水の上では先輩も後輩もある? ない?<江戸川乞食のヤラれ日記S>

日刊SPA! / 2019年10月8日 15時49分

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江戸川水面、かつて艇界の大記録をかけて北原友次が出走したレースがある

<江戸川乞食のヤラれ日記S>=北原友次の通算勝利数更新のこと=

 これはまだボートレースが競艇と言われていた時代の話。

 今年(’19年)9月24日から始まったG1江戸川開設64周年記念は中止順延などのトラブルもなく、枝尾賢のG1初優勝で幕を閉じた。

 戦前、一部の江戸川マニアの間で話題に上がっていたのが石渡鉄兵の江戸川通算300勝目が節間どこで達成されるかという話であった。

 結果、江戸川300勝目はお預けになってしまったのだが、江戸川では過去にこの記録のさらに上をいく、艇界の大記録がかかったレースがあった。

◆北原友次、艇界の大記録を江戸川で達成か!?

 平成7年(’95年)7月22日初日開催の一般タイトル戦、第5回アサヒビールカップ。この開催はあっせん予定が発表された時点から話題になっていた。

『インの鬼』と称される北原友次の参戦である。そして北原はこの江戸川の開催に参加する直前までの通算勝利数が3087。

『神様』と称された倉田栄一(期前・三重)が持つ通算勝利数3088を江戸川の水面で更新するのは確実、と思われていたからだ。

「競艇は左回りじゃ!」北原がインに固執する理由をある記者が尋ねた時の回答である。

 曰く、左回りでレースをする以上、1コースからレースをすれば最短距離でゴールにたどりつく、だからこそゴールに一番近い1コースを常に狙うというものだ。

 そんな北原の初日は2回走り。初日早々に連勝で記録更新を決めてしまうのでは? などと自分を含めほとんどの客もそう思っていた。

 ……しかし、初日7Rは5号艇ながら前ヅケを敢行し1コースに入ったが、外から飛んできた2艇にまくられ3着に沈んだ。
 多少無理筋な前ヅケだったことと、他艇も北原を徹底マークしていた感じもあり、あわせて江戸川の水面の難しさにやられた感じでもあった。

 とはいえ、この一走で江戸川の走り方を思い出したのか、2走目この日の最終レースである11R江戸川選抜戦では、前走のしくじりなどなかったかのように1枠1コースから堂々の逃げを披露して通算3088勝目を達成し、倉田栄一の記録に並んだ。
(当時の江戸川競艇場は1日11R制)

◆記録更新へのプレッシャー負けか、モーター負けか?
平成7年(’95年)7月23日 第5回アサヒビールカップ 2日目
7R 特選
1 北原友次 55歳 A1 岡山
2 米田隆弘 23歳 A2 岡山
3 石川 洋 61歳 B1 愛知
4 原  準 46歳 A1 東京
5 出本正博 31歳 A2 広島
6 久富政弘 23歳 B1 佐賀
(年齢・級別は当時・県名は所属支部)

 倉田栄一の通算勝利数に並んだというニュースは、この日の各スポーツ新聞の競艇面を飾っていた。

 そして、日曜日ということもあり、北原の記録更新の瞬間を見ようといつもより多くの客が堤防スタンドに集まっていた。

 そんな中で迎えた7R。番組を見たほとんどの客が、ここで北原の記録更新達成を信じていた。

「北原をインに据えて隣を同県で後輩の若造を置くとは、ここで勝たせる気まんまんじゃねぇか、江戸川の番組屋」

「そりゃ11Rは6枠だしな、確かに1コースは取れるかもしれねぇけど、昨日の7Rみてぇにまくり殺されて終了って可能性が捨てきれねぇだろ?」

「でも、いくら同県同支部の後輩とはいえ、競艇って競輪ほど先輩後輩の上下関係は厳しくないんじゃねぇか? しかも米田のモーター節イチだし、手加減なんかできねぇと思うぜ?」
「ここで北原の記録を同県の後輩が潰してみろ、岡山帰ってなに言われるかわかったもんじゃねぇ」
「わからんぞ、水上の格闘技とか最近言い出してるから。選手も勝てるようならみんな勝ちにいくと思うぜ」

 客たちの大多数は、北原が同県後輩の米田を使って石川洋の前ヅケを邪魔して1コース確保、あるいは枠なり想定で2コース米田を壁にして逃げ切る算段だろうと考えていた。

 そんな思惑を証明するような形でオッズが形成され、舟券が売れ、ファンファーレが鳴り、そしてレースが始まる。

 レースはまず待機行動中に3号艇の石川が1コースを伺い、北原のブロックに遭いつつも2号艇米田をどかして2コースを奪取し、進入体形は132456から.19のトップスタートを決め1Mを先取りした北原、そのまま一気に3089勝目を確定させる逃げを決め……られることはなかった。

 3コースから北原とほぼ同体(.21)のスタートを切った米田がスリットから鋭い伸びを見せ、北原を3コースから一気にまくり切った。

 米田のモーターパワーに裏付けされたまくりに潰されるような形から立てなおした北原は、バックではそれでも米田と競り合う形になったが、1周2マークでは北原を先に回し、内側を一気に差しぬけた米田がトップに立っていた。

 その瞬間スタンドから漏れる大きなため息。レースはそのまま2-1で確定し記録達成のチャンスは次の11Rに移った。

 記録達成にいちばん近かった枠番、前ヅケで奪取して深い進入になったわけでもなく、米田に比べモーターも大きく劣っていたわけではない。しかし負けは負け。ピットに帰投するさなか、バック水面で北原が首を小さく左右に振っていたように見えた。

7R 特選 結果
1着 2 米田隆弘 3コース .21
2着 1 北原友次 1コース .19
3着 4 原  準 4コース .21
4着 6 久富政弘 6コース .21
5着 5 出本正博 5コース .33
6着 3 石川 洋 2コース .23
連単 2-1 1610円 6番人気 決まり手・抜き(2M差し)

「いやぁ、岡山支部容赦ねぇな。北原のやつ小僧に完全にあしらわれてたじゃねぇか。誰だ、同県同支部だから遠慮するとか言った奴はよぉ!?」
「あれは北原が悪いわけじゃねぇ、きっと米田のモーターが噴きすぎて遠慮できなかったんだよ」
「いやあれは本気で勝ちに行ってたわ。服部幸男じゃないけど『水の上は先輩も後輩もない』を地でいかれちゃ北原もたまらんだろうなぁ」

◆SG優勝者は何人もいるが、最多勝は1人
平成7年(’95年)7月23日 第5回アサヒビールカップ 2日目
11R 記者選抜
1 浅井重良 47歳 A2 徳島
2 小玉種生 35歳 B1 東京
3 勝野竜二 23歳 B1 兵庫
4 柏野幸二 26歳 A1 岡山
5 石川 洋 61歳 B1 愛知
6 北原友次 55歳 A1 岡山
(年齢・級別は当時・県名は所属支部)

 得意の1コースからの競走で、A2格付けされてはいるが北原から見ればほぼ新人のような後輩の米田にまくり潰された前のレースを見て、果たして北原はここで勝てるのか? 客の話題はそこに集約されていた。

「また動く石川と一緒か? それにまた岡山の後輩も一緒。しかもそいつは江戸川うめぇ柏野だぜ、これ北原勝てるのか?」
「もちろん北原は6号艇だし動くだろうけど、隣の石川もついてきたら内側がかなり深くなるぞ? 共倒れは勘弁してくれよ!」

 それでも北原は勝負に出るはず、それを期待する客が圧倒的に多く、オッズは6号艇だが北原に人気が集中していた。

 そして11Rの出走。ピット離れと同時に誰よりも早くバック水面へ向かう緑のカポック、6号艇北原は1号艇浅井よりも先に舳先(へさき)を1コースへ向かわせ、そしてあたりまえのように1コースに鎮座した。

 1コースが確定した瞬間スタンドから客の歓声があがる。その姿にはプレッシャーの気配もなく、インの鬼北原友次そのものであった。

 最終的な進入は612345、北原と共に内側に入ってくるだろうと思われた5号艇石川はコースがとれず6コース回り。

 スリットはほぼ横一線のスタートから北原は気迫のこもった走りで、1Mでは柏野のまくりを受け止め、内側を差してきた浅井も2Mまでには決着をつけ、まくられず、差されず堂々のイン逃げを披露した。

 勝利を確信した観客の声援を受けながらそのままゴール。ゴール後、その歓声に応えるようにガッツポーズを見せた北原。

 ここ江戸川で、3089個目の白星を北原友次の代名詞ともいえるイン逃げで積み上げ、新たな最多勝保持者となった瞬間である。

 この日デビュー以来9032走目での快挙であった。

11R 記者選抜 結果
1着 6 北原友次 1コース .17
2着 1 浅井重良 2コース .22
3着 5 石川 洋 6コース .22
4着 3 勝野竜二 4コース .19
5着 2 小玉種生 3コース .18
転覆 4 柏野幸二 5コース .14
連単 6-1 500円  2番人気 決まり手・逃げ

「終わってみればいつもの北原だったな」
「やっぱり前半は固くなってたんだな、これが北原の走りだよな」
「しかし、柏野が転覆するとは思わなかったわ。おかげで俺ぁまともに裏だぜ」
「これで3089勝か……。あとは辞めるまでどれだけ勝ち星を重ねるかって話だなぁ」
「もう、こんだけ勝てるヤツぁでてこねぇだろうなぁ……」

 レース後、好き放題言うのはある意味客の特権。そして、このレースの舟券を取っても外しても、北原の偉業を目の当たりにしたという事実は変わらない。

 同時に、おそらく自分が生きているうちに北原の記録を更新する可能性のある選手が現れ、そしてその選手が江戸川で最多勝更新に挑む、そんなシチュエーションが訪れることは二度とないと、客の声援に応える北原の水上パレードを見ながら思っていた。

 この開催で北原は節間成績312122で優出。優勝戦は2号艇であったが、やはり1コースを奪い、トップスタートでスリットを抜け、そのまま逃げ切って優勝。自身の最多勝更新となった開催に花を添えた。

 その後、北原友次は平成17年(’05年)に引退するまで、通算3417勝まで勝ち星を伸ばした。

 SGの優勝者は毎年必ず数人誕生する。しかし、最多勝の更新に挑める選手は常に1人しかいない。次のその1人はいつ現れるのか?

 もちろん、この記録は令和元年(’19年)9月30日現在でも破られていない。

※平成22(’10)年度以前の話題につき当時の名称にて表記しております
※本文中敬称略

【江戸川乞食】
シナリオライター、演出家。親子二代のボートレース江戸川好きが高じて、一時期ボートレース関係のライターなどもしていた。現在絶賛開店休業中のボートレースサイトの扱いを思案中

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