いちご大福、ショートケーキの「元祖・発祥」店はどこ? 帰省土産にもおすすめ

日刊SPA! / 2019年8月12日 8時50分

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宮内庁御用達のショートケーキ

 お盆休みがやってきた。GWが長かった今年は、その時期に海外旅行に出かけた人が多いためか、このお盆は国内で過ごすのが主流という話もあり、そうなれば実家に帰省する場合も当然あるはず。そんな中、お土産のワンパターン化に悩むことも多いのではないだろうか。

 飛行機や新幹線の時間を気にしながらバタバタと選ぶお土産は、面白みも特になく、商品自体がどんなものかもよく知らないこともほとんど。そこで、最古(もっとも古い)のものばかりを集めている、自称サイコメグラーの記者がオススメする「最古の手土産」をいくつか紹介する。

◆最古のいちご大福

 古くから続く和菓子の文化の中で、定番的な人気を誇る「いちご大福」。平成生まれの人にとっては、いちご大福もまた長大な和菓子の歴史の一員と思われるかもしれない。しかし、いちご大福はごく新しい和菓子。そしてその存在は、和菓子が売れなくなった時代の救世主だった。

 長い歴史を持つ和菓子だが、高度経済成長期に差し掛かると洋菓子人気に押され、売り上げは下降の一途を辿っていく。そんな和菓子不遇の時代に登場したのが、大角玉屋(東京都新宿区)の「いちご豆大福」だった。

 大角玉屋の3代目社長が、和菓子の復権を願い、昭和60年に最初のいちご豆大福を発売。社長ははじめ、いちごをまるごと一個大福に入れてしまうという奇抜さゆえ、あまり売れないだろうと考えていたという。しかし予想を裏切り、最初のいちご豆大福は瞬く間に完売。

 その人気にいち早く気づいたのは、当時、大角玉屋の近くに社屋を構えていたフジテレビに出入りする人々だった。上品な甘さの餡に甘酸っぱいいちごの酸味。何より、大福の中にジューシーな果実が入っているという味わったことのない食感が業界内では大きな話題に。そして、昭和62年には国民的歌番組「ザ・ベストテン」で紹介されるまでになった。

 この大ヒットによって、和菓子全体の売り上げも盛り返したという。まさに和菓子の危機を救ったのが、この「いちご豆大福」だったのだ。

◆「激辛」にも最古が

「激辛」という言葉、今では当たり前のように使われていて、昔からあるもののように思われる若い人もいるだろう。実はその歴史はまだ30年あまりで、1986年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉のひとつ。この激辛という言葉は「神田淡平」という老舗煎餅店が発売した「激辛 特唐辛子煎餅」で初めて使われたものだ。

 現店主が小学5年生の頃、塾で唐辛子をまぶした煎餅を食べさせられた。涙が出るほど辛かったが面白がる先生や友だちの手前、平然を装ったという。そして自宅へ帰ると父親に「とてつもなく辛い煎餅」を作ってほしいと頼んだ。

 そして翌日、その煎餅をカバンに忍ばせ塾へ。結果的に復讐は成功。教室には悲鳴が響き渡ったという。そうして、辛党だったお母様によって商品化が進められ、おおいに話題となった。

 その後、今に至る激辛ブームはご承知の通りだ。

◆宮内庁御用達、最古のショートケーキは絶品

 ナポリタンやドリアなど、海外からやってきたメニューのようでいて、日本生まれの食べ物というのは意外と多い。「洋菓子店」で売られているから海外からきたもののように思われるかもしれないが、ショートケーキも実は日本生まれの食べ物だ。

 原宿にある「コロンバン」というお店がその発祥で同店の創業者である門倉国輝氏が大正時代に発案したものだとされている。

 軽めのスポンジに、甘さ控えめながら存在感のあるクリーム。そこに新鮮ないちごの酸味がアクセントを加える。そんなショートケーキの歴史を担うコロンバンは、洋菓子店として唯一、宮内庁御用達となっているお店だ。

 お盆の帰省にこうした「最古メニュー」を持ち帰れば、おいしさはもちろんのこと、会話のタネとしても活躍してくれて、印象に残るお土産になること間違いなしだ。<取材・文・写真/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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