東大の卒業式・入学式でスピーチする御仁の資格と品格/倉山満

日刊SPA! / 2019年4月29日 8時30分

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今年の東京大学の入学式で祝辞を述べる、上野千鶴子名誉教授

― 連載「倉山満の言論ストロングスタイル」―

◆1964年の東大卒業式でスピーチした大河内総長とは

 この前、護憲派に向かって思いっきり罵倒してしまった。「お前ら、改憲派くらい、頭が悪いな!」と。連中、何を言われているか理解していなかったのだから、相当に頭が悪いに違いない。

 私は、頭がパーの左翼・リベラルのことを「パヨク」と呼ぶ。同じく、頭の悪い右翼・保守のことを、「アホシュ」と呼ぶ。パヨクとアホシュ、丙丁つけがたい頭の悪さだ。

 さて、元祖「おま言う大賞」とも言うべき人物がいる。大河内一男(1905-1984年)、東京大学総長である。「おま言う」とは、「お前が言うな」の略である。

 大河内総長は、1964年の東大卒業式で「太った豚よりやせたソクラテスになれ」と講釈を垂れたとされる御仁である。これに対し、東大関係者は「(ジョン・スチュアート・ミルの著書からの)引用が正確でない」とか「総長スピーチの予定原稿には書いてあったけど、実は発言してない」とか、オタク的なトリビアを披露しているが、そんな細かい事実関係はどうでもいい。

 本質は、東大の総長(東大の学長のことだが、なぜか慣習的に自民党の派閥幹部か暴力団の親分の如く、この名称で呼ばれる)を務めた大河内なる人物がソクラテスに値するか、ブタにふさわしいかである。

◆戦争に異を唱えた東大教授、河合栄治郎

 時は、昭和14(1939)年のことだ。当時の日本は支那事変という愚かな戦いを続けていた。中国国民党の挑発と現地マフィア(その最大勢力が中国共産党)の暴虐に業を煮やした大日本帝国は、「暴支膺懲」を掲げ中国大陸全土に大軍を派遣した。「暴支膺懲」とは、「暴れん坊のチャイニーズを懲らしめる」という意味である。勇ましいが、これが戦争目的なのだから、それこそ中国人を皆殺しにしなければ終わるはずがない。

 案の定、中国大陸全土で全面戦争を展開し、などという立派なものではなく、壮大な鬼ごっこを繰り広げ、戦費調達の為の増税に次ぐ増税で、国民生活は瀕死の状況であった。

 それでも、健気な日本国民は耐えた。これは正しい戦いなのだ。立派な軍人さんたちが戦っているのだから、不平や不満を漏らしてはいけない、と。異論を唱える者は「非国民」として、社会から抹殺された。なかには、命を狙われた人もいる。

 その一人が、東大経済学部教授の河合栄治郎だった。河合は、左右の全体主義者の両方の間違いを指摘した。パヨクとアホシュの両方を敵に回して孤軍奮闘していたのだ。この戦いに意味があるのか? どうやったら終わるのか? きれいごとを言うけれども、戦いを推進している連中は、何も考えていないのではないか? それどころか、世界を敵に回して、日本を破滅させる気なのか?

 しかし、河合の正論は通らない。軍と政府は東大に圧力をかけてきた。時の総長は、戦艦大和の設計者として有名な平賀譲だった。平賀は河合が論敵と激しく争っていたのを「喧嘩両成敗」として処分するとの方針を示した。テキトーな理屈をつけているが、因縁をつけて河合をクビにしようとしたのだ。

◆大河内は恩師・河合と縁を切り保身に走った

 言論の自由、学問の自由、大学の自治……当時の帝国憲法下で認められた権利をことごとく侵害する気満々だ。いかなる屁理屈を言おうが、本音は「河合、ウゼー、メンドクセー」にすぎない。

 これに対し河合は、「筋の通らない処分をされるくらいなら、こっちから辞めてやる!」と辞表を提出した。河合門下の東大教員は全員が、師匠に従い辞表を取りまとめる。

 ところが、大河内は河合の弟子のクセに辞表を撤回、平賀総長にワビを入れて、地位を守った。恩師の河合と縁を切り、保身に走ったのだ。

 その後の河合は著書の発禁処分を受け、裁判で有罪判決を受け(当然、まともな裁判ではない)、収入の道を絶たれたまま、昭和19年に無念の死を遂げた。後世の人は、「もしあと1年生きていれば、せめて文部大臣になり、敗戦後の日本を立て直してくれただろうに」と惜しんだ。

 生き残った大河内は出世している。

 果たして、保身のために筋を曲げた大河内に、命を懸けて正論を訴えた古代ギリシャの哲人・ソクラテスを語る資格があるか? 申し訳ないが、東大教授などブタでもなれるということだ。

◆上野千鶴子名誉教授はイイことも言っているが…

 先日から、フェミニスト社会学者で知られる上野千鶴子東大名誉教授の入学式でのスピーチが、ネットで話題になっている。大手サイトの見出しだけ見ると、イイことを言っているような錯覚を感じる。東大のHPで全文を読んだが、確かに部分的にはイイことを言っている。特に、見出しにもなっていた「がんばっても、それが公正に報われない社会があなたたちを待っています」との発言に共感を得た人も多いだろう。そこだけ聞けば、私も共感する。

 しかし、「他に問題があるけれども、あの人はイイことも言っている」でリベラルの諸君が許すならば、発想がアホシュと同じだ。多少の問題は構わないが、限度がある。

◆上野千鶴子名誉教授の「スピーチでやってはいけないこと」3つ

 上野名誉教授の祝辞は、「スピーチでやってはいけないこと」のオンパレードだ。特に取り上げたい点が、三つある。

 一つは、お祝いの席にふさわしくない言葉が多い。そもそも上野氏が言及している「性的な凌辱」とか「月経」とか、その言葉を出すこと自体がふさわしくない。わざわざ持ち出す単語か?

 二つは、全体に向けて話していない。この新入生への祝辞、女子学生だけに向けて「社会には差別があふれている」と危機感を煽り、男子学生には「お前たちは差別者だ」と糾弾する。何のアジ演説だ? スピーチとして失格だろう。

 三つは、自分を「第一人者」とか言っていること。上野名誉教授、自分がフェミニズム社会学を切り開くのが大変だったと言いたいのはわかるが、エエ年こいて、少しは謙抑的な表現ができなかったのか? 自分が主役だと思って自慢話をするスピーチくらい聞き苦しいものはない。

 パヨク諸君が、ここまで合格最低点に達していないスピーチを褒めちぎるって何なのだろう? この三点だけで致命的だろう。これでは、人としての合格最低点に達していない。

 場を弁(わきま)えない。一部の自分の支持者(&予備軍)のほうにしか目を向けない。自分が主役でないと気が済まない。そして、そういう人を持ち上げる。

 保守業界で、これでもかと見慣れてきた光景だが、左の陣営も同じかと嘆息した。

 左とか右とかではなく、「下」ではダメだ、ということだ。本当の意味での「上」、正論を通さねば。

<写真/時事通信社>

【倉山 満】

憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。’96年中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程を修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員として、’15年まで同大学で日本国憲法を教える。’12年、希望日本研究所所長を務める。同年、コンテンツ配信サービス「倉山塾」を開講、翌年には「チャンネルくらら」を開局し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を展開。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数

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