都知事選は「大喜利」感覚で見るとおもしろい。お題は「ポピュリズム」!?

日刊SPA! / 2020年6月23日 6時52分

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東京都知事選挙特設サイトより

文/椎名基樹
◆「ポピュリズム」ってなに?

 橋下徹が政治家として頭角を現しはじめた頃、彼を指して「ポピュリズム」という言葉を耳にするようになった。「大衆迎合主義」と訳され、否定的な意味で使われていた。私は思った。民主主義は多数決である限り多かれ少なかれ「大衆迎合主義」ではないのか? そもそも民主主義が誕生した時、哲学者のプラトンが「衆愚の政治」と批判したはずだ。紀元前から言われている「当たり前のこと」がなぜ今更、取り沙汰されるのだろう? ポピュリズムってなんだ?

 調べてみるとある定義にぶつかった。「ポピュリズムとは伝統的な右派や左派に分類できるものではなく、むしろ下に属する運動である。既成政党は右も左もひっくるめて上の存在であり、上のエリートたちを下から批判するのがポピュリズムである」。「なるほど」と私は膝を打った。大阪維新の会の「右」とも「左」とも取れない立ち位置をなんとも不思議に感じていたからだ。ポピュリズムとは「何かと対峙する」ことが重要であり本質なのだ。

 そして、その政治手法は「カリスマ的な指導者がインターネットなどのメディアを使って直接民衆に訴えかける」ことと「二者択一のイシューを提示し、住民投票や国民投票でその是非を問う」ことである。後者が非常に重要に思える。「で、どっちなんだい!?」という問いかけに最も民衆は熱狂するからだ。白か黒か選ぶ方が投票のモチベーションが上がるのは当然だ。

 山本太郎が都知事選の立候補を表明した。左派の野党共闘の呼びかけを断っての強行出馬である。弱者の救済を主張する山本太郎はリベラルに分類される政治家だろう。だが思想的に左派に立脚していると言うより、下から上を批判している政治家に思える。前述のポピュリズムの定義に彼はことごとく当てはまる。そもそも「れいわ新選組」という党名も「体制側?」と思ってしまうような、奇妙な政党名だ。

 その山本太郎の都知事選の公約が、東京オリンピック、パラリンピックの中止である。来たねぇ二者択一! なるほど、そーきたか、おもしろい。私は週刊SPA!で長年読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』(通称:バカサイ)を担当させていただいているために、全てが大喜利に見えてしまうようだ。「お題・都知事選を戦う最も有効な二者択一のイシューとは?」。そんな“頭の体操”をついしてしまうのだ。

◆「ポピュリズムイシュー大喜利」を制するものが都知事選を制す!?

 山本太郎の公約は単なる大喜利であれば「座布団1枚!」である。おもしろい。しかし実際どれほど選挙戦を戦う上で有効なのだろう? ホリエモンは「オリンピック中止で一定数の票は取れるのと目立てるだろうな」とTwitterで語った。

 ひねくれ者の私は、東京オリンピックに違和感を持つ者の1人だ。招致決定の瞬間、後に政界のプリンスの嫁になる美人女子アナや、高級腕時計をしたオリンピックメダリストたちが雄叫びをあげて喜ぶ姿を、なんとも冷ややかな気持ちで眺めたものだ。「サッカーワールドカップだったら超嬉しかったのに、オリンピックってなんかダセーじゃん」なんて思った。

 しかし、もし東京オリンピックの「陸上競技4×100mリレー」の決勝のチケットが手に入り、日本のメダル獲得の瞬間を目撃したりしたら「人生最高の思い出だ」と思うに違いない(笑)。東京オリンピックが開催されたらされたできっと興奮するだろう(もう招致はしてくれなくていいけど)。

 そんなことより何よりオリンピックが開催されないことによる経済の停滞が恐ろしい。東京オリンピックは絶対やってもらわなきゃ困ると、私は思っている。そう思ってる人がほとんどのような気がする。

 N国の立花孝志も都知事選に出馬を表明した。先の参議院選で掲げた「NHKのスクランブル放送化」ほど、鮮やかに世間から「一本」取ったポピュリズムイシューもないだろう。今回の都知事選でもNHK問題を公約に掲げるようであるが、どうせなら「なるほど~」と唸りつつ、苦笑いしてしまうような、新たな公約もぶち上げてくれることを期待したい。

 巨大な、しかも無党派層の有権者が1人の人物を選ぶ東京都知事選は、ポピュリズムの手法がもっとも有効に発揮される選挙だろう。今回の都知事選は女帝・小池百合子の1人勝ちが予想されているので、他の立候補者から思い切った二者択一の公約が飛び交う可能性が大いにある。

 また候補者を立てられない自民党は、ポピュリズム選挙に対して打つ手がないことを露呈しているようにも見える。安倍内閣は、憲政史上最長の在任日数を誇り、史上最も強固な内閣と言えるだろう。しかし裏を返せば「強固」である事は、ポピュリズムの手法の餌食になりやすいということだ。既得権益の固定を意味するのだから。今回の都知事選は未来の国政選挙を映す鏡になるのかもしれない。

 ポピュリズムと言う言葉が脚光を浴びるきっかけは、イギリスのEU離脱の原動力となったイギリス独立党を始めとするヨーロッパ各国のポピュリズム政党の躍進とトランプ政権の誕生である。そしてそのすべての政党が掲げたイシューは、結局は「反移民」「反イスラム」だった。

 しかもヨーロッパのある政党は民族主義の立場から「反イスラム」を正当化し、また別の政党はリベラルの立場から、例えば「イスラム教の男女差別は人権侵害だ」と言うような理由で「反イスラム」を正当化した。なんじゃそりゃ。もうただのロジックのゲームじゃないか。ポピュリズムは人々を扇動する、単なる手段でしかない側面があり非常に恐ろしい。しかしだからこそ「ポピュリズムイシュー大喜利」がおもしろい。ヨーロッパやアメリカの「排他主義」は日本では有効なイシューにはなり得ない。果たしてどんな問題提起をこれから野党はしていくのだろうか? 「大阪都構想」ではわかりにくい。この大喜利はなかなか難しい。

「ポピュリズムイシュー大喜利」の解答は、社会への皮肉と同義だ。悪趣味だが私は好きだ。時々暇つぶしに考えてみることとしよう。大喜利だけやって、投票に行き忘れたりして。

【椎名基樹】
1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中

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