自衛隊がホルムズ海峡への派遣に耐えられない理由

日刊SPA! / 2019年9月26日 8時50分

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 9月14日未明、サウジアラビア東部に位置する国営石油会社の施設が攻撃を受け、同国の日量生産能力の半分に当たる約570万バレルの生産が一時的にストップした。

 かねてから「親イラン」と見られていた隣国イエメンのイスラム教シーア派の武装組織「フーシ」が、ドローン(無人機)10機による攻撃を行ったとの犯行声明を出したが、米国とサウジはフーシによる“単独犯行”を否定。使用されたのはイラン製のドローンとイラン革命防衛隊が保有する巡航ミサイルであったと断定し、ミサイル攻撃もイランから直接撃ち込まれた可能性が高いとイランを名指しで非難している。

 中東情勢がさらなる混迷を極めるなか、ホルムズ海峡を巡って米国から再三にわたって「有志連合」への参加を要請されていることから、10月から始まる臨時国会では、再び「自衛隊の海外派遣」が議論に上りそうな見通しだ。米国主導の「海洋安全イニシアチブ」への参加について、現時点で政府は「否定的」な立場を取っているが、果たして、派遣は現実的に可能なのか?

 今回、自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰し、新書『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社刊)で話題となっている国防ジャーナリストの小笠原理恵氏に聞いた。

◆サウジ石油施設攻撃で中東情勢緊迫化

――サウジの石油施設への攻撃を機に、ホルムズ海峡への自衛隊の派遣問題がクローズアップされ始めたが。

小笠原:日本政府の見解は、あくまで攻撃を仕掛けたのは「フーシ」としていますが、米国がイランの関与を疑っている以上、シーレーンの要衝であるホルムズ海峡を巡って緊張が高まることは避けられません。現在、保険の世界ではあの海域は「戦闘地域」扱いとなっており、6月に日本企業のタンカーが攻撃されて以降、さらに船舶保険料は高騰しています。

米国が民間船舶の護衛のために「有志連合」への参加を日本に呼びかけているのも、“自国に石油を運ぶ船舶を自国で守るのは当然”と考えているからにほかなりません。

ところが、自衛隊の海外派遣は法的に難しいうえに、国民は今回の事態を楽観視しており、日本に石油が入ってこなくなることなど想像だにしていない。政府が「有志連合」に参加しようとしても、野党は今も平和安全法制の廃止を求めている。世論も応じないだろうし、政治家もこうしたことを理解しているので、早晩、国会で議論の俎上に上げることも難しいのではないか……。

とはいえ、エネルギーの安定供給も確保しなければならない。石油タンカーは30万トンの原油を運びますが、それでも日本国内の消費量の半日分程度でしかありません。ほとんどの原発が停止している今、発電は火力に偏り、石油がなくてはならないものになっているのも事実なのです。今後、ホルムズ海峡で日本や他国の民間船舶が攻撃されるなど事態が悪化すれば、議論せざるを得ないでしょうね。

――2016年から2017年にかけて大きく報じられた「自衛隊日報問題」では、過去の海外派遣で「戦闘」に巻き込まれた可能性があったことが明らかとなっている。仮に、ホルムズ海峡へ自衛隊が派遣されることになったら、大きな危険を伴うことが予想されるが。

小笠原:ホルムズ海峡への派遣となると、過去の海外派遣のときと比べても、かなりのリスクを背負うことになるでしょうね。相手が海賊なら海賊対処法があるので武力行使も可能ですが、今回は相手が違う……。軍艦に対しては、現行法では武力行使はできません。

また、今回は日本船舶のみを対象とした護衛でもなければ、相手が不審船でもないので、「海上警備行動」にも該当しません。結局、平和安全法制の「重要影響事態」と捉えて、法律をうまく運用するか、それができないのなら、新たな法整備が必要になる。

それでも日本船舶のみを護衛することができるのか? 甚だ不透明です。実務面でも、自衛隊の指揮命令系統で、敵が撃ってきたとき即座に反撃できるのか? 現場は悩ましいでしょう。

仮に、反撃して相手に死者が出たとき、国内法で殺人罪に問われかねないが、現行法では自衛官の安全を担保できていない……。イラクPKOの日報にもあったように、一瞬即発の状況を乗り切るようなギリギリの対応を迫られることになるのは間違いない。

◆派遣が決まったら拠点はどうなる?

――今回のサウジへの攻撃では、ドローンや巡航ミサイルが使用されたとの疑いが出ている。このような攻撃も想定されるのではないか。

小笠原:ドローンの技術は米国がリードしていたが、今やイランや中国は同等のレベルと見ていい。そして、こうした攻撃が想定される海域は、戦場と何ら変わらないのです。にもかかわらず、現状、自衛隊は相手から攻撃され、かつ身を守るためでなければ反撃できないので、損害が甚大になる危険を大いに孕んでいる。

また、自衛隊が戦えないわけですから、日本船舶の被害も増えるでしょう。自衛隊を派遣するなら、戦闘に巻き込まれることも想定した現実に即した態勢で派遣すべきですが、「戦闘地帯」という前提で議論になれば「戦場に派遣していいのか!」という批判が噴出する……。リアリティを伴った議論にはならないでしょうね。

――仮に、ホルムズ海峡への派遣が決まったら、どこに拠点を構えることになるのか。

小笠原:海上自衛隊は海賊対処の派遣のために、ジブチに航空機運用の基地を持っているが、ジブチからホルムズ海峡は遠く有志連合の対応には使えない。民間船舶の警護をするために有志連合に艦艇を参加させるにしても、海賊程度の武装集団への対処しか経験がありませんし、そもそも恒常的に人員不足の艦艇乗組員を確保できるのかも不安です。

ただ、海賊対処法下では、海自の自衛官が多国籍軍を指揮したこともあるので、米軍などと話し合えば「有志連合」のなかで活躍する場もつくれるかもしれません。

一方、海外派遣では兵站を担う拠点を整備することも忘れてはいけません。ジブチの基地には売店がなく周りは砂漠なので、ちょっとした日用品の買い出しにも離れた町まで行かなければなりませんでした。軍隊に限らず、組織が動くには、人員が生きていくための食料や日用品、医薬品や燃料、移動手段などを含めた兵站が必要ですが、予算がないなかで、現場の隊員が不便を強いられているのが実情なのです。

――「予算が足りない」というが、防衛省が出した令和2年度の概算要求は「過去最高」となっており、ここ数年の防衛費の伸びを懸念する声もある。

小笠原:毎年のように「過去最大」とか「焼け太り」などと報じられているが、中国が毎年7%超のペースで国防費を積み上げているのに対し、今年度の防衛予算は5兆2986億円と、前年度の5兆2574億円から、わずか412億円しか増えていません。“世界の警察”の看板を下ろし、軍事費を削減している米国も、トランプ大統領が「軍事費がGDP比2%に満たない国は2%に上げろ!」と、同盟国に対して“自国で守れるものは守れ”と主張するようになっています。

しかも、「微増」で得たわずかな予算は、宇宙やサイバー空間など新領域の防衛にかかる費用や、護衛艦いずもの「空母化」、F-35Bの購入などに割り当てられる予定で、自衛官の待遇改善にはほとんど回りません。私が問題提起したことで国会でも取り上げられましたが、ごく最近まで、自衛隊員は基地のトイレを使うときもトイレットペーパーを「自腹」で購入しなければならないほど困窮を極めていました。

こうしたバランスの悪さが生じるのは、予算の内訳を考えず、防衛費の総額にGDPの1%というシーリングを課しているからです。上限が決まっているから、装備を調達する際、高価でも入手したい兵器をまず要求し、兵站や自衛官の日用品などは後回しになる……。

幸か不幸か、自衛官の大多数は真面目で過酷な環境でも耐え忍ぶことができるから、陸自車輛部では、オイル代や高速代、タイヤ交換の費用などを自発的にカンパで集めるなど、隊員が「自腹」で補填しているのが実情なのです。

◆経費の「自腹」が常態化した職場

――自衛隊員が「ブラック企業」のような労働環境に置かれているということか。

小笠原:厚生労働省の平成29年統計によると平均初任給が17万9000円のところ、自衛官の初任給は16万9900円と平均より低く、残業手当や休日手当もない。そのうえ、経費の「自腹」が常態化した職場にいたら、疲弊して辞めていく自衛官が後を絶たないのも頷けます……。

ただ、何年間もかけて厳しい訓練を受け、ようやく一人前になりかけた優秀な自衛官が次々と辞めてしまっては、費用対効果の面でも見合いません。防衛出動に際しても、自衛官に支給される「危険手当」の額は決まっておらず、負傷したり殉職したとき常に「賞恤金(しょうじゅつきん)」が支給されるわけではありません。

死亡の場合は適用されるが、負傷のみだと支払われることはほとんどなく、手足を失うなど、重い障害を負っても支給されないことのほうが多いのです。ホルムズ海峡に自衛隊を派遣すべきと思いますが、こうした現状を考えると、隊員を「戦闘地帯」には行かせたくはないですよね。

昨年1月に内閣府が行った調査では、自衛隊に対していい印象を抱いている人の数は実に89.7%に上るというアンケート結果もある。今回の千葉の台風被害もしかりだが、大規模災害が起きるたびに駆り出され、被災者の傷付いた心に寄り添いながら人名救助や復旧作業に汗を流す彼らに、十分な補償も与えないまま危険な任務に当たらせるのはあまりにも理不尽と言えよう。

10月から始まる臨時国会ではどんな議論が繰り広げられるのか? しかと見届けたい。

取材・文/山崎 元(本誌) 写真/ロイター/アフロ
※週刊SPA!9月24日発売号「今週の顔」より

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