縮されています。立派な装備品があっても、どれだけ高価で実力のある兵器を買っても、このままでは国どころか自衛隊自身すら守れません。憲法9条はいまだに我が国にありますが、憲法9条では国どころか自衛隊員すら守れないことがよくわかった事件でした。これでは悔し過ぎます。

 せめて自らの基地や駐屯地や自衛隊員自身を守れる自衛隊にしなくては話になりません。まずはそこからです。<文/小笠原理恵>

【小笠原理恵】

国防ジャーナリスト。「自衛官守る会」顧問。関西外語大学卒業後、報道機関などでライターとして活動。キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)を主宰

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