宇多田ヒカル「First Love」が古くならない理由。発売から25年、Netflixドラマを機に若者からも支持
日刊SPA! / 2024年4月11日 8時52分
けれども、宇多田ヒカルにはいずれとも異なる質感がありました。だからこそ、2024年のいまでも古びないのです。
改めて「First Love」の特質について考えてみたいと思います。
◆あえて「クールダウン」させる異質さ
Misia、小柳ゆき、安室奈美恵、華原朋美、少し上の年代になりますがドリカム(吉田美和)などの面々。彼女たちが90年代後半から00年代前半、バラード全盛の時代を支えたと言ってもいいでしょう。
時系列でいえば「First Love」はその先駆け的な一曲でしたが、宇多田の作風とパフォーマンスにはすでにそうしたトレンドを否定する要素がありました。
なによりも「First Love」は、ドライで涼やかなのです。歌い上げ、盛り上げるのではなく、頂点に達しようとするときにクールダウンさせる。この禁欲的な態度が異質なのですね。
J-POP特有の、サブドミナントコードからマイナーコードに落とし込む泣かせもない。ジャズやフュージョンからの影響が強いテンションコードや部分転調もなく、素直なコード進行で展開していく。
◆エポックメイキングなあの歌詞も…
この骨格にあって、宇多田ヒカルのボーカルが低音、高音のボリュームを均一に保っていた点も大きい。
<最後のキスはタバコのflavorがした>
このエポックメイキングなフレーズも、彼女がきちんと低い声で明瞭に歌ったから聞き手に届いたのです。サビのオマケとしてのAメロではなく、冒頭から勝負に出るという気概が、曲の構造とボーカルパフォーマンスの両面に表現されていたわけです。
歌いだしで勝負ありのバラードということで、ヴァネッサ・ウィリアムスの1991年の大ヒット「Save The Best For Last」に似ていると感じます。書でいえば、筆を下ろす瞬間に全てが決まるので、わざわざこれみよがしに力を入れてはいけないタイプの曲ですね。
◆英語と日本語の使いかたは“耳の良さ”ゆえ
そして歌詞に注目すると、これほどまでに英語詞の恥ずかしさがない曲も珍しいのではないでしょうか。<You are always gonna be the one>からシームレスに日本語へと流れる展開は、あまりにも自然で気づかないほどですが、相当な離れ業です。
そう言うと、“宇多田は帰国子女なんだから英語が上手で当たり前だ”という声が聞こえてきそうですが、もしそれだけだったら、もっと英語が悪目立ちしてしまうはずです。そうではなく、曲の姿形を崩さずに、異なる言語を美しく音楽に配置する能力は、耳の良さという他にありません。
耳の良さとは、つまるところ、ミュージシャンの命。言葉の中にあるリズムや抑揚を発見し、曲に活かすことのできる本質的な能力。
「First Love」は、宇多田ヒカルという“キャラ”ではなく、実直なソングライターが生んだ衝撃でした。だから、四半世紀を経てもなお新鮮に響くのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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