「日本の悪口を言う奴は反日だ」と叫ぶ人たちが取り違えていること/鴻上尚史

日刊SPA! / 2019年7月10日 6時50分

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― 連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史> ―

◆「歴史戦」のトリックに 取り込まれないために必読の一冊

 気がつくと、意外に身近な人が、平気で「○○人はとんでもない」とか「○○人は信用できない」なんて言い方をしていたりします。

 そういう一律のレッテル貼りの言葉を聞くたびに、心を痛め、この現状はヤバいなあと思っていました。

 だって、「青森県人は汚い」なんて言い方をしたら(もちろん、何県でもいいのですが)、自分がどんなにムチャなことを言っているか分かると思います。住んでいる地域で、そこの人達全員の特徴をまとめられるわけないのです。

 でも、これが国になると、平気で言う人が出てくるのです。どういう本を書けば、この悲しい傾向がなくなるのかなあ、と思っていたら、ものすごく素敵な本と出会いました。

『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』(山崎雅弘/集英社新書)です。

 なんだか「歴史戦」という言い方が、一部の人達の間で活発に使われているそうです。

 それは、たとえば、慰安婦問題や南京虐殺問題などが「単なる歴史認識をめぐる見解の違い」ではなく「戦い」だという意識のもと、「日本と外国の戦いなら、日本はそれに勝たなくてはならず、勝つために全力をつくさないといけない」という考え方です。

 それはつまり、歴史研究ではなく、運動家の戦い、ということです。

 そうすると「事実はどうだったのか」ということより「どう勝つか」ということが重要になります。

「○○人はとんでもない」という言葉もまた、「歴史戦」の中に出てくる言葉のひとつになります。

 まず筆者は、この本で、「『歴史戦』でよく使われるトリックに取り込まれないためのヒント」として、「『日本』と『大日本帝国』と『日本国』の意味の違い」を確認した方がいいと言います。

 大日本帝国は、1890年(憲法施行)から1947年までの57年間、この国を統治しました。日本国は、1947年の憲法施行から、現在で73年目です。

「どちらも「日本」という時代を超越した包括的な国家の概念においては、ごく一部でしかありません」

◆「自虐史観」の「自」とは何か

 でも、ネトウヨさん達は、すべてを日本と呼びます。

「日本の悪口を言う奴は反日だ。日本を出て行け」という、よく言われる言い方は、じつは厳密に言えば、「大日本帝国の悪口を言う奴は、反大日本帝国だ。(現在の)日本国を出て行け」ということなのです。

 実証的研究家が、旧日本軍が大日本帝国時代におこなった事実を究明しようとすると、運動家から「日本の悪口を言うな」と言われます。

 じつにあざとい言い方です。この言葉を聞いた一般人は、「そうか。あの人は日本の悪口を言っているのか。なんかヤダな」と思うでしょう。

 でも、「日本の悪口」ではありません。「大日本帝国が行ったこと」を話しているのです。それは、「悪口」とかいう、子供の喧嘩レベルの表現ではありません。

 どうして、そういうことをしなければならなかったのか、その目的はなんだったのか、それは避けられなかったのか。そういうことを明確にするために、検証しているのです。

 その学問的行為を「日本の悪口を言うな」という一言で片づけるのです。実証的研究家の人は、その理不尽さに言葉をなくすでしょう。真面目な研究者からすれば、歴史戦を戦う運動家のエネルギーも圧力も、苦手な部類だと思います。

 沈黙しがちになるのは、分かる気がします。けれど、黙ってしまうと、「勝った」とか「我々が正しい」と運動家は思うのです。

 この本は「自虐史観」の「自」とは何かと問いかけて、それは、「大日本帝国」に賛成し、「大日本帝国」の価値観で生きている人達だと喝破します。

 戦後、ドイツはナチズムに対する徹底的な反省をしました。結果、ナチスドイツと現在のドイツを混同して攻撃する人は、今はもういません。

 が、現在の日本は、「日本の悪口を言う自虐史観を大切に守る日本人」という言い方で、「大日本帝国を批判する反大日本帝国史観を持つ現在の日本人」という、しごくまっとうな論理が潰されてしまうのです。

 慰安婦問題や南京虐殺問題に対する実証的アプローチも見事です。必読の一冊だと思います。

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