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<純烈物語>純烈の本質を描いたラブレターと歌 母なる地・明治座初座長公演開幕!<第104回>

日刊SPA! / 2021年7月10日 8時51分

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―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第104回>純烈の本質を描いたラブレターと歌。母なる地・明治座初座長公演開幕!

 当たり前のことではあるが、ムード歌謡グループとして純烈は現在もコンサート活動を続けている。1月に有観客ライブを再開後、新型コロナウイルス対策の世間的動向を踏まえながら日本全国を行脚。

 その合間を縫って今年は3月に名古屋・御園座の『水戸黄門』に出演し、9月10日公開映画『スーパー戦闘 純烈ジャー』に関するイベントやプロモーションも展開。そして初の座長を務める明治座公演へと突入した。

 メディアで話題となるのは後者の方だが“本業”をしっかりとやった上でのこと。いや、もはや舞台や役者の仕事も本業ととらえないのは純烈に失礼だろう。メンバー4人もスタッフも、どちらも同じ姿勢で向き合っている。

◆「舞台の人たちって、とんでもない」

 それでも自分たちが「役者としても評価されたい」と声高にアナウンスしないのは、現場で圧倒的にすごい俳優や制作チームを目の当たりにしているから。身のほどをわきまえつつ、その中でベストを尽くすのは、演歌・歌謡曲の世界に身を投じた頃からの変わらぬ方向性。それは、別のフィールドでも同じなのだ。

「舞台の人たちって、とんでもない。それを僕らは現場で経験できている。そういうのを見てしまうと、もうやりたいとか、やれないとか自分の一存では逃げられないなと思うんです。今回も、友井(雄亮)がやめた時に明治座と前川清さんが支えてくれたということがあるじゃないですか。

 そういう劇場さんから純烈出てくれという要請があったら、やるやらないではなくやらなきゃいけないものだし、ほかの劇場さんから声をかけていただくのも含めてそれによってこのグループは存続させてもらっているのだから。どれだけできる体力、技量、キャパシティーがあるのかわからないから、白川とこれからも劇場は続けるのかっていう話になったんだけど、僕は『もちろん続けるよ』って言いました」

 明治座公演の稽古へ臨む前、酒井一圭はこんなことを言っていた。自身も、そして純烈に誘った白川裕二郎と小田井涼平もムード歌謡グループに“転身”した俳優であり、一度は役者の道に見切りをつけたものの、いつの日か別ルートでステータスを上げることにより番手を上げ、再び……と心のどこかに夢を置いて突っ走り続けた結果、それが次々と現実化している。

「いざ実現したら、それは絵空事でないから大変ですよね。でも、確かに望んだことだし」と微笑を浮かべる酒井。おそらく、他の2人も同じ顔をするはずだ。純烈を語る上で欠かすことのできぬ場所、明治座はあの時と同じように純烈を包み込むようなあたたかさで彼らを迎えた。

◆2年前「切られると思った」明治座で

 2019年1月、当時のメンバー・友井のスキャンダルが発覚した時に純烈は、前川清の50周年記念明治座公演への出演が決まっていた。当然「切られると思った」にもかかわらず、そうはならなかった。

 稽古場へ連日押し寄せるマスコミ陣。自分たちが出ていいものかという葛藤を背負いながら本番に臨んだところ、前川が愛あるイジりをしたこともありネガティヴな空気は払しょくされ、酒井は「自分たちも人が見て笑うようなことをしてもいいんだ」と、ようやく思えたという。

 いわば一度死んだ純烈が生まれ変わった、はじめの一歩がこの明治座。1873年開場の147年以上にも及ぶ歴史を誇り、独特の重みと伝統をオーラのごとく発散させる会場が、あの日は大衆娯楽特有の明るさをその表情に宿らせていた。

 大御所だからこそその包容力は、前川となぞるところもあったはず。だから当時に受けた恩について語るさい、酒井は必ずその2つの名を羅列する。初座長が明治座というのは、偶然ではなく必然ととらえるべきだろう。

「結成から早いもので14年が経ちました。全国たくさんの皆様に支えていただきながら、明治座という歴史ある舞台に主演として立たせていただくことになりました。正直なところ、大舞台での主演にかなり緊張しておりますが、同時にこの上ない幸せも感じております」

 公演で販売されるプログラムの冒頭には、4人の連名でそのような挨拶文が掲載されている。当初はリーダーとして酒井が骨組となるテキストを書こうと思ったが、一番早くLINEでまわってきた白川の文章を見て、これでいいと思い採用。まさに他の3人の共通する気持ちをしたためたものだった。

◆演じる側のプレッシャー

 母なる地・明治座へと戻れる恍惚と不安、二つ我にあり――そんな中で稽古を重ね7月2日、初日を迎えた。

 明治座の3階フロアは、市のようになっている。出演者関連のグッズ売店のみならず、土産物を中心としたさまざまな商品が売られており、開演前も終演後も賑わう。

 第1部が終わって休憩時間になり、案内されるがまま移動すると予約していたお弁当が用意されている。お腹を満たして席に戻り、第2部を楽しむ。

 いうなれば大人のテーマパークが、長い歴史の中でシステマチックに確立されているのだ。だから一歩足を踏み入れて公演が終わり外へ出るまで、舞台やコンサートとともに明治座ならではの世界観へ浸ることができる。

 それほどの存在感を誇る空間に食わぬようなステージを創りあげなければならないのだから、そこにこそ演じる側のプレッシャーがある。明治座の魔性ともいえる色気が漂う中、正午とともに場内が暗転し、ステージの幕が上がると、1920年代のニューヨーク……とあるナイトクラブの風景が広がった。

◆1920年代のニューヨークという突飛な設定にしどろもどろ

「明治座7月純烈公演」の第1部『ラブレターを取り返せ!』は、純烈らしさ全開のコメディータッチな物語。コーラスグループ・ホットピュアーズのメンバー・ジョー(酒井)、デイヴ(後上翔太)、ビリー(小田井)のやりとりは、セリフとして決まっているとはいえ普段のライブにおけるMCと同じ呼吸のため、この時点でニヤリとしてしまう。

 それに対し物語の主人公、ミスター・ウェンズディを演じる白川は、気鋭の実業家というキャラクターを作り込んでいたが、むしろその本質が描かれたと酒井は言う。ストーリーの肝はタイトルにもあるラブレター、そこへ歌の持つ力が交わることで純烈の姿勢が裏設定のごとく伝わってきた。

「今回は僕らの方からこういうストーリーにしてくれというのは一切出していないんです。事前に脚本の横山一真さんと打ち合わせというか、普段はどういう感じですか、僕から見た小田井さん、白川はこういう感じですというようなディスカッションはありましたけど、だからはじめのうちは1920年代のニューヨークという突飛な設定に、しどろもどろになっていたんです。

 でも、稽古で俳優さんたちと動いて演出されると、すごく純烈を研究しているというか、上手にさりげなくお客さんの心へ届くように作ってくれた上品なお話だということに気づいて。白川はリアルでも口下手ですけど、だからこそ手紙や歌といったものが生きるし、白川そのものが描かれていた。そういうのを自然に練り込めるのは、やっぱりプロだなあと思いました」

 もちろんここで物語の結末を明かすわけにはいかぬが、どんなに活動や表現の幅を広げても歌を要(かなめ)にやってきた純烈だから、このようなクライマックスが描かれたのだと思えてならなかった。確かに、もう一度役者として光を浴びたいとの願望は持ち続けてきた。

 しかし、そのための手段としてムード歌謡グループをやってきたわけではない。それを本道として向き合い、もがき、苦しみ、一歩ずつ地道にやるべきことを成し遂げてきたあとに付随する形で得たのが、舞台という表現の場なのだ。

 純烈は、歌の力を信じてきた。そんな4人にとってひとつの帰結が、この『ラブレターを取り返せ!』なのではないか。だからこそこの作品によって、ファンだけでなく外からこのグループを眺めている層にも彼らの本質を感じ取っていただきたいのだ。

【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

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