文学フリマから生まれた“SNS時代の私小説”『夜のこと』
日刊SPA! / 2020年11月20日 6時50分

左:元”日本一有名なニート”・pha(ファ)/右:文学フリマ代表・望月倫彦 撮影:後藤巧
かつて“日本一有名なニート”として知られたphaが、2018年に文学フリマに出店。そこで発売された同人誌は、彼の限りなく私的な恋愛事情について赤裸々に書かれたものだった。インターネットのブロガーとしても知名度が高く、すでに多数の著書を出版している彼は、なぜ今「文学フリマ」という場を選び、恋愛小説『夜のこと』を書いたのか。文学フリマ代表の望月倫彦氏と共に、インターネットと文学フリマの関係性について語り合った。
◆恋をしていたというより、書く動機が欲しかった
――おふたりは会うのは初めましてですか。
pha:そうですね。
望月:phaさんは有名な方なので、僕は一方的によく知ってはいますが。出演されていた「ザ・ノンフィクション」も拝見していて、その飄々とした姿が記憶に残っています。なんとなくふんわりとシェアハウスで生活をして、その後、ふんわりとやめて一人暮らしを始める感じ。嫌になったとか、特別な理由があるとかではなくて、「なんとなく潮時かな」っていう感じでやめていくのが印象的で。
pha:そうですね、シェアハウスをやめたのは、ただただ飽きたからってだけで。
望月:昔、永島慎二の『若者たち』という漫画があったのですが、その最終回を思い出しました。若者が狭いアパートの一室で暮らす物語なのですが、最後は特に意味はないけれども「なあなあの仲になりすぎなれ合いになって来た」とか言って同居生活が終わってしまった。
pha:いい最終回ですね。
望月:phaさんは、シェアハウスにすら縛られないというか。たとえば今回の小説『夜のこと』では、phaさんが恋をしていた女の子に対して一本道の動機があるのかなと思って読んでいたんですけど、この作品でも女の子に縛られていないというか。結果的にはベクトルが小説を書く方に向いている。
pha:たしかにそうですね。そう言われて振り返ってみれば、本当にやりたかったのは小説を書くことで、好きな女の子の存在はそのきっかけとか言い訳に過ぎなかったのかもしれないです。
◆「文フリだったら炎上しないかなって」
望月:小説の中で文学フリマに出店した経緯も書かれているじゃないですか。ネットだと変に広がって炎上するからイベントで売るくらいがちょうどいい、っていう話。文学フリマの使い方をよくわかっているなと思いました。
pha:ネットは広がりすぎる危険がありますからね。ただ、理由はそれだけではなくて、ずっと前から「同人誌を作っている人たちって楽しそう」という思いがあったんですよ。文フリやコミケ、コミティア、とか。周りの知り合いでも書いている人が多くて、自分でもやってみたいな、と。正直何を書きたいとか決めていたわけではないんですけど、ちょうど小説を書きためていたから、これでいいか、って。
望月:正直読んだときはちょっと驚きました。「日本一有名なニート」という響きから想像する内容とはまるで違うものだったじゃないですか。そういう肩書きに憧れていた人たちにしてみたら、がっかりだよって言われたりするんじゃないかな、とも思いましたけど、実際反応はどうでしたか。
pha:この本が出るにあたって、試し読みをネットで公開したときは、そんな話聞きたくねえよ、みたいな反応がありましたね。ただ、文フリでわざわざ買うような人たちはある程度僕に興味関心をもって来てくれている人なので、いい反応が多かったです。
◆SNS時代に私小説は向いている?
望月:phaさんがこの小説を「私小説」と称しているのも驚きでした。私小説って特殊な言葉で、SFやファンタジーと違って定義が曖昧です。ドイツの日本文学研究者イルメラ・日地谷・キルシュネライトの言葉を借りるなら、私小説というのは作者と読者と文壇の相互関係で成立する儀式だ、というんです。だからテキストだけ読んでもそれは私小説にはならなくて、読者が「これは作者が本当のことを書いている」と思う行為がないと私小説としては成立しない。
pha:なるほど。そう考えると、私小説を読む人には、作者がこういう人だっていうイメージがある程度あるってことですよね。
望月:そうですね。そう考えたときに、SNS時代において、私小説というジャンルは向いているんじゃないか、ってphaさんの小説を読みながら思ったんですよね。
pha:確かに、今の時代みんなTwitterで名前や顔やパーソナリティをある程度知ることができますからね。
望月:まさしく、『夜のこと』はSNS時代の私小説なんだなと思いました。ただ、やっぱりご自身でこの小説を「私小説」と呼ぶのか、という驚きはありましたけどね。ぜんぶウソですよって言った方がリスクが少ないし、正直楽じゃないですか。
pha:いや、そうかなあ。僕はウソですよっていう方が怖いです。本当ですと言った方が楽。
望月:そうですか。
pha:自分の創作に自信がないのかもしれないです。ゼロベースで見られると怖いので、僕のキャラ込みで読んでもらった方が面白がってもらえそう、という共犯関係があるんですよね。
◆文学フリマから書籍化へ
――先ほどのお話を聞くと、今回の小説はphaさんのことを知っている人にさえ届けば十分というモチベーションだったのかな、という感じもするのですが。
pha:いや、本当は知らない人に読んでもらいたいんですけど、怖くて。まずは知っている人からって感じで文学フリマを選んだんですよね。そしたらそれがわりと好評だったから単行本を出すことになった。
望月:まあでも、知っている人の話の方が絶対に面白いですもんね。最初にも言いましたが、僕はこの小説を読んであまりにphaさんの人物像と離れた内容だったから驚いたし、より興味深く読めた気がします。そういう意味では、以前平野啓一郎さんが『高瀬川』という小説を書いたときの衝撃と近いですね。それまでめちゃくちゃ作り込んだ文芸作品を書いてきた人が、あるとき突然『高瀬川』という官能小説のような短編を発表したんですね。若い作家が編集者とやりとりをしていく中で親密になりホテルに行くのですが、そのホテルでの描写が延々と続く。平野作品を追いかけてきた読者は「え、今までと全然違うじゃん」って驚いたという。
pha:ああ、でもたしかに、平野啓一郎さんがどうかは知りませんが、僕もみんなをびっくりさせたいという気持ちはあったかもしれない。そもそもネットで活動している僕が文学フリマに出ること自体がちょっと意外だろうし、出ることも直前になってから発表したんですが、あのときは、爆弾をこっそり作って見せてみた、みたいな感じがありましたね。
望月:ということは、作戦は大成功ということで。
pha:そうですね。結果的にこういう内容を好意的に読んでもらえたのは、文学フリマという場を選んだからこそだと思います。反応の多さで言えば、無料でウェブに公開した場合の方が圧倒的に反応が多いんですよね。誰からもリアクションがない中ひとりで書くことは孤独だから、反応は欲しい。それでも3万人に無料で読んでもらうより、300人に有料で読んでもらうほうが、よいリアクションが返ってくる、と思いました。
<取材・文/園田もなか 撮影/後藤 巧>
pha(ファ)
1978年、大阪府生まれ。作家。京都大学総合人間学部を24歳で卒業したのち、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて“社内ニート”になるものの、30歳を前にツイッターとプログラミングに衝撃を受けて退社し上京。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を主宰し、”日本一有名なニート”と呼ばれた。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『どこでもいいからどこかへ行きたい』などがある。 初の小説『夜のこと』が好評発売中。第三十一回文学フリマ東京にて、ブースを出店予定。
望月倫彦(もちづき ともひこ)
文学フリマ事務局代表。1980年生まれ。第二回文学フリマより事務局代表を務める。イベントディレクター、ライターとしても活躍。第三十一回文学フリマ東京が、2020年11月22日(日)東京流通センター 第一展示場にて開催予定。
―[夜のこと]―
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